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子育てをするように従業員と接する:中小製造企業のマネジメントシステムの設計思想

今日は3/17。昨日から徳島と岡山県津山市を訪問する出張に出ている。この春休みはCOVID-19の影響がありつつも、平常運転で出張や合宿に出かけている。企業への調査出張は今月頭の奄美大島への出張以来になる。

徳島では2018年夏に学会報告した徳島県鳴門市に所在する中小製造業を営む創業家の方へのフォロー調査をお願いしようとしたら、この2年の間にあった出来事について話を伺うことになった。中小企業の経営は難しい。イエとカイシャをどう切り分けるか。

夕方からは創業直後からお付き合い頂いている電脳交通を訪問。ずっとお会いしたかったCOOとゼミOGとのディスカッションのあと、会社を支える若手社員の皆さんも交えて楽しい会食となった。

二次会のワインバーで

そんな楽しい夜が明けて、今日は朝からバスで岡山、その後JRで津山へ移動し、2年前に調査に伺った企業を訪問した。

経営再建をキッカケに簿記や会計の重要性を認識

よく一般的には「中小・零細企業」という言い方をするが、中小企業基本法では「零細企業」という定義はない。「小規模企業者」と呼ばれる企業群には定義があり、従業員数20名以下が目安になっている。これを零細企業と呼んでも良かろう。

今日訪問したのは、2年前に初めて津山で中小企業の調査へ来た際にお邪魔した企業さんのうちの1つ。従業員数10名。資本金1,000万円の小規模事業者。ご主人が社長で奥様が総務課長として会社のバックオフィスを担っている。典型的な中小企業の経営のスタイルだ。

この企業は、1990年代末に先代が創業し、2010年に事業承継、直後に過大であった債務負担を減らす財務リストラクチャリングを敢行し、5年ほどかけて財務健全化を図ったというバックグラウンドがある。その時に会計を学ぶ、実践で活用する必要性を感じ、以後は同市内の中小企業経営者から話を聞いたり、市役所の支援事業に参加するなどして学んできたそうだ。

前回調査の2年前は簿記がいかに経営にとって必要な情報を提供する記録であり、計算システムであるのか、それによって何が見えるようになったのかを尋ねた。今回はその後日談を聞こうと訪ねたのだが、この間に更なる進歩を遂げていて驚いた。

詳細は今年夏の学会、その後に論文として発表することとして、以下では雑感を述べることにしたい。

総務課長である奥様が鍵:会計バカでは生まれない発想?

インタビューは2時間ほど。ほとんど奥様が話をするという展開。同行頂いた市職員の方が後で言うには「普段全然喋らないのに、今日はめっちゃ喋ってましたよ」とのこと。きっと聞いて欲しくて仕方なかったのかもしれない。

なぜそう思ったか。この会社の管理システムについて聞くと、製造現場での仕組みはほとんど社長が構築しているし、情報交換はSlack、タスク管理はTrelloを活用しているが、バックオフィス業務は総務課長である奥様が担っており、奥様がたくさんの情報を持っているからだ。

ここにご主人が会社を承継してからの年表がある。簡単なメモ書きなのだが、日々の業務でこれを手放さないそうだ。大切なことがあれば見返し、いつどのようなことがあったのかを振り返る。財務数値だけでなく、部署ごとに起きたこと、感じたことを下の図のようにまとめている。

事業承継後の会社の歴史が一覧で見られる

それだけでない。従業員の業績管理=賞与と昇給の査定は年3回のミーティングで行われるが、そこでは会社の売上、原価、経常利益、そして総勤務時間を提示し、従業員ごとのダッシュボードを作っている。事業はそれぞれの従業員が1つのプロジェクトに対して収益も費用も責任を負うような仕組みにもなっているので、それぞれの従業員が置かれている状況も見て取れる。

このダッシュボードを奥様は従業員個人個人のカルテですからとサラッと仰った。

「おっ、これはおもろいで」

私の(鈍い)センサーが働いた。

聞けば奥様は以前介護福祉士の仕事をしていたそうだ。当然そこでは預かっているお年寄りごとにカルテがある。1人1人の情報はそのカルテに載っている。今の仕事をし始めて、従業員ごとのカルテがないことに違和感を感じたそうだ。ここまで丁寧に管理を始めたのはこの2-3年のことだが、着想が素晴らしいと感じた。従業員が10名と小さな企業だからできるとも言えなくはない。

