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第63回グラミー賞雑感 最後まで大きいTheWeeknd不在と唯一勝者カーディB

 「大本命候補The Weekndまさかのノミネーション全落選」というマイナス100点から始まった第63回グラミー賞。結論から言うと今年も「嫌な事件だったね……(富竹ジロウ)」に終わったわけですが、パフォーマンスと受賞結果にまつわる雑感。

 まず、中継式の華であるパフォーマンス。TV番組としてのグラミー賞で重要なのは時間またぎフェーズです。たとえば20時から21時になろうとするタイミングはチャンネルを回す視聴者が多くなるので、視聴率の流出を防いで流入を稼がなきゃいけない。だからこの「時間帯またぎ」こそ主役級のパフォーマーが配置されるわけです。今回は日本時間10時にデュア・リパ&シルク・ソニック&テイラー・スウィフト、11時にメーガン・ジー・スタリオン&カーディB、12時にドージャ・キャットなので、まぁ順当にメガポップスター祭り。例年通り?前半に主役級をかなり突っ込んできました。以下、良かったパフォーマンス3つ。

・デュア・リパ

 パンデミックのため少人数の会場分散開催式になったグラミー賞ですが、想像以上にいつものステージと異なりました。グラミーの基本といえば、2014年度ダフト・パンクに代表される「一夜限りの贅沢な伝統的バンド生演奏ステージ」ですが、今回用意されたステージがFNS歌謡祭の飛天の間くらいの規模感だったため、バンド演奏路線アクトの迫力がやや足りず(スピーチ台がある野外ステージはさらにショボく、前半の新人賞スピーチでは外で走ってる自動車の音が聞こえた)。反して存在感を発揮したのが、2020年MTV VMAsと同じく「ステージまるごと異世界にしてしまうバーチャルパフォーマンス」。特に、森を出現させたテイラー・スウィフトのように大予算でセットつくってメドレー披露できるメガポップスターが有利です。そうなると最強なのは、2020年を通して「アルバムテーマの異世界」を届けつづけたThe Weeknd、そしてデュア・リパです。前者は追放されたので、結果100点を叩き出したディスコ・ゴッデス、デュア・リパの独壇場。2020年紅白歌合戦とレコード大賞で例えるならLiSA並の無敵感でしたが、最有力とされていたBIG4は無冠に終わるいつものグラミー展開。グラミー賞において変に受賞するより格上とされる「勝負に負けても喧嘩に勝った枠」に昇進。

・カーディB 

↑上記公式でパフォーマンス動画観られます

 もはやパンデミックとか関係なく「いつでもブチアゲ」を放ってくるカーディB。今回に至っては、リリーススケジュールが不利だったメガヒット"WAP"をノミネーション出願すらしなかったのに放送直前でパフォーマンス出演決定、それで一番レベルに存在感を示し、メガポップスターでありスーパースターであることを証明しました。口パクのパク動作もせずビジュアルの迫力に全フリした時点で大勝利でした。"WAP"どころか新曲の"Up"までやってますからね(逆にスーパーボウル出演によるWeeknd追放説とはなんだったのか……)。今回もグラミー賞の結果は「……」で最後はお葬式の空気だったので、最初から勝負も喧嘩もせずおいしいところだけ持っていくカーディBが「唯一の勝者」状態に。音楽界の真希波マリ?

・リルベイビー

 リル・ベイビーもバーチャル式パフォーマンスだったわけですが、彼の場合"The Bigger Picture"にあわせてストレートにBlack Lives Matterプロテスト、さらには演説を挟む挑戦的な構成、今年度の「Snub(ノミネーションを奪われた)」枠のRun the Jewelsのキラー・マイクを招致する最高級のクオリティを見せつけました。今年のソング・オブ・ジ・イヤーはH.E.R.の"I Can't Breathe"でしたが、批判を浴びる投票者たちのあいだで「本格派、社会派、黒人アーティスト」にとらせようとした気運があったのなら、彼にあげても良かったんじゃないでしょうか(勿論H.E.R.も素晴らしいミュージシャンですが)。

・受賞結果

 アワードレースの結果ですが、結局のところ「大本命だったThe Weeknd全落選サプライズが引き起こした混沌受賞」かなと思います。

 まず授賞式前に発表されたポップデュオ&グループ部門。USメディアからさんざん「獲らないだろうけど獲るべき」枠にされていたレディー・ガガ&アリアナ・グランデ"Rain On Me"が受賞。有力候補だったテイラーやジャスティンよりもカテゴリ通りな渾身ポップソングなのでまぁ個人的に良かったと思います。しかしながら、上記記事で書いたポップフィールドの前提条件を踏まえると、やっぱり「勝つはずだったThe Weekndが候補漏れしたために接戦だったのかな?」と感じます。まずガガの"Rain On Me"はダンスポップなのでそう有利じゃない。ジャスティンは恐らく音楽的評価が高くない。だからこそテイラーが最有力とされてましたが、肝心のリリースが遅かった(グラミーでリリーススケジューリングが重要なのは上記記事参照)、曲もインディロックすぎたのか。レトロR&Bポップな"In Your Eyes feat.Doja Cat"がノミネートさえされてれば快勝した気がするので「元来本命であるThe Weeknd不在ゆえにこれまでの受賞候補と異なる候補が勝った」事象を感じるわけです。

 新人賞は大方の予想どおりミーガン・ジー・スタリオン。ドージャ・キャット、ポスト・マローン、ついでにWeekndは「アワード側がジャンル指定に迷う混合ポップスター」なので、引き続きノミネーション多くても大賞をとれない枠でした。R&BアルバムはBIG4に食い込んだジェネイ・アイコではなくグラミー会員受け良さそうなサンダーキャット。ラップフィールドは元よりノミネーションが謎なのでお流しとして、驚かされたのは、ポップフィールドはソロ部門で本命候補デュア・リパが破れてハリー・スタイルズが受賞。完全に獲る気でいたっぽいデュア・リパの目が凍っていましたが(マスクしてて表情までは見えなかったのでセーフ)……。そしてSOTYはまさかのH.E.R.が受賞。ここらへんで完全に「いつものグラミー賞」化。AOTYは「まぁやっぱり獲るよね」でテイラー・スウィフト。最強に思えたミーガン・ジー・スタリオンは「サブカテゴリで気合いの入ったスピーチ=主要部門敗退」定説をなぞるようにROTYに負け、デュア・リパでもなく単発シングルのビリー・アイリッシュがゲットして「受賞して申し訳ないです」スピーチ、空気がお葬式化。

 これらをまとめると、「圧勝できたであろうThe Weekndがサプライズ追放された結果、グラミー会員が好むサウンドが勝因になった」第一印象です。議題にされがちな人種やジェンダーではなく、「ビリーとテイラーとH.E.R.の候補作品は会員好みの"オーセンティシティ/レトロ"路線に適合していた」説。逆に、多くのメディアから「WeekndがいないからBIG4席巻もありうる最有力候補」とされていたデュア・リパはディスコ/ダンスポップなので、基本的な「グラミー会員好み」からはずれています。ポップカテゴリですら"オーセンティシティ/レトロ"風味のあるハリー・スタイルズにサプライズ敗退したので(そう考えるとガガの"Rain On Me"勝利のほうが異色)。

 近年「会員層の多様&若年化」をはかって新規会員を増員しているグラミー賞ですが、前代未聞なThe Weeknd全落選もあって、むしろ「古風」とされてた得票傾向が強まった印象です。むしろ、多様化を促進したから票がバラけて元々の会員層の好みが反映されやすくなったのか……(ラップ部門ノミネーションしかり)。アワードシステム面で大きいのは、The Weekndの選考委員会糾弾を受けて、暫定チーフが「ノミネート審査委員会を含めて今後ともプロセス変更に務める」と公言したこと。システムが変われば受賞傾向も変化する可能性があります。ただ、大改革の前に、アデル母さんかビリーが新譜を出してBIG4受賞してまた「申し訳ないです」スピーチする羽目になるお葬式ループが発生するのでは……?(その間にブルーノ・マーズみたいな陽キャがさらっていく)不安もあるので、もう負のループをカーディBに破ってもらうしかない……

よろこびます