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あの頃21

Sさんのオンボロアパートにはよく泊めてもらった。合評会ではボロクソ言うくせに、後輩の面倒見は良かった。
ある夜、見ていいぞ、とビニ本を見せてくれた。当時はインターネットのない時代で、エチエチの画像は、怪しい自動販売機で買った。自販機の表ガラスに全面銀色のシートが貼ってあって、中が見えない。お金を入れるとビニールで包んであるエロ本が出てくる。通称ビニ本。お察しの通りクオリティはかなり低い。
ーー制服ものだ。
エチというよりもはやグロい。
ーー先輩。おばさんですやん。
ーー欲しかったら、やる。
ーーいりませんて、こんなん。
ーー贅沢言うな!
ーーひとつ、聞いていいですか。
ーーなんだ。
ーーどうして、ページくる度に、このおばさん服着るんです?
ーーおい。お前、逆から見てんだよ!
ーーどっちでもいいです。いりませんて。こんなん息子が見てたらお母さん悲しみますよ。
ーーここで親をだすな!

Sさんはブルースリーを尊敬し空手を習っていた。ブルースリーは空手ではないと思うのだが、刺激したくないので黙っていた。
ーーだから俺はヌンチャクが使える。
と、押し入れの中から、ヌンチャクを出してくる。触らせてもらうと、樫の棒でできたホンちゃんのやつである。
ーーこれ、頭いったら死ぬやつですね。
ーーああ、危険な代物だ。
ーー空手の先生、ヌンチャク教えるんですか。
ーー教えない。だからヌンチャクは独学だ。
ーーへえ〜。
私が思ったほど感動しないので気に触ったらしい。
ーー見せてやる。
ーーいや、いいですって
Sさんのアパートは私の下宿よりは広いが、8畳くらいか、とてもヌンチャクを振り回すに適した広さではない。
が、Sさんは、言っても聞かない人である。膝立ちでおもむろに、ゆっくりヌンチャクを回し始める。
ーーわかりました。危ないですって。やめてください。
ーー教えてやる。ヌンチャクは回していくうち、遠心力がついて、どんどん早くなる。
ーーはい。はい。もう、やめて……
ーー早くなりすぎると手が追いつかなくなる。
ーーだから、今のうちに、危ないですって……
ヌンチャクはドンドン早くなる。しかも、こんな至近距離で、危なすぎる!
ーーそして、俺は、俺は、ヌンチャクの止め方を知らない! 
ーーええっ!!!
寄せてあった万年床の布団の中へ全力で頭から突っ込む。
しかし、、、無音。
10秒たって布団から顔をだすと、Sさんがニヤニヤして煙草を吸っている。
ーーヌ、ヌンチャクは?
ーー窓の外に飛んでった
窓を見た。外は漆黒の闇である。

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