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愛と嫉妬
その子はとても平坦な子だった。感情に山がなかった。
似合わないタバコに火を付けて、春の水色の空に煙を吐いた。たちまち空は灰色になり、雨が降り出した。
「君が似合わないタバコなんか吸うから」
彼女はそう言って貰ったタバコに火を付けた。
甘いメンソールの味がした。
朝起きて、学校に行って、帰ってバイトに勤しむ。そんな刺激もくそもない生活に刺激がほしかった。みんな同じような面をし、猫をかぶり、ロボットみたく直方体の中に吸い込まれていく。だから刺激になってくれる人を探した。
探したけどやっぱり、原点にもどる。
犯人は証拠の品を取りに必ず犯行現場に戻る、とはよく言ったものだ。
生きている証拠が欲しかったのかもしれない。自分がここにいた、自分は確かにここで生きていたという。
感情に山がないのは羨ましい。いらぬ感情は捨ててしまいたい。特に愛と嫉妬。
愛は絶対に否定してはいけない都合のいいものだし、嫉妬はただのひねくれているだけだ。
そのうち全てが羨ましくなり、それが嫉妬となりやがて嫌悪になる。だけど、愛が邪魔してうまく嫌悪になりきれない。
嫌いになれない。
嫌いになりたい。
嫌いって言って、どんな反応をするだろう。
構ってくれるのだろうか。
彼女のことなんかなんにも見てないくせに。
嫌いって言ったらそこで終わりそうな気がして。
中々言い出せなかった。
雨雲がかかれば雨がふる。
雨は憂鬱だ。出かけられない。だけど傘があれば出かけられる。
彼女は傘が欲しかったのかもしれない。
雨粒が当たらなければ濡れることなどない。
感情に山がないのはとても羨ましい。
ここで羨ましいと思ってしまうのも既に山がある。
皮肉である。
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