Watcher #17
彼とはオフ会で何回か会ったことがあった。
そんな彼の、最近のSNSの投稿が、どうも変らしい。
おれには変わったように見えない。
それはおれが普段から、彼の投稿を注意して見ているわけではないからかも知れない。
彼は相変わらず奥さんと仲がいい。
彼は、とりたてて彼の奥さんの話をしようとしているようには見えない。
しかし、彼の話のなかには当然のように奥さんが出てくる。
一緒にいるのが当たり前すぎるのだろう。
彼の投稿が変だと言ったのは“あいさん”だ。
“あい”はアカウント名で、本名ではないだろう。
あいさんは、レズビアンである。
LGBTでいうところの一番最初のLだ。
あいさん曰く「Lが頭文字になっているから、LGBTのなかでレズビアンが一番えらい」そうだ。
おれはその話を、そんなわけないだろと思いながら聞き流した。
あいさんは他人のセンシティブな部分に、遠慮なく土足で踏み込んでいく。
マイノリティの方は思慮深いと、おれは勝手に思っていた。
それは偏見なんだろう。
おれは、あいさんに彼の投稿のどこが変なのか聞いた。
最近の彼の投稿に、奥さんが写っていないと言う。
確かに彼の投稿には、何か持っている奥さんの手だとか、足元や、遠めの後ろ姿がたまに出てきていた。
「たまたまじゃないの?」
おれがそう言うと、
「それに···」
と、あいさんは続けた。
「最近、奥さんのことを前面に押し出した投稿が多い気がする···」
不自然なんだと言う。
おれはSNSの彼のホーム画面へ行き、ここ最近の彼の投稿を読んでみた。
あいさんの言う通り、以前のナチュラルさはない。
わざわざ奥さんのことを取り沙汰して投稿している。
でも、そんな彼のマイナーチェンジ、それこそ取り沙汰すことではないではないか。
僕がそう返すと、あいさんはとんでもないことを言った。
彼が奥さんを殺したかもしれないと···
「なんでそうなるのっ」とおれは笑った。
おれの一笑にふす態度に全くひるむことなく、あいさんは真剣な姿勢を崩さずに説明をはじめた。
「だって、奥さんのことを前面に押し出す投稿してるのに、逆に今まであった奥さんの写真の投稿がなくなるって変じゃない?」
「うーん···」
変といえば変だけど、だからと言って“彼が奥さんを殺した”は飛躍しすぎだろ···
そして、あいさんはオフ会でのことを話しだした。
彼はオフ会に奥さんも連れてきていた。
あいさんは、奥さんに「子供は作らないの?」と聞いたそうだ。
奥さんはもともと子供好きで、はやく子供がほしいと言っていたそうだ。
そして、彼にも探りを入れたそうだ。
彼の本音を引き出すには、奥さんの前で聞いても仕方がないだろうと···
奥さんがお手洗いではなれた隙に。
そして、彼は子供を作るつもりはないと言っていたそうだ。
そこから、あいさんの推論が展開された。
どうしても子供が欲しかった奥さんが、子供を作る気のない彼にしびれを切らせて、他の男の子を宿したと···
よくもそんなドロドロとした想像を臆面もなく口にできるなと、おれは感心した。
「それが彼にバレて···」
あいさんは、根は悪い人ではない。
あいさんなりに真剣に考えて導きだした答えなんだろう。
だからおれはそれに配慮して、吹き出すのをこらえていた。
あいさんはおれのその表情を見て言った。
「絶対ないって言いきれる?」
「仮にその可能性があるとして、どうするんですか?」
「聞いてよ」
「おれが?」
あいさんは頷いた。
「彼に?」
これにも続いて頷いた。
「奥さんを殺してないか?」
さらに続いて頷いた。
そして、それにつけ足した。
「うまく」
と。
断りたい···
断りたいが、放っておいたらあいさんは、
「あなた奥さんを殺したでしょ」
みたいなDMを彼に送りかねない。
あいさんの気持ちがおさまり、かつ、可能なかぎりこの件が穏便にすむように立ち回らなければ。
面倒だが、やるしかない。
「わかりましたDMでうまいこと聞いておきます」
「DMじゃダメでしょ」
「直接ですかっ!?」
あいさんは、頷いた。
「わかりました、次のオフ会で探りいれてみますよ」
あいさんは「ちがうちがう」という感じに、首を横にふった。
そしてそのあとこう言った。
「勤め先、知ってるから、私」
知ってるからなんですか?
おれは心のなかでそう思った。
「出てきたところをつかまえるの」
つかまえる!!
何を言ってるんだこの人は···
でも、それをおれがやらなきゃ、あいさんが実行してしまうんだろうな。
「わかりました」
おれはそう返事をして、続けて聞いた。
「何処ですか?彼の勤め先」
まあ、勤め先を聞いておいて、待ち伏せなどず、DMでアポ取って彼と会えばいい。
「大丈夫。私も一緒にいくから」
何にも大丈夫じゃないし、来るのかよ!
そして、件の日。
仕事を早上がりして、待ち合わせ場所へむかった。
待ち合わせ場所へ着くと、あいさんと、三木さんもいた。
三木さんも巻き込まれたのか···
三木さんはオフ会の幹事的なことをやってくれる人だ。
メッセージアプリでグループチャットのルームを作り、さらにチャットのアンケート機能で予定日と店を決め、予約を取ってくれる。
オンライン上の面倒な手続きは全てやってくれる。
そして、三木さんは、その仕事っぷりからかけ離れた、おっとりした中年だ。
猫毛の白髪で、目は細くほぼ線、やや中年太りでお腹が少し出てる。
アカウント名はミキミキ。
オンラインの幹事が三木さんなら、オフラインの幹事はあいさんだ。
オフラインになったとたん、あいさんが仕切りだす。
三人で彼の勤め先へ向かった。
なかなかの大手だ。
おれたちはバラバラに別れて、それぞれの別の出口を見張った。
人の出入りは多い。
もうすぐ定時だ。
こんなんで、つかまえられないだろう···
「つかまえた」
あいさんからのメッセージだ。
「ここね」
さらに、目的地をファミレスに設定された地図のリンクが送られてきた。
はやっ。
まあ、彼が奥さんを殺してるわけないし、プチオフ会みたいになるだけだろう···
ファミレスに着くと、四人がけシートの奥の窓側に彼、彼の対面に三木さん、彼のとなり、彼が通路に出るのを防ぐようにあいさんがいた。
「偶然、彼と会ったよー」
あいさんが見え透いた芝居をしてきた。
「えー!」
おれものっかって、芝居をうつしかなかった。
「三人で食事する約束してたんだよね」
おれに対する、設定の説明であるのが見え見えな台詞だ。
目も当てられない。
あいさんに翻弄されて、頭が回っていなかった。
おれは、彼をつかまえた後どうするかの打ち合わせの提案すらしていない。
「奥さん元気?」
!!
おれが聞くんじゃないのかよっ。
それにまだ、ドリンクすらオーダーもしてないのに···
三木さんがメニューを開いて、みんなに見えるようにテーブルにおいた。
「すいません、飲み物だけのおつき合いにさせていただきます」
彼が言った。
「ごはん作っててくれてますから···」
そして、そう続けた。
あいさんの「奥さん元気?」という問いへの答えだろうか。
そのあと店員の呼び出しボタンを押し、我々は注文をした。
あいさんと三木さんは、がっつりセットメニューをたのんでいた。
おれは軽めのパスタにした。
オーダーが終わると、あいさんがおれに、みんなの飲み物をドリンクバーへ取りに行くように指示した。
そして、あいさんは彼への質問を再開した。
奥さんのことばかり···
ほとんど、取り調べだ。
彼はそれに、顔色も表情も変えることなく答えていた。
そうしていたら、オーダーしたメニューが運ばれてきた。
三人ぶん同時にだ。
あいさんは「いっただきまーすっ」といって、普通に食べはじめた。
三木さんも、手を合わせたあと食べはじめた。
あいさんは彼に質問してみて、彼が奥さんを殺していないと思い至ったのか、気が済んだみたいだ。
ご飯をもりもり食べている。
おれは、急に放ったらかしにされた彼へ気を使って話しかけようとしたら、彼が口をひらいた。
「お手洗い···すいません」
食べることに集中しているあいさんへ、彼が申し訳なさそうに断りを入れた。
あいさんは席を立ち、通路へ出て、彼が通れるようにした。
彼がトイレへ行ったので、おれはあいさんに聞いた。
「どうです?」
「うーん···どうだろう?やってないかもしれないけど、まだわかんない。私、勘するどいし」
まだ、気が済んでないのかよ。
強情だなあ···
あっ。
あいさんが、叫んだ。
おれの後ろの方を見ている。
えっ!
おれは振り返り、あいさんの視線の先をみると、彼が店から出てどこかへ行ってしまうところだった。
そして、あいさんがそれを追いかける。
「三木さんすいませんっ」
そう言って、あいさんを追うようにおれも店を出た。
店を出てあいさんの背中を追いかけた。
すでに、彼がどこにいるかわからない。
おれは走りながら思った。
うそだろ?
殺したの?
奥さんを?
彼?
前を行くあいさんも、彼を見失ったのか、きょろきょろしている。
見失ったのなら、あいさんと同じところを探してもあまり意味がないな。
ここはオフィス街。
スーツ姿の彼は目立たない。
あいさんは、最寄駅へ向かったっぽい。
おれは、彼が最寄駅をはられるのを警戒して、次の駅まで歩いて、そこから電車に乗るんじゃないと予想した。
予想したのだが、向かったほうの次の駅が思ったより遠い。
反対の駅には三木さんに向かってもらうようメッセージをした。
川に突き当たって、橋を渡らなければならないのだけれど、橋がなかなかない。
川沿いのちょっとしたランニングコースみたいなところをずっと歩いている。
コース脇に茂みがあった。
何か動いた気がして、茂みのなかを見た。
まさか、彼!?
そこには、彼ではなく“あれ”がいた。
結局その日、誰も彼をつかまえられなかった。
そして彼はSNSを退会していた。
彼の本名はわかるが「SNSの彼の投稿で、彼の奥さんを最近見かけませんでした」で、警察に取り合ってもらえるわけはない。
だけどあいさんは、逃げられたのがよほど悔しかったのか、執念を燃やしていた。
「あんないい会社やめるわけないでしょ」
と、一人で張り込みを続けた。
そして、彼を再びつかまえたそうだ。
再びつかまえた彼を尋問したあいさんによると、彼の奥さんが亡くなっていたのは確からしい。
それは、あいさんが彼のSNSの異変に気づいたころだったそうだ。
彼の奥さんは、先天的な原因で、妊娠、出産はほぼドクターストップみたいな状況だったようだ。
その原因を手術で取り除くのも困難だったそうで···
それでも、彼の奥さんはどうしても、彼との子供がほしくて···
彼は反対していたが、ほぼ毎日の説得に折れて···
妊娠をしたものの奥さんは体をこわしてしまい···
母子ともに亡くなってしまったとのこと。
奥さんの両親は、奥さんの体のことを知りながら、彼が子供を産ませようとしたと誤解したらしい。
そうして、位牌や遺骨、遺影は全部持っていかれたそうだ。
お墓の場所も教えてもらえていないとのこと。
奥さんの死を実感する遺影などがない。
奥さんが実家に帰っているだけのような気もしてくる。
そんな中、ふと、まがさして、SNSで奥さんが生きているような、投稿をしてしまったそうだ。
そうしたら、つかの間、悲しい気持ちが軽減された、と。
だけど、しばらくするとまた悲しい気持ちに包まれている。
よくないと思いつつも、また奥さんが生きているかのような投稿をしたら、悲しみは減った。
そうして、それをやめられなくなってしまったそうだ。
それが彼の異変の真相だそうだ。
あいさんは彼に平謝りしたらしい。
彼は、あいさんを許してくれたとのこと。
救いのない真相だなあ。
おれは、茂みのなかの“あれ”の姿を思い出していた。
彼と奥さんの姿のように思えた。
彼は生きているわけだし、そんなわけない···
じゃあ奥さんとお腹の中の子供か···
おれは“あれ”と、やりきれない現実をこじつけようとしていることを自覚して少し嫌気がさした。
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