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創作とほほ日記13・泣く話

日本人は泣ける話が好きである。映画でも、これでもかと泣かせる作品も多い。「壬生義士伝」を見た時、泣きすぎて、助けてくれ! これは拷問か!と思った。
「火垂るの墓」を見た時もそうだった。反戦への強い思いも分かるのだが、何もこんなに悲しくしなくていいじゃないか、と高畑勲に談判したい気持ちになった。うちの長女がまだ小さい頃、我儘になって親の言うことをきかない時は、「お前がそういうつもりなら『火垂るの墓』を見るしかないな」と言うと、大概大人しくなった。「いいアニメだと思うが、二度見るのは勘弁してほしい」。長女の顔はそう言っていた。
 小説で、泣けるのは何か考えてみる。「壬生義士伝」も「火垂るの墓」も原作は小説なのだが、これ以上泣かされるのは御免なので読まなかった。考えてみると、私は単純に泣ける小説をあまり読んでないのかも知れない。
なんとか思い出してみよう。「風立ちぬ」は泣いたかも知れない。だが、あまりに読んだのが昔過ぎて、恋人が死んだ以外思い出せない。
「リツ子その愛」「ーーその死」は泣いたような気もする。やはりよく思い出せない。
あ、武者小路実篤の「愛と死」は泣いた。確実に泣いた。中学生の時、とめどなく泣いて、こんなに悲しいのならもう女性を愛することはやめようと思った。恋愛したこともないのに、馬鹿な男である。
 泣くと言えば、小学校の先生によく言われた。「お友達を泣かしてはいけません」長じて、「女を泣かすな」とか「親を泣かすな」とか、よく聞いた。どうやら世間一般では「泣かす」かとは、悪いことらしい。なのにお話の中では、やたら泣かそうとする。なぜなのだろう。子供に「フランダースの犬」なんか見せて、大人は悪いと思わないんだろうか。
以下、泣かすシチュエーションを幾つか考えてみる。

1、別れに泣く。
 恋人との別れに泣く。親との、友人との、ポチとの、タマとの別れに泣く。
 単に別れる場合もあれば、死別する場合もある。詰まるところ、関係が切れることの悲しみである。「北の国から」で、家族と別れるいしだあゆみが泣きながら笑うというウルトラ演技をして絶賛された。別れの悲しみを見せまいとする笑い。泣ける。これに匹敵するのは初期竹中直人の「笑いながら怒る人」だけである。因みに私は「北の国から」を見てはいない。
2、愛しくて泣く
 幼稚園とか保育園の卒園式で大概親は泣く。ヨシくん。よくここまで大きくなったね。さなえちゃん。毎日よく通ったね。親は自分の苦労を子供に投影させて泣く。ああ、私よく頑張ったが裏にある。運動会や学芸会で泣くのも同様である。ちなみにうちの長男は学芸会でイソギンチャクの役で台詞は一つもなかったが、私は大泣きした。
3、理不尽さに泣く。
当人が泣いてしまうと、こちらが泣けないので、「おしん」のように当人は、いじめや貧乏、社会の不条理にめげず頑張っていてほしい。こちらは、大根飯を食う主人公をすき焼きを食いながら泣きたいのである。これがノンフィクションの場合、つまり実際に起こっている場合は、泣いてもいいが、怒りの感情の方が強くなると思う。
4、使命感に殉じる姿に泣く。
「聖職の碑」である。「八甲田山」である。自分にはできないことを、我が身を挺して行おうとする人の姿に泣く。歴史物、戦争物もここに入るのかも知れない。主君のため、国のため、家族のため、命を捧げる姿に泣く。たぶん自分ができないからである。アトムが地球に向かう彗星にロケットを抱えて突っ込む最終回は、まさにこれである。
5、心が通じ合って泣く。
 人間はなんだかんだ言っても、他人との繋がりなしに生きていけない動物である。が、繋がりたいと思いはしても、自分側だけではどうにもならない。それが繋がった時、奇跡のように人は感じ泣くのである。幸福な恋愛はこれである。
6、悔しくて、泣く。
自己成長の過程である。大いに泣くがよい。ただし3の要素は除外とする。
7、独りよがりで泣く。
好き勝手に生きて、自分が悪いのに勝手に社会を呪って、理解されないとナルシズムに沈む中ニ病の悲しみである。勝手に泣けばよい。
8、努力が報われて泣く。
美しい。努力しない自分であればあるほど、いっときそれを忘れて、自分が努力したかのように自己投影して泣く。高校野球である。しばしば敗れた側にも、こちらはより自己投影しやすいので、自分に重ねてより泣く。
9、安心して泣く。
自分の安全を担保できて泣く。他人は関係ない。
10、他人の関心を引くために泣く。
 関わってはいけない。
11、反省して泣く。
 涙に騙されてはいけない。逆に、騙すために泣く場合もある。うちの母親は、女の涙はウソ涙、とよく言っていた。私が言ったのではない。

丸谷才一大先生は、男は泣くな、といった考えは日本が軍国主義化する中で起こった。それまで、江戸期まで、日本の男は実によく泣いている、みたいなことを仰った。
男も泣いていいのである。
泣くことにはカタルシスがあると言われている。泣いて、感情を吐き出してスッキリするのだ。
なるほど。私も今夜、「下克上球児」を見て、大いに泣こうと思う。

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