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はがた美人

玄海灘の、はがた船に揺られ、塩見滅子(しおみめつこ)は悦に浸っていた。自分より綺麗な博多美人ばかりの職場である。男たちが、我先にとそんな女をモノにしようと鎬を削っている。宴会の場で、自分は漫才。気負いをしない笑いを取る役柄。いつしか慣れっこになっていた滅子は、浮かれ気分で、同僚たちと鯛の活け造りなんかを突きつつ、「庭のうぐいす 純米吟醸」を飲り、バカ騒ぎをしていた。

「ビューツ!ビューッ!」
西から吹いてくる、力強く激しい風に波は大きく吠え、浮かれポンチの自分を、時折覚ました。
はがた船は、風に弱い船体である。歯形のようにUの字をしている。窪みに北西の季節風が溜まればひとたまりもないのである。

「ブォーッ!!」
船体が大きく揺れた。
「ありゃ、酔ってる。ひっくり返るかな、あー、こりゃこりゃ」

「ブォーーッ!!」

「わーっ!!」

滅子たちの乗った、はがた船、王禅寺丸は、こうして転覆した。

薄れゆく意識の中、滅子は自分が助かりたいとは、微塵も思わなかった。何故なら、不細工に産まれてきた故に、損を感じることが多々あったからである。
生まれ変わって、新しい人生を始めたい。そんな淡い希望と期待が、滅子にはあった。

そんな滅子に、海流の神が微笑んだ。

「貴女を人並み以上に美くして差し上げます。貴女は、自衛隊に救助され、鏡を覗き込んだ瞬間、世界が激変するのです」

「滅子さん、滅子さんっ!」
滅子は、自然と眼を開けた。助かったのだ。

神に諭された記憶に抱かれて、滅子はおそるおそる、ポーチにあった手鏡を翳した。
「きれい……」
滅子の人生は著しく変化することになる。
「おはようございまーすっ!」
出社した、自分を見る、同僚たちの目が違う。面倒臭そうな挨拶を交わしてくるやつらが豹変したのだ。

滅子は、戸惑った。こんな山口智子似になってしまってどうしようと。これでは山崎パンからCMの依頼が来てしまう。そんな心配をしなければいけなくなってしまうのではないかと……。

唐沢寿明もイイ男だ、西遊記の悟空役はイマイチだったけれど、高校教師の遠山景織子になれるかもしれない。滅子は年甲斐もなく、浮足立つのだった。

「さー、これからが、私の時代よ、塩見滅子を、皆、見てーー!!」

調子に乗った自分をかえり見る暇がないくらい、滅子はどんどん忙しくなっていった。

グラビアの撮影に、テレビ、ラジオ、映画、それこそ引っ張りだこで、仕事はどんどん入ってくる。今している会社の仕事も休まなければならないくらいに。

ある写真家に声をかけられ、滅子は、意気投合したこともあって、体を許してしまう。
マスメディアの世界は恐ろしいものだ。カネと欲、権力に塗れている。それを痛感するのに、まだ滅子は幼すぎていた。

上京し、仕事をいくつもこなしていくうちに、滅子は、自分の存在とは一体何なんだろう?と考えるようになっていった。

カネはいくらでも入ってくる。男はいくらでも寄ってくる、高級マンションにも住もうと思えば、意のままだし、車も運転手付きでやってくる。

滅子は、自分の人生の真の意味を知るため、お百度参りに出かけようと決意した。そこで悟ったのが、
「あるがままに生きなさい」
という無我の境地だったのである。

そんな中、「第一回、ミスはがた美人コンテスト」が、博多で開催されるという話を聞き、滅子は色めきたった。何でも、博多出身で、博多人形を操れることと歯形が綺麗であることが、審査に大きく影響するらしい。
滅子は、福岡市博多のパピヨン通りの出身である。博多人形は、盃を口に持っていくことが出来るし、歯形の綺麗さは、元不細工故の長所であった。

自分は「あるがままに生きる」それでも、何かしら、確固たる、花芯みたいなものが欲しかったのだと思う。
このコンテストに出場し、優勝して、それを自信に繋げたい。そんな想いから、滅子は出場用紙を、主宰主である、博多コンサルティング株式会社に提出した。

2019年10月18日、第一回ミスはがた美人コンテストが開催された。各局のメディア、他県内外、海外からもオーディエンスが集結した。エントリーは、博多出身の自称博多、歯形美人たち、12名。持ち前の博多っ子魂を競いあう形だ。

さーて、はがた美人コンテスト、最初の関門は、博多人形の操り具合テストでーす!

博多人形を、個性的に操って、パフォーマンスを魅せるエントリーの方々。いいですねぇ。
おっと、和泉千絵さん、コマネチですか。素晴らしい。
あー、堤伸子さん、バックから、してしてぇ~んのポーズですね、そそられますぅ~。
おー、塩見滅子さん、御返杯、ずずずいぃーっと。

はーい。それまでぇ~。

続きまして、歯形具合の審査に入りまーす。

まずは、明月堂1号店「博多通りもん」の実食からー!
由来。五月三日・四日に行われる博多どんたく。
その昔より、「どんたく」をしている姿、すなわち、どんたく衣装に身を包み、三味線を弾き、笛を吹き太鼓をたたいて練りあるく姿・形を博多弁で「通りもん」と言います。
─エッこれがほんとうにおまんじゅう?─
舌にとろける白あんの上品な味わい、ほのぼのとして懐かしいミルク風味。博多に伝わる和菓子の伝統と技術に洋菓子の素材を取り入れ、モンドセレクション連続金賞受賞など、博多通りもん(はかたとおりもん)は九州・福岡を代表するお菓子となりました。

「もぐ……」
参加者全員が、一斉に、通りもんに齧りつく。審査員が10点満点の採点をする。
「9点」「7点」「10点」「9点」「8点」……。
滅子は、「8点」減点理由は、齧った後の歯に白あんが、若干残ったから。であった。
悔しい。あの時、舌なめずりさえしておけば……。審査員の目は厳しいのである。

続いて、二階堂「博多の女(ひと)」
ほどよい甘みの小豆羊かんを、しっとりとやわらかなバームクーヘンで包み和洋の調和が絶妙な名菓。卵の素朴なおいしさが伝わるバームクーヘンに羊かんの水分がなじんで、独特のしっとり感があります。食べやすいひと口サイズついつい食べ過ぎてしまいそう。観光客のお土産用としてだけでなく、地元・博多の人々にとってもどこか懐かしく、もらってうれしいお菓子です。現在はプレーンに加えて抹茶、苺、はちみつレモン、バナナミルク味など様々な種類の味が展開されています。

「むふ……」
滅子、「9点」後1点足りなかったのは、抹茶味が嫌いだったのを見抜かれてしまったこと。それが歯形に反映されていた。はちみつレモン味だったら、満面の笑みでいけたのに……。と悔いが残る。

さーて、続いて、如水庵「筑紫もち」
古代の人々の魂の燃焼の譜「万葉集」。その万葉集の載る四千五百十六首のうち五百九十六首が詠まれたという筑紫の国、福岡。筑紫もちは、この万葉人のおおらかさ、素朴さをお菓子に託して、今に伝えています。筑紫平野の「ヒヨク米」をこだわりの水で、おいしく煉り上げた餅