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HappyHacking keyboard つづき

昔話を続けます。
HappyHacking Liteからの話を書きたいと思います。

Liteのこと

HappyHacking keyboard2 PB-KB02(以下HHKB2)の発売後、PFUアメリカというPFUの海外支社からアメリカでも販売できないかと話がもちあがりました。
急遽、ボストンでの展示会に出展するなど、リサーチを進めていましたが、キーボードにしては価格が高い、そもそもアメリカでUS配列があたりまえなのでHHKBの魅力をあまり感じてもらえていませんでした。ただ、サイズが小さいという点はアピールできそうだとの判断のもと、コスト競争力のあるモデルを開発することになりました。

当時すでにキーボードを含めたPC関連製品は台湾が主要生産地でしたので、台湾でキーボードメーカを探すことになり、何社かを訪問してサンプルを入手しました。
その中から、Compaq,IBMなど大手PCメーカ向けにキーボードを生産していたChiconyという会社に製造を依頼することになりました。Chicony社を選定したのはHappyHacking keyboardの考えに賛同して、少ない台数ロットでの生産を引き受けてくれたのも理由のひとつです。
ちなみに、他社の見積メールが紛れてきたことがあり、見積単位はコンテナ1台でした。HHKBは1000台単位くらいの製造でしたのでよく引き受けてくれたと思います。
Chicony社とはその後、何年も続く長い付き合いなりました。

早速Chiconyの本社にHHKB2を持ち込んで開発部門の方々にHappyHacnking keyboardのコンセプトと要求事項を説明しました。
HHKB2はカーブ構造や裏蓋の固定にねじを使わないなど凝った造りで、当初A4半分のサイズにするのすら難しいと言われましたがC社のエンジニアの頑張りでなんとかHHKB2と同じA4半裁サイズにはできそうでした。
HHKB2の特徴であったキーをカーブさせることはできないというということで、残念ながら一般的なステップ構造を採用しました。
また、PS2インタフェース専用にすることでHHKB2にあった中継コネクタは無くしてケーブルはキーボードから直出しです。
機能的な変更点は、MacやSun用のものは省き、Fn+TabがCAPS LOCKになるLiteモードを追加しました。
LiteからHappyHackingのロゴが現在も使われている"HH"ロゴに変更になっています。現在も使用されているこのロゴマークはPFUアメリカで作成したものです。
写真の上側が、Liteの試作機になります。一部の刻印の無いキーは、標準のキーキャップには合うサイズが無かったり、刻印が無かったりしたためです。標準品と横幅が違うものはキーキャップを新たに作りました。

上:Lite試作機(1998年3月)
下:HHKB2

HHKB Liteは当初アメリカのみの販売でしたが、その後国内でも発売しました。

Lite2のこと

Liteの発売以前から、カーソルキーと日本語配列の要望がよせられていました。
アメリカからもカーソルキーの要望があり、Liteで縁ができたChicony社に新しいキーボードの開発を依頼することになりました。
より多くの方にお使いいただけるよう、また、時代の流れに沿うように開発方針を決めました。

  1. カーソルキーを新設する

  2. US配列版と日本語配列版をラインナップする。

  3. USBに対応する。

  4. 可能な限り従来のA4半裁サイズに近づけ、従来からのカーソルを使わないユーザーに対しても違和感が無いものにする。

日本語配列について

日本語配列はデファクトスタンダードであったOADG配列(106配列)に準拠するため、必要なキーを追加しました。
OADG配列では日本語入力切替の全角/半角・漢字キーは、HHKBではESCキーの位置にあります。
HHKBのポリシーからESCキーの場所は譲れませんので、全角/半角・漢字キーを最下段に移動させました。
そもそも、全角/半角・漢字キーが1キーの左隣にあったのは、DOS/Vができたときに101英語キーボードでは通常使われていないAlt+'~'のキーコンビネーションに日本語入力切り替えを割り当てたことに由来します。
英語版のハードウェアをそのまま利用して日本語化するというDOS/Vのポリシーに従ったものです。うまい考えだったと思います。
'1'キーの左隣は、日本語入力切替という用途には使いづらいように思いますが、英語キーボードとの互換性から日本語キーボードでも同じ位置に設定されたのでしょうか。
他のスペースバー周りの日本語用キーも煩雑な気がしましたが、一般的な日本語キーボードに慣れている方が違和感を感じないようキーを減らすことはしませんでした。
左にもFnキーを設けたのは、日本語配列で右Fnが使いづらいということと、左にもFnが欲しいという要望があったためだと思います。

Lite2 日本語配列


カーソルキーについて

基本的にカーソルキーを使わないHHKBの使い勝手を損なわないよう、Lite2のカーソルキーは他のキーよりも小さく低くして、なおかつ小型化したカーソルキーでも操作性を損なわないような配置、形状にしました。
カーソルキーの縦サイズは他のキーの3/4になっています。1/2では狭くて操作しずらいと考えたからです。
そのため、カーソルキーは1/2だけスペースバーよりも手前に出っ張ったので、キーボードの前端面とスペースバーの間に隙間ができてしまいました。
この部分は、親指の付け根に干渉しないように手前側にゆるくカーブさせました。

