重厚長大主義は結局は「執着」だった
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重厚長大主義は結局は「執着」だった

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このところの内省、内観が何となくシリーズ化してきている感じがするが、今日もその続き的なこと。

予定をくっつけるとか、たくさんストックを買い込むとか、読み切れない本を大量に積ん読してしまうなどの一連の行動には共通点があると感じ始めた。

それらの行動をつなぐキーワードは「執着」なのではないかと思う。

そしてそれらの行動をひと言でいえば「重厚長大主義」なのではないかと思った。

どういうことかを、できるだけ簡潔に説明したい。

僕は子供のころから、「全部が完全に揃っている」という状態が無性に好きだった。

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立花岳志

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作家/プロブロガー/講演家/心理カウンセラー。 noteには継続課金マガジン「立花岳志のブログに書けない本当の話」とメルマガ「プロブロガー・総合情報発信者への道」バックナンバーを公開中。