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しがらみから自由になるスクリプト

子どもの頃に部屋にあった薄いベージュのテディベアは誰にもらったものか?

私は、それを捨てられずに未だに部屋に飾ってあるけれど、毛並みはふかふかなままなので、なでると柔らかい毛が指に絡むかすかな音が聞こえるのです。

両手におさまるサイズの細い胴体のテディベアを抱いた時、そのふかっとした感触に安心して癒される優しい感覚に包まれるのです。

見た目は新品と変わらないまま時だけが過ぎていって、僕はいつしか帰らなくなった薄暗い埃が舞う子供部屋を、いつも部屋に入らずにドアの外から眺めただけで、実家を後にする。

僕の子供部屋はいつもカーテンが閉まっていて、その隙間から光が漏れているなあと思っていたら、窓が少し開いていて、そこから入る風でカーテンがさらさらとこすれる音がする。

カーテンの隙間からちらちらと差し込む光に照らされて、テディベアの胴体も暗く見えたり明るく見えたり、僕にはそれが、テディベアが暗い表情をして悲しんでいたり、悲しむのを我慢したりしているように思えて、だから僕の薄暗い子供部屋からそっと視線を外したくなる。

視線を外したところで、そこにあるテディベアの位置は変わらないし表情も変わらないし、僕が触らないからと言って誰もテディベアを移動して明るい場所に飾ったりはしないので、僕の薄暗い部屋の真ん中で、テディベアはずっとドアの方に向かって座っているんだ。

僕の部屋はドアがいつも開けっ放しになっているから、部屋の前を通る時は必ずテディベアの視線を感じてしまって、なるべく足音が鳴らないように部屋の前を通っていく。

だけど、そんな僕のことを見透かしているように、テディベアはじっとそこにたたずんでいるから、僕はだんだんと実家に帰りづらくなってしまって、ついにはあの部屋にある全ての物を置き去りにしたまま、一切帰らなくなったんだ。

そう、僕は実家やあの部屋を避けるようになって、あの部屋の一切を見たくないと思って、あの部屋のカーテンも窓も締め切ったままにしていたかった。

明かりなんか入れたくなかったし、生活しているような活気や音があの部屋に響かないように、埃すら舞わないように、時を止めたまま、僕はあの部屋をいじらないし触らない。

なぜ触れたくないのかは思い出せないけれど、僕が思うには本当に何もなかったんだけど、だけど僕はあの暗い部屋に明かりも点けたくないし、音も鳴らしたくないと、何かにフタをするように記憶から追い出したくなる。

ある日、僕はゴルフ場に行った時、広い緑の芝生を見て、とても開放的な気分になったことを思い出した。

まわりから歓声が聞こえたり、くやしがる声が聞こえたり、一人で来ている人はほとんどいなくて、みんな誰かとにぎやかにしゃべりながら、ゴルフボールを打っている。

僕は、人の輪の中に入るのが苦手で、ああやって笑ったり人と楽しんだり肩を組み合ったりしているのをすごくうらやましいなあと思うけれど、僕がそれをしているところを想像できない。

