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【短編小説】舞祭

 今年から、7月12日の夏祭りを舞祭とした。別に10月20日に収穫祭としての秋祭りを復活させ、ここでも舞を披露する。正月の舞始めと合わせると、計三回、神楽舞を奉納することになる。
 一時期、神楽舞は舞手を失って存続が危ぶまれた。舞手は氏子の中から、未婚の女性が選ばれる。おそらく百年単位で繋がる伝統だったが、堅苦しい、古臭い、練習に時間が取られるなどと敬遠され、とうとう誰も舞手のいない年があった。
 急遽、宮司の娘の翔子ちゃんが一人で舞うこととなった。翔子ちゃんは、まだ四歳だった。今から14年前のことだった。
 宮司の奥さんのしのぶさんは、間に合わせのこしらえ仕事としないよう、しっかりと神楽を翔子ちゃんに教えた。しのぶさんも自身かつて舞手だった。舞い装束も、体に合うよう一式拵えた。
 当日、夏祭りでの翔子ちゃんの神楽舞は評判を呼んだ。正月と夏祭りでの神楽舞を見に、参拝者が増えた。娘に舞わせたいという、舞手の希望者も現れた。
 川向こうに工場と社宅が出来上がり、神社付近ににもマンションが建ち、その人達がそっくり初詣や夏祭りに来るようになった。神社周りの景観は損なわれたが、それも馴れで、今は嘆く人もいない。新しい住人と昔からの住人の融合に、神社もひと役買った形だ。今年は両者が協力して、盆踊りも行われた。
 祭りで露天を出すテキ屋は儲ける機会が増えて、逆に大人しくなった。昔のように、ヤクザ紛いに、店舗にみかじめ料を要求して廻ることもなくなった。大道寺伊三郎は「神木露天商組合」なるものを作り、そこの組合長に収まっている。
 その伊三郎が参道を通ると、「親分。ご苦労様です」と、あちこちの露天から声がかかる。
「馬鹿野郎。組合長と呼べ!」
と怒鳴るが、機嫌はいい。
「すいやせん。組長」
「馬鹿! 組合長つってんだろ!」

 階段を上がって、社務所前のテントに向かう。秋山宮司と夏祭りを仕切るヨッちゃんに挨拶するためだ。
 テントに入ると、婆さんが並んで座っている。
「おや。綺麗どころが並んでるのう」
 オツイショウを言うと、清子婆さんが早速反応する。
「伊三郎、偉うなったの。組長かい」
「組合長じゃ。人聞きの悪い」
「どっちでも同んなじじゃわい」とセツ婆さん。
口の減らんババアどもめ、と思いながら、見渡す。
清子ばばあ。
源さんとこのハルばばあ。
相良のセツばばあ。
と、あとひとり。誰じゃ?
「この婆さんはどこの婆さんじゃ?」
「ああ、クメさん。ヨッちゃんが連れてきた。うどん屋さんじゃ」
「うどん屋? どこのじゃ」
「神木のもんじゃないんじゃ。総合病院前で、うどん屋やりよるんて」
「ほうけ」
 クメ婆さんは、よろしゅうに、と歯を見せる。
「ヨッちゃんの客人か。ま、ゆっくりしていき」
社務所に向かう。
入ってすぐの広間に、ヨッちゃんと数人が椅子を出して喋っている。
「おう。ご苦労さん」
皆が、こちらを向く。
「繁盛しておりますか。組合長さん」
椅子を勧められて座る。
「まあの。ボチボチじゃ。ヨッちゃんも祭りの仕切りがすっかり板についたの」
「なんの。座っちょるだけですけえ」
「時々見回るだけで、充分じゃ。出ばるだけで諍いも治まろう」
「いや、わしも歳じゃけえの。昔のように喧嘩はせんわ。組合長にお任せするわ」
「還暦のジジイにか。ヨッちゃんはなんぼになった」
「俺は四十四です」
「そりゃ、わしがヨッちゃんと取っ組み合いした歳じゃ」
「あん時、二人で伸びましたの」
懐かしい話である。コップ酒を出された。グイとひと含み飲む。
「ええ酒じゃ」
「最近、奉納も多いいんで。どうぞ、飲んでってください」
「翔子ちゃんはいつ出るの?」
 ヨッちゃんは壁の時計を見る。
「7時の回が、あと15分で始まります」
「翔子ちゃんこそ、なんぼになった」
「あれは18です」
「18か。あ、ヨッちゃん、テレビの取材断ったちゅうの、あれはほんとか」
「本当です。神事ですけえ。宮司さんのお考えです。見せ物じゃありません」
「見せよるじゃないの」
「お参りの方々にはお見せします。ご参拝頂けますけぇの」
「そうか。まぁ、ワシが言うことじゃないか。しかし、翔子ちゃんの舞は一級品じゃぞ。18か。あと10年はいけるか」
「来年で終いです」
「なんでじゃ」
「舞手は未婚の女ちて決まってますが、昔はみな10代じゃったそうです」
「まあ、結婚も早かったけえの」
「宮司さんは、それも戻したい意向で。幸い舞手も10代でようけおりますけえ、一人舞するのも、今夜で終いだそうです」
「なんか。勿体無いのう」
話している間に、奥の扉が開いて、小さい舞手が現れた。後ろに母親が付いている。黙礼して、社務所を出る。外で婆さんどもが、可愛いのう、と歓声を上げる。
「あの子は」
「電器屋の健ちゃんとこの娘です。アカリ言うて、今年四歳です」
「じゃあ、翔子ちゃんのデビューと一緒じゃない」
「翔子ちゃんの装束がとってありましたけえ、筋もええんで舞わせよういうことで」
「そうか。後継ぎも安泰じゃの。健ちゃんは元気にしちょるか」
「最近はクーラーの据付で忙しい言う取りました」
「そうか。まあ、忙しいんはええことじゃ。じゃ、ワシは舞台の方、いくわ。宮司によろしく言うといて」
「ああ、ご苦労様です」
コップを返して、立ち上がる。
「そうじゃ、さっきテントでうどん屋の婆さんに会うたんじゃが、前から知り合いか」
「いや、そうでもないんですがの。ちょっと縁あって。身寄りがない言うんで、面倒みちょります」
 縁ちゃあなにか。気にはなったかが深追いはやめた。
「そうか。奇特なもんじゃ」
「俺は母親を守れんかった男ですんで、せめてもの罪滅ぼしです」
「そうか。まあ、気の済むようにしたらええわ。お前の人生じゃ」
「ええ。好きにします」
そう答えて、ヨッちゃんは穏やかに笑った。
           了








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