Lite2側面

幻のモデル

Lite2にはUS配列、日本語配列に2種類がありますが、ひそかにもうひとつのモデルを用意していました。Sun Type4をベースとした配列(下図中段)です。
 

上:Lite2 US配列
中:Lite2 Type4配列
下:Sun Type4配列

Lite2はケースの金型の一部(リターンキー部分とスペースバー部分)を入れ子にすることでUS配列,日本語配列を作り分ける構造になっています。
あるとき、日本語配列のスペースバーの部分をUS配列のものにすればType4に近い配列にできることに気づいて、密かにType4モデルを潜り込ませることにしました。
メンブレンはもともと共通です。ファームウェアに細工をして、3種類の配列に対応しました。ファームウェアの切り替えは基板上のジャンパーです。
残念ながら商品化のタイミングを逃し、幻のモデルになりました。
試作品は作ったかもしれません。

HappyHacking Cradle

ある時、HHKBサポートメールアドレス宛にPalm pilotでHHKBを使いたいというメールをいただきました。
メールをいただいた方とのやりとりや、世の中の状況を調べてみると、Palm 用キーボードはいくつか販売されていて、Palmを取り付けて使うキーボードで、特に折り畳み式のStowaway Portable Keyboardが有名でした。

コンパクトなHHKBは、Palmと一緒に持ち歩くのにも良いと思われたのだと思います。
そこで、Palm専用のHHKBを作るのではなく、HHKBが接続できるクレードル(※)を開発することにしました。このクレードルはHappyHacking Cradle(HHC)と呼ぶことにしました。
HHCは、PS/2のプロトコルをHotSyncコネクタの非同期シリアルに変換する機能とHotSyncボタン付けました。キーボード用の電源には乾電池を使います。
また、ポータブルを意識してPalm純正クレードルにはない、折り畳める構造にしました。(この構造はスマホ用のクレードルでも使えると思うのですがどうでしょう)

HHCプロトタイプ


HHC量産モデル

キーボードドライバについては、山田達司(Hacker Dude)さんが開発されたJ-OSに組み込まれていたキーボードドライバに頼りました。山田氏に連絡をとり、J-OSのソースコードをライセンスいただいて、HHC用のドライバを開発しました。
HHCドライバはシリアルポートから受け取ったキーボードのスキャンコードをASCIIコードに変換するものです。
HHC側でコード変換を行わないので、あらゆる配列のPS/2キーボードに対応することが可能でした。HHKB以外の106日本語キーボードやイギリス、ドイツ、フランスなどヨーロッパ配列のキーボードドライバも提供しました。

※PalmはPC上のデスクトップアプリと連携することが前提で、HotSyncという機能で同期を行います。HotSyncボタンが付いた純正のクレードルがありました。

Palm 純正クレードル

HHCは技術的には面白いものでしたが、製品としては成功とは言えませんでした。
HHCを発売してすぐにPalmの新製品が発売されましたが、新モデルではHotSyncコネクタの形状が変更されていたため、HHCには取り付けられなくなったことも大きな原因のひとつと思います。アフターマーケット製品の難しさを実感しました。見積もっていた市場規模よりも小さかったのかもしれません。

あとがき

Lite, Lite2, HHCの目的は、HHKBのユーザを広げることでした。
HHKB2だけではどうしても販売数が限られて、ビジネス的に先細りになる可能性があると考えました。そうなるとHHKB2の販売が続けられなくなるのではと危惧していたのです。
長く販売し続けるにはHappyHacking keyboardをシリーズ化する必要があると考えました。馬の鞍を絶やさないためです。
Lite2によって幅広い方に使っていただき、シリーズとしてビジネスを継続できることを画策しました。
Liteは海外の展示会に出展しています。こちらの写真はシンガポールでの展示会に出展した際のものです。HHCを前面に出しています。

カーソルキーの追加と日本語モデルの追加は、HHKBのコンセプトから考えて発売すべきかどうか悩みました。
HappyHakcing keyboardは、カーソルキーが無いことをことを売りにした配列です。なぜならvi(hjkl)やemacs(^b^p^n^f)を使う前提のキー配列だったからです。Fnキーと併用のカーソルキーを常用することは考えていませんでした。
しかし、コンパクトであることに魅力を感じてHHKBを使ってくださるユーザが多いことが分かりました。
そこでLite2はコンパクトさを前面に出してカーソルキーを常用する方にアピールすることにしました。
見ての通り、Lite2 US配列は厳密にはHHKB配列ではありません。ここではカーソルキーの実装を優先しました。
Lite2の日本語配列は筆者の思いだけで決めたようなものです。日本語配列をお使いの方はどのような感想をお持ちだったでしょう。

Lite2は長期間にわたって販売を続けることができたのはユーザの皆様のおかげと感謝しています。

p.s.
本命のHHKB Professionalのはじまりについては又の機会に。

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