だから僕は一人でゴルフ場に来て、一人でゴルフボールを打って、まわりの歓声を聞いて、孤独を感じたいから、あえてこの広い緑が広がる芝生を選んでいるのかもしれない。

広い土地と明るくにぎやかな大地は僕にとても似つかわしくなく、それが「自分は一人だ」と感じるのに十分適している。

一人だと、孤独だと感じてまたあの暗い部屋に戻った時に、なんだか安心するような気がするんだ。
「ああ、元々1人だったから、一人でいいじゃないか。」と。

そうやって暗い部屋で膝を抱えて、すべての音から耳を塞いで自分の呼吸すら聞こえないように耳を塞いで、僕は一体何を待っていのだろう。

僕は孤独になって何を得たいのか、何をしたいのか求めているのか分からないけれど、一人にならないと僕の心が壊れそうな気がするんだ。

だから誰も僕に触らないでほしい。誰も僕に光を差し込まないでほしい。
暗いままの部屋で身動きせずにじっと、時だけ過ぎるのを待つ。

空気も揺れないように、誰にも僕の居場所がバレないように、心臓の鼓動さえも誰かに聞こえそうな静寂の中、僕は息をひそめてただ時が過ぎるのを待つ。

誰も迎えにこないでほしい。誰にも明るい言葉をかけてほしくない。
僕は僕に絶望しているから、だからどうかどうか、僕を一人のまま、そっとしておいてほしい。

僕は昔、一人の時はSNSを頻繁に意味なく見ていて、何度も何度も画面をスクロールしては、変わらない更新状況に飽き飽きしていた。

誰かの言葉が聞きたくて、誰かに安心できるようなあたたかい言葉を掛けてほしくて、僕以外の誰かのあたたかさを求めては、それがここにはないと気づくのにかなりの時間が掛かった気がする。

僕以外のどこかにあたたかさがあるわけがなく、あたたかいと思って触れたところは触れた瞬間から冷たくなっていって、僕は、僕の手が全てを氷のように冷たくしてしまっているのかと思って、伸ばしかけた手を急いで引っ込めた。

誰か僕の手を掴んでほしいと思っていたけれど、目の前に無数にあったように見えたあたたかい手は、僕のとこらにまで届くように伸ばすつもりはなかったようだ。

おいでおいでと呼んでくれるけど、その距離は一向に縮まらなくて、その人の顔も見えなくて、僕はそのあたたかい手を追いかけることをいつしかやめてしまったんだ。

だから膝を抱えて、この暗い部屋にうずくまっている方がはるかに疲れなくて、誰にも迷惑をかけないから、僕は一人でいることを望んだ。

もし、また、あのあたたかい手が僕を迎えにきたら、僕はやっぱり希望を持ってしまうんだ。

次こそ、そのあたたかい手をつかんだら、僕の体も芯からあったまって、僕の2本の足で立ち上がって、元気な声でみんなと笑い合えるのかな。

僕は、僕を迎えにきた、たった2本のあたたかい手を眺めて顔をあげて、もしこの腕を握ったら、この暗い沼から引っ張り出してくれるのかな、とちょっと明るい気持ちになる。

あれだけたくさん、何十本もあった腕は、今は多分一人の人の2本の腕だけになっていて、その2本の腕だけが、うすくまっている僕を諦めてくれない。

僕が何もしゃべらなくても、僕が顔を上げずに目線を外したままでも、僕が背を向けても、同じようにゆっくりゆっくり腕は上下して、同じ距離を保ったまま、なんだかそこから優しい子守唄が聞こえるような気がするんだ。

だから、僕は無視しきれずにそちらをちょっと振り返って、もっと優しい子守唄を聞こうと顔を少し腕に近づけて目を大きく開いてみると、腕はより一層大きくおいでおいでと揺れるような気がして、僕は、僕の存在に反応してくれているその2本の腕に、無性にうれしくなるんだ。

2本の腕は、ゆっくりと同じペースで上下して、腕から僕に近寄ってくることはない。

だから、僕は安心して考えることができるんだ。その腕を信じるか信じないか。その腕に聞けばいいんだけど、僕は腕が言う言葉ではなくて、僕自身が自分で決めて、その腕を掴みたいんだ。

だから、僕は何も聞かない。
なんとなく、その腕が僕を裏切って消えていく気もしない。

僕は、たぶんそのあたたかい、最後まで残ってくれていた2本の手を掴むと思う。

掴むことは僕の中で決まっていて、じゃあ何が足りないかというと、僕は僕の中の声を聞くことなんだ。

僕はまだ、自分の足で立てる元気がなくて、もしかしたらその腕を掴んだら一気に元気になるかもしれないけれど、僕は、その手に頼らずに自分で元気になって、その手を掴みたい。

それが、その腕を信頼しているという証だと思っているし、よりかかる関係なんじゃなくて、その腕と対等になりたいと、そう思っているんだ。


ひとーつ、爽やかな空気が流れてきます!

ふたーつ、身体がだんだん軽~くなってきます!

みっつで、大きく深呼吸をして~、頭がすっきりと目覚めます!

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