ハンドバック

閉店後のスーパーは、もちろん客など人っ子ひとりおらず、照明はいくらか暗くなりBGMも鳴り止んで、どことなく哀愁が漂う。店の中でただ一人、レジで売り上げを数え、明日の営業に備え小銭を補充するこの時間が、リコは好きであった。

「お先に失礼しまーす!」

中村さんは今日サークルの飲み会があるらしい。心なしかいつもより化粧が決まっている。あるいはひょっとしたら、自分もあんな風な、キラキラとしたキャンパスライフを送っていたのかもしれない。でもなんとなく乗り遅れてサークルには入らず、かといって他に何をするともなく、気がつけば卒業していた。そうして就活の時期もやっぱり乗り遅れ、大学生の頃からやっているこのバイトを今もパートして続けている。乗り遅れることが私の人生のモチーフなのかしら?

家にいるのはなんとなく気詰まりで、ひとまず近所のアパートに引っ越した。線路を仕切るフェンスを沿うように、真っ直ぐに延びる道をひたすら道なりに歩くのが通勤ルートであった。フェンス際にはところどころにタンポポが生えていた。1日の終わりの心地よい疲労と辺りの静寂さがリコの気持ちを高揚させる。

この道は私のもの。

それはまったく予期せぬ、一瞬の出来事であった。背後から何かが猛スピードでぶつかってきて、そのまま一本道を去っていった。気がつくとさっきまで手にしていたハンドバッグが消えていた。リコは翌日、バイトを休み警察に被害届けを出すことにした。幸い携帯と財布はポケットにしまってあったから、身動きが取れなくなることはなかった。警察署の建物の中には役所特有の、無機質で事務的な雰囲気が漂う。

「どうされましたか?」
「昨晩ハンドバッグをひったくられてしまったんです。」
「では、ここにその時の状況を書いて、その下に盗られてしまった物を書いてください。」

盗られた物を書く所までいって、リコの手は止まってしまった。カバンの中身が何ひとつ思い出せないのである。

「あの、すみません…やっぱり大丈夫です。」

河原では子供たちがサッカーをして遊んでいる。両端に2つずつ置かれたランドセルがゴールのようだ。そういえば小学生の頃、本気でバレリーナになりたかった時期があったっけかな。なんで辞めちゃったんだっけかな。

「もしもしリコ?大丈夫か?」

バイト先の店長から電話がかかってきた。

「はぁ…なんとか。」
「明日は出勤できる?娘の誕生日だから、俺どうしても早く帰らなきゃいけないんだよ。」
「あ…大丈夫ですよ。」
「大変な時にごめんな!助かる!」

リコは電話を切ると立ち上がり、遠くに見える夕日を眺める。そうか。あのハンドバッグ、高校生の時にパパが誕生日プレゼントに買ってくれたんだった。

リコの目から涙が溢れる。(おわり)

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