会計プロパーであれば、もしかしたら帳簿上で全て完結しようとし過ぎたかもしれない。奥様自身は父親(創業者)世代から同社で勤務して、同じことをしていたそうだが、立場が変わればできること、やることも変わるようだ。この奥様、侮れない(笑)

ただ、従業員もなんとなく他の従業員の業績がわかるので、それなりのピアプレッシャーがあるようだ。10人ならすぐにわかるし、中には耐えきれない人もいるだろう。会社のカルチャーとしても、「新しいことはどんどんチャレンジ。失敗したら元に戻せば良い」と社長は考えるし、付いていける従業員はそうした考えに同意して前に進むが、なかなか付いて行けずに退職する人もいる。それでも入れ替わり、立ち替わり従業員は採用でき、一定水準の業績を出している。

経営者である夫と総務課長である妻のコミュニケーション

さらに感心したのは、仕事の話を家でも普通にするということ。「仕事の話を家に持ち込む」ことにそれなりに抵抗感を感じるのかと思いきや、お2人に話を伺うと「それは当たり前」という話。

なぜかと尋ねると、奥様は「会社や従業員は私たちにとって子どものようなもので、生活の一部。家でも主人(社長)は製造現場や取引先でどんなことがあったのか話をしてくれるし、私も従業員の様子を見て感じていること、特に最近だと残業時間(36協定の遵守)の話なんかは家でします」ということ。社長と総務課長、夫と妻という関係性が分かれることなく、繋がっている。本当に面白い。

いや、話をしていて気づいた。日本のほとんどの中小企業はこういう形態だ。やや古いデータだが、平成24(2012)年の経済センサスによれば、従業員数9名以下の企業数は全体の75%に及ぶ。20人未満であれば85%近くになる。今回の調査企業もこの中に入る。

そうした企業における管理会計実務を取り扱った研究論文は(私の不勉強もあるのだが、ほとんど)見たことがない。場合によっては、多くの研究者は観念的に「そんな企業には管理会計はいらない」と思っているのかもしれない。が、そうではない。今回のこの事例で面白いのは、簿記を用いた貨幣量による管理と、工程管理とタスク管理ではアプリを活用した物量や作業量の管理に加えて、受注型製造業で行われる作業時間管理をしっかりやることで十分なマネジメントが可能になるということだ。

それを見えるための道具を利活用するばかりではない。これによって従業員がわざわざ社長に面と向かって許可を取るようなこともなくなったし、評価も見えるようになったし、業績を残すために自ら何をなすべきかを自発的に考え、行動するようになったというのだ。

まさにデザインの話だ。

最終的な企業の目的である利益の確保は年度や経済環境によって上下することがあるものの、できるだけ利益を分配し、内部留保を残さないと経営者は考えているが、仕組みをデザインすることで組織成員の内発的動機付け(と言っていいかは議論の余地あり)を得て、トップダウン型というよりも自律型のマネジメントができるようになったということが今日得られた最大の収穫だったのかもしれない(もちろん理論的検討はこれから)。

他社ができる?そんな簡単なことではない。

そうこう話しているうちに時間が早く経過。最後に社長と奥様とで首を傾げながら話した。「みんな、うちのようにやりゃいいのに。」そうなんですよ。が、これが簡単ではない。ようやく中小企業を対象とした管理会計研究をやってきて、多くの企業で一般化できそうな事例にたどり着いたのかもしれない。

特に奥様は「私たちの事例がそんなに参考になるのですか」と驚かれていたし、帰った後社長には「今日は楽しかったし、嬉しかった」「普通、簿記や会計の話だと数字の話ばっかりなのに、今日の話はその周りの話もできて楽しかったわ」と仰っていたそう。普段は目立たないバックオフィスを取り仕切る総務課長である奥様。まさに内助の功とも言えるお話。とても勉強になりました。

調査の最後に一言奥様から。

うちの会社は次何をすれば良いですか?

いきなり質問されて戸惑ったが、1つ2つ提案してインタビューは終了。自分の力でどこまで形にできるかというのがありますが、夏に向けて良い調査ができたという実感を得られました。ありがたや。

夜はさらにありがたいことに社長とアテンドしてくださった市職員さんと3人で夕食会。そのあとの話に花が咲きました。

ソズリ、カッパ、混合ホルモン、上ツラミ、干し肉、ヨメナカセが入ってます。

これで4,000円って安かろう…。美味しく頂きました!津山、楽しいです。

明日は朝から同規模の製造業で調査。どういうマネジメントが行われているのでしょうか。これまた楽しみです。

さ、温泉入ってこよう。では、また!

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