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あの頃17


例会の流れの飲み会の後、残れるものは喫茶店で話すのが通例だった。いったいそんなに何を話すことがあったのか。今ではほとんど覚えてないが、きっと青臭い文学論であったのだろう。寺山修司や吉本隆明のこととか、特に読書会でやった覚えもないのに、いつの間にか知識として入っていた。それは、この駄弁りがあったからだと思う。
話を聞いて本を読んだり、本を読んで駄弁ったりの連続だったのだ。
だから、いつも時間は遅くなり、帰る頃には終電も近かった。

当時、駅前に噴水があって、その向こうで、踊っている若い男がいた。中島みゆきの「舟を出すのなら九月」をカセットテープで流して踊る。上半身はアミアミの破れた衣装で、鍛えた体も透けて見えた。大道芸とも違って、別に投げ銭はいらないようだった。なかなか見事なダンスであった。みんな何かしら表現したくてこの街にやってきている。

いつものように遅くなって、噴水前まできて、散会すると思いきや、Sさんがジャブジャブ噴水に入る。な。と思っていると、Dさんも入る。MIさんも入る。特に意味はないのだ。そんなお年頃だったのだ。
したら、まったく知らない奴も入ってきた。

ーー私、慶應大学2年、××と申します。あんまり楽しそうなんで、ひとつ、私も入ってみました。

と、ビチャビチャやる。
完全に出来上がっている。 

ーーこちらはどちらのサークルでしょう。お近づきの印にお名前など、お聞かせ願えませんか。

と、顔は明らかに文藝部の女性陣に向けられ、あまつさえ近寄ろうとする。
やばいな、そう思った瞬間、Sさんがあしがらをかけて、男を水に沈める。

逃げろ!

みんな逃げた。後ろでは慶應の学生が、バシャバシャ嬉しそうに噴水の中を泳いでいた。

「舟を出すのなら九月」の歌声が流れていた。

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