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神様による強制手ばなし 〜 もしコロナ騒動が去年起きていたなら

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日曜日の朝のこと。

日曜日にはゴミ出しがない。

ゴミ出しがない日はちょっとウォーキングをするのが習慣になっている。

その日の朝は快晴で風もなかったので、海沿いの国道を逗子側に向かって歩いた。

上の写真はその時撮ったもの。

いまの僕の家は材木座海岸の、どちらかというと由比ヶ浜寄りにある。海沿いの国道まで徒歩30秒という、まさに海街だ。

そこから逗子に向かって500メートル弱進むと、前の家に住んでいたときにランニングで走り海に出るトンネルの地点に着く。

前の家は海から800メートルほど離れていた。

800メートル距離があると、毎日何回も海に気軽に出るという感じではなかった。

「わざわざ海に行く」という感覚があって、今よりも海は遠い存在だった。

500メートル離れているトンネルに来ることだって珍しいわけだから、800メートルというのは、なかなかの距離なのだ。

だから当時はランニングではしょっちゅう海に来ていたけれど、歩いて海に来ることはなかった。

ランニングじゃなければ自転車でしか海には来なかったし、だから水着で海に出ることもほとんどなかった。

今の家に来て、本当に自分は海と一体化したんだなぁ、なんてことを思いながら海に出て、しばらく晴れ渡る材木座海岸を眺めていた。

そしてふいに思った。

もし、いまのコロナウイルスの感染拡大騒動が起こったのが去年だったら、どうなっていただろうか、と。

その考えは今まで浮かんだことがなかったが、僕は背筋が寒くなった。

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