【長編小説】父を燃やす 1-2

それから真治はその男子を観察するようになった。

男子は今村悠太という名前だった。授業中も休み時間もまるで目立たない存在だった。特に誰かに話しかけるわけでもなく、ずっとなにかを読んでいた。クラスの男子も女子も用がなければ彼に話しかけることはなかった。

今村悠太はそんなことを特に気にする様子はなくクラスの中に彼だけの世界を確立していた。真治は今村悠太が気になり、お得意の物真似にも身が入らなくなった。彼の物真似を楽しみにしていたクラスメイトは真治の心変わりに不安を抱いた。笑い声も自然と小さくなっていった。クラスメイトは終始真治の顔色を伺い、おべっかを言いはじめた。真治はそれを適当に受け流した。そんなことより今村悠太の生態の方が気になった。

ある時、真治は下校途中の今村悠太を捕まえた。真治が声をかけると今村悠太は小動物のように身体を震わせた。

「今村君だろ?オレ、同じクラスの吉田真治。わかる?」

今村悠太は黙って頷いた。

「ねえ、一緒に帰ろうよ」

真治のその言葉に今村悠太は嫌な顔をした。

「いいよ、僕、一人で帰るから」

今村悠太はそう言うと一人で歩きはじめた。真治はその行動に驚き、腹を立てた。それでもその男子の生態を知りたいという好奇心に負け、なるべく明るい声を発しながら今村悠太の後を追った。

「ねえねえ、今村君っていつもなに読んでるの」

 真治の屈託のなさを装った声に今村悠太は顔をしかめ、

「ついてこないで」

と言った。真治はなにも聞こえなかったかのように言葉を続ける。

「ほら、休み時間、いつも席でなんか読んでるじゃん。あれなに?」
「なんでついてくるの?みんなと一緒に帰ればいいじゃん」

 今村悠太は怒気を含んだ声で真治に答えた。

「ねえねえ、あれなに」
「僕のことはほっといてよ」
「えー、そんな隠すことないじゃん」
「なんだよ、なんで僕なんかにかまうんだよ。吉田君は人気者になりたいんだろ。そうやって人をばかにしてればいいじゃん。僕はそういうの嫌いなんだ」

 今村悠太の言葉は真治の中の傲慢な自尊心を見透かしていた。だれにも気が付かれないはずだった自分だけが知っている自分。真治は居心地の悪さを感じ、それをなるべく表にださないよう努めながら今村悠太の横を歩いた。

「べつに人気者になりたいってわけじゃないよ。でもおもしろいことがしたくて、誰かの真似をするとみんなが笑うんだ。それが楽しくて。別に今村君のことを見下してなんかないよ」

今村悠太は横目で真治を一瞥するとすぐに前を向き、歩く速度を速めた。真治は今村悠太の視線になにか恐ろしいものを感じたが、ここで引くわけにはいかないと彼を追った。

「ねえねえ、今村君はなんでそう思ったの?僕のことが嫌いなの?」
「嫌いだよ。吉田君はみんなが気づいてないと思ってるかもしれないけど、僕にはわかるんだ。ふざけておちゃらけてるように見せてるけど、本当はみんなのことをばかにしてるって。自分のまわりに集まって笑ってる人を見て心の中で笑ってるんだろ。みんなばかだなって。そんなの顔見てればわかるよ。僕は人にばかにされたくない。吉田君が僕のことをばかにするのは勝手だけど、僕は自分のことをばかにする人と仲良くなんかしたくない。じゃあね。僕、もう帰るんだ。ついてこないでよ」

今村悠太は早口でそうまくしたてると急に走り出した。真治は追いかけることもせず、その後姿を呆然と見つめていた。冷たい汗が背中を流れていくのを感じた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?