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Watcher #8

脳卒中で失明することがある。

そして、周りの人が、数日間、その人の目が見えなくなっていることに気がつかないケースがあるのだという。

当の本人が失明しているとは思っておらず、見えているかのような振る舞いをするからだ。

その人の視覚には、脳のつくった幻が満ちているらしい。

アントン症候群というそうだ。


おれは、脳卒中で倒れたことはない。

だけど、ネットでこの話を読んだとき、自分はこれなんじゃないかと思った。

寝ている間に脳卒中が起こって、気づかないなんてことはないのだろうか。

しかし、読み進めると、ちがうことがわかった。

アントン症候群は、やはり日常生活には支障があるそうだ。

おれはふつうに、生活をおくれている。



布団に入ったものの、頭が変に覚醒していて、まったく寝つけなかった。

真夜中だが、散歩することにした。


脳の異常で、幻覚を見るケースはいろいろあった。

脳血管障害

脳炎

脳外傷

脳腫瘍

脳の形態異常


そして、脳に異常がなくても、脳内でのホルモンの分泌の異常があると、幻覚をみるそうだ。


検査に行くか···


でも、そこまで“あれ”に悩まされている訳ではないし···

金欠だしな···


そのあともおれは、歩きながら検査に行かない理由を、うだうだと考えた。


高台の住宅地のはずれ。

そこから景色をながめた。

目の前には、高架になっている自動車専用道路がある。

目線の高さはちょうど道路の照明くらいだ。

空が白みだして、すこし明るくなってきた。

風がきもちいい···


おれは、自分の見つめているものが、“あれ”であることに気づいていなかった。

気づいていない、というより気にとめていなかった。

おれのなかで“あれ”が特別なものでは、なくなりつつあるのか。



自動車専用道路の照明のうえに、“あれ”がくっついていたのだ。


脳に異常が見つかるのがこわい。


「こわい」という子供っぽい理由ではない、検査に行かずにすむ、もっともらしい、理由を探していた。

一晩中。

笑えてきた。



こわいものはこわい。

だけど、倒れたりするのはもっとこわいでしょ?

だから、行かなきゃ。

子供に言い聞かせるように、自分をはげました。

 
 
 
 

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