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『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』原作者からの批判 和訳

 2024年秋も早々、アメリカのTVドラマ業界が大変だ。『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』の原作者、GRRMことジョージ・R・R・マーティンが同作のシーズン2を批判するブログを公開したのだ。これが報道されると、HBOが番組制作陣を擁護する公式声明を発表し、当該ブログは削除された。
 じつのところ、GRRMのシーズン2への不満は、あちらこちらでにおわされてきた。シーズン1ではショーランナーのライアン・コンダルと組んで率先的に宣伝していたのに、今回ほとんどノータッチで、次の脚本に関わらない旨を明かし、原作を変える翻案作品について辛辣な言葉も吐いていた。

偉大な物語を「自分のものにできる」と考える脚本家やプロデューサーは、どこにでもいるばかりか、増しています。そのような人々にとって、原作者が誰であろうと関係ないようです。スタン・リーでも、チャールズ・ディケンズでも(中略)レイモンド・チャンドラー、ジェーン・オースティンでも……。どんな名作であっても「変更して改善」しようとするクリエイターがいるのです。
(中略)しかし、彼らの作品が原作をこえることはありません。1,000回に999回は悪化させるのです

The Adaptation Tango | Not a Blog

 こうして、放映が終わると「シーズン2のすべての過ちについて書かなければいかない」表明がなされた。とは言っても、今回の削除記事でフォーカスされるのは一部の出来事だけだったのだが、一部だからこそ重要な警告となっている。以下、全文和訳、GRRMの意図にまつわる余談を載せる。

*文中()はGRRMの記述、《》とおおむねの画像は訳者注
*途中からネタバレが激しくなるため、警告を入れています

「蝶々に気をつけて」ジョージ・R・R・マーティン

 7月のブログで約束したことについて書きます。『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』シーズン2の第1話「息子には息子を」、第2話「残酷なるレイニラ」におけるブラッド・アンド・チーズのさらなる考察、そして《原作『炎の血』に存在したエイゴン二世の次男》メイラーが登場しないことについて……。
 この2話は素晴らしく、脚本も監督も優れていて、演技も力強かったです。新シーズンの幕開けとして申し分ない出来でした。ファンや批評家もおおむね同意していたと思います。ただ、大きな批判を呼んだ点がありました。ブラッド・アンド・チーズの描写、そして《エイゴンの長男》ジェへアリーズ王子の死についてです。このシーンに関する意見はインターネット上でわかれていました。『炎と血』の読者は、期待はずれで、物語が弱体化されていると感じ、失望しました。原作を読んでいない視聴者の場合、衝撃的で悲劇的、悪夢のようだと感じた人が多く、涙を流す人もいました。

『炎と血』にもとづいたブラッドとチーズ、ジェへアリーズとメイラー。和平交渉の可能性を無に帰す「家族間絶滅戦争の決定打」と定義された

 TV版とは異なり、原作版のエイゴンとヘレイナ《夫婦》には子どもが三人います。双子のジェへアリーズとジェヘイラが6歳、その弟のメイラーが2歳。ヘレイナ親子が強襲された際、ブラッドとチーズは《レイニラの次男》ルケアリーズの復讐だと宣言した。「息子には息子を」。二人の息子どちらを殺害するか選択を迫られたヘレイナは、自分の命と引き換えに子どもたちを救おうとするものの、聞き入れられない。双子を救うために《次男の》メイラーが選ばれると、ブラッドは長男のほうを殺害する。そして、チーズが幼いメイラーに伝える。「ママはお前に死んでほしいってよ」(幼児が意味を理解できたかはわからない)。

『HOTD』版ブラッド&チーズは「まぬけな殺し屋たちを視聴者が応援していくコメディ」として始まるコーエン兄弟風パートとして演出された

 TV版はちがいます。『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』にメイラーは存在せず、双子だけが登場します(6歳以上に見えましたが、正確な年齢は不明です)。ブラッドは双子を区別できなかったため、ヘレイナにどちらが男の子か言わせなくてはなりませんでした(母親に聞かずとも、子どものパジャマを見ればわかりそうなものですが)。彼女は、自分の命を差し出すのではなく、首飾りで交渉を試みます。ブラッドとチーズはとりあわず、前者がジェへアリーズ王子の頭を切り落としたようです。画面には映されませんが、音響でその様子が伝わります(本ではブラッドが剣で斬首します)。
 血生臭く残酷なシーンです。まちがいなく。なんの罪もない子どもが、母親の前で斬首されるのですから。
 それでも、原作版の方が強烈だと思います。原作ファンの言う通りでした。二人の殺し屋は、小説ではもっと残忍だったのです。俳優は素晴らしかったのですが……これらのキャラクターは、原作ではもっと冷酷で無骨で恐ろしい。TV版ブラッドは現役のゴールデンクロークでしたが、原作では辞めさせられています。《娼館の》女性を殴り殺したためです。この男は、女性にどちらの息子を殺すか選ばせて楽しむ人物です。選択を強いながら、相手が救おうとした方の子どもを殺害することで、残酷さが強調されてます。チーズも酷い人間です。本では犬を蹴りませんが、そもそも犬を連れていません。メイラーに「ママがお前の生首を欲しがっている」と伝える男です。さらに、原作のヘレイナは、自分の命を差し出す強さを持っていました。TV版のジュエリーの申し出とはまったく異なります。
 私が思うに「《母親が殺される子を選ばせられる》ソフィーの選択」こそがブラッド&チーズの肝です。非常に暗く、ショッキングです。これをなくしたくありませんでした。インターネットを見ると、ほとんどのファンも同意見のようです。

原作者ジョージ・R・R・マーティンと『HOTD』ショーランナーのライアン・コンダル

 一年ほど前の2022年ごろ、この原作変更をライアン・コンダルから聞かされたとき、これらの理由で反対しました。長々と議論したり、激しく抗ったわけではありませんが、この変更はシークエンスを弱くすると思いました。少しではありますが。ライアンの動機は実務的なものだったようです。製作陣は、これ以上の子役、とくに2歳の幼児を雇いたくなかったのです。小さな子どもを出すと、製作に遅れが生じ、予算にも影響するためです。『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』はすでに製作費の問題に追われていたので、コストを削減しなければいけませんでした。また、ライアンは、メイラーを完全にカットせず登場を遅らせるだけだと約束してくれました。シーズン2の後半あたりでヘレイナ女王が妊娠し、シーズン3までに出産するかたちになると。だから私は反対を取り下げ、変更を受け入れたのです。

シーズン1のOP家系図にはメイラーがいるため、のちのち登場させる予定だったとうかがえる

 エピソード自体は好きです。ブラッド&チーズも、総体的には。「ヘレイナの選択」のカットが場面を弱めたといえ、台無しというほどではありません。欠如に気づくのは原作読者だけで、未読視聴者なら胸を痛めたでしょう。結局のところ、メイラーはあの場面で何もしません。たったの2才なのですから。
 しかしながら、若き王子のカットは、別の影響ももたらします。ネタバレが嫌な人はここで読むのをやめてください。ネタバレばかりになります。少なくとも既読組にとっては要注意です。『炎の血』未読の方なら、あまり関係はないかもしれません。TVシリーズでは決して起こらない展開の話なので。まず、メイラーの話から入りましょう。

《注:ブログにはこう書かれていましたが、原作未読の視聴者にとっても重大な終盤ネタバレがあります。『HOTD』シーズン3のプロット案も明かされています》

 メイラー不在案のあと、さらに大きな変更が下されました。王子はもはやシーズン3で誕生しなくなったのです。エイゴンとヘレイナの次男はもう存在しません。

ブログに掲載された画像

 「バタフライエフェクト」をご存知でしょうか。
 同じタイトルの映画がありましたね。カオス理論でもおなじみの概念です。多くのSFファンにとっての入門は、レイ・ブラッドベリのタイムトラベル古典『雷のような音』でしょう。タイムトラベルした主人公が、恐竜のTレックス狩猟でパニックになり、蝶を踏んでしまう。彼が現代へ戻ると、世界は別ものになっていました。一羽の蝶の死が歴史を書き換えたのです。この物語の教訓とは、変化がさらなる変化を呼び、無関係に見える小さな出来事がその後のタイムラインや物語の全容に莫大な影響を与えるということです。

『HOTD』版リカード・ソーンは、シーズン2でアリセントの森林浴に同伴した

 『炎と血』において、メイラーは2歳の小さな子どもですが、物語の面では不釣り合いなほど大きなインパクトを与えます。読者の皆さんなら思い出せるでしょう。レイニラと黒装派によるキングスランディング制圧が迫る中、アリセント女王は《ブラッド&チーズによって発狂した》ヘレイナが残した子どもたちの身を案じ、秘密裏に街から脱出させる手筈を整えます。この任務を担ったのは二人のキングスガード。ウィリス・ヘルはジェヘイラ王女をストームズエンドのバラシオン家に届け、サー・リカード・ソーンはメイラーをマンダー川を越えてハイタワー軍のもとに護送するよう命じられました。
 ウィリス・ヘルは無事にジェへアリーズを届けましたが、サー・リカードはうまくいきませんでした。ビターブリッジの豚頭亭という酒場でキングスガードだとバレてしまいます。リカードは年若の王子を守るべく勇敢に戦いますが、橋を渡りきる前にクロスボウで倒されます。騎士の腕から離されたメイラー王子は、悲しいことに四肢を引きちぎられてしまいます。レイニラが彼に巨額の懸賞金をかけていたため、暴徒たちの間で奪い合いが起きたのです。
 この出来事は、TV版に登場するのでしょうか?そうだとしても……どう実現するのかはわかりません。蝶々《影響の連鎖》が障害になるでしょう。サー・リカードの護衛対象をメイラーからジェヘイラに変更できるかもしれませんが、この王女はエイゴンの後継者として重要なので、殺すわけにはいきません。メイラーを2歳児から新生児に変えると、すでに混乱しているタイムラインがさらに乱れてしまう。ライアンが何を計画しているのかはわかりませんし、計画すらしていないのかもしれません。メイラーの不在を考えると、もっとも簡単な方法は、このキャラクターを完全に削除し、アリセントの子どもたちを守る計画とリカード・ソーンの役割もなくすことです。ソーンとウィリス・ヘルが二人でジェヘイラの護衛にまわる手もあります。
 私の知る限り、ライアンはこの方向で進めようとしているようです。一番シンプルですし、製作費と撮影スケジュールにもかなうでしょう。しかし、シンプルなほど良いとは限りません。ビターブリッジには緊張、サスペンス、アクション、流血、少しのヒロイズムと多くの悲劇があります。ほとんどの視聴者は(原作読者とは異なり)リカード・ソーンという脇役の欠如に気づかないかもしれませんが、私としては、彼に短いながらも英雄的な瞬間を与えたことを気に入っていました。キングスガードの勇気と忠誠心は、黒装派にも翠装派にもあるのだと示していたのです。

杭に刺されるヘレイナの死因は『HOTD』S2E6の暴動等でほのめかされている

 バタフライ効果はまだ終わりません。レッドキープに届いたメイラー王子の悲惨な訃報は、ヘレイナ女王の自殺の引き金となります。すでに彼女はメイラーを見ることもできなくなっていました。ブラッド&チーズの「ソフィーの選択」によって彼を選んでしまったからです……そして、今度は本当に死んでしまった。己の選択が現実となってしまったのです。悲しみと罪悪感は、彼女の限界を超えてしまいました。
 ライアンによるシーズン3の概要でも、ヘレイナは自殺しますが……具体的な理由は示されていません。か弱い女王を追いつめるような新たな恐怖も引き金となる出来事もありませんでした。

S1E4にてレイニラはデイモンから平民の重要性について教えられるが、とりあわない。ここでは彼女の死因までほのめかされている

 まもなく、最後の蝶が飛び立ちます。
 やさしい人柄のヘレイナ女王は、キングスランディングの民から深く愛されていました。一方、レイニラは嫌われていました。だからこそ、ヘレイナがレイニラの命令によって殺された噂が急速に広まっていったのです。「キングス・ランディングで流血の暴動が起こったのは、その晩のことだった」。『炎と血』の記述です。民の暴動が、統治の終焉とシェパード教の台頭を引き起こし、レイニラが王都を放棄しドラゴンストーンへ逃れることになり……彼女の死につながります。
 メイラー自身は小さな存在です。彼は幼い子どもで、セリフもなく、何もせずに死んでしまいます。しかし、重要なのは、どこで、いつ、どのように死んだかです。メイラーのカットは、ブラッド&チーズのシークエンスを弱体化させるだけでなく、ビターブリッジの恐怖とヒロイズムを奪い、ヘレイナの自殺の動機を弱め、彼女の死が引き起こした暴動にも波及する。《暴動を巻き起こした》民たちは「殺された」女王への正義を訴えたのです。これらすべてが絶対に必要というわけではないかもしれませんが、ひとつひとつの効果が全体を結びつけることで、論理的で説得力のある展開を構築していきます。
 これらの蝶々を殺したかわりに、何が起こるのでしょうか? わかりません。エイゴンの次男を後まわしにすると聞かされたとき、ライアンと代替案について話したか思い出せません。個人としてのメイラーが必須ではないとしても……彼がいないことでビターブリッジ、ヘレイナの自殺、暴動がなくなるのなら……失うものが多すぎます。

 『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』シーズン3と4で検討されていたいくつかの原作変更が実現するなら、これまで以上に大きく有害な蝶々が放たれるでしょう……。

 GRRM拝

原作者の意図

「ファンタジーには根拠が必要です。ファンタジーだからといって、なんでも好きにできるわけではないのです」「原作(の設定)を無視すると、組み立てた世界は薄紙の城かのように崩れ去ってしまいます」
ジョージ・R・R・マーティン

Here There Be Dragons | Not a Blog

 お騒がせになったにも関わらず、この批判ブログ、かなりおさえめだ。友人作家シーラン・ジェイ・ジャオによると、GRRMの『HOTD』への不満はもっと膨大で辛辣だという。実際、シーズン2にはたくさんの欠陥がある。ブラッド&チーズからはずされたアリセントのキャラクター崩壊、予言の乱用が代表的だ。統治者としては珍しい行為でもないエイゴンの鼠とり処刑が過剰反応される一方、レイニスの平民殺戮は放免されてこれまたエイゴンに着せられたオリジナル展開にしても、無理やりな「薄紙の城」に思える。しかし、今回のブログで言及される要素はブラッド&チーズとメイラーに絞られている。
 GRRMが呈したのは、お粗末な変更と構成によって物語全体が崩壊する危険性だろう。「庭師」型の作家として知られる彼を真似て不用意に小さな枝を切り捨てれば、根腐りを起こし広大な庭園を蝕む可能性がある。その具体例として最適なのが、ショーランナー側の不義理(仮)によって悪化したブラッド&チーズとメイラーの損失と思われる。

『HOTD』S2E8でレイナが出逢ったシープスティーラー。彼女が乗れるかはわからない

 不穏に予告された将来の「有毒な」変更候補のひとつに、シープスティーラーが挙げられる。じつは、GRRMは、すでにこの設定変更に関する遠回しの批判を投稿している。ネタバレとなるが、原作において、シープスティーラーと絆をむすぶのはレイナではなく、ネトルズという平民だ。この謎に満ちた少女は『炎と血』中もっとも重要なバタフライエフェクトを起こすと言っても過言ではない。原作に珍しい有色人種で、ヴァリリア民族の典型的容貌ではなく、荒馬を飼いならかのような知恵でシープスティーラーを操縦してみせた。つまり、ネトルズの存在は、主人公一族の統治の根拠となっている「ターガリエンしかドラゴンに乗れない」説の反証である可能性があり、物語のテーマ「封建制および貴族特権の虚構と問題性」へとつながる。『HOTD』がこの平民をターガリエン王族のレイナに置き換えるとしたら、相当うまくやらないかぎり、根底から台無しになりかねない。ほかにも、衝撃的な噂が複数でてきている……。
 おそらく、GRRMは『HOTD』を変えようとしている。作品の権利を売った彼には、番組に介入する権限がない。番組を批判してシーズン3の計画まで漏らしたブログにいたっては契約違反の可能性が高い。ただ、今後も『GOT』スピンオフをつくりつづけるHBOの立場を考えれば、裁判にまで発展しないだろう。ジャオが推測したように、GRRMは、削除命令と法的リスクを承知で批判を公開し、ネガティブな話題をつくることで、製作陣からプロット変更、つまり「大きく有害な蝶々」への対処を引き出そうとしたのではないか。さて、このバタフライエフェクト、狙いどおり羽ばたくだろうか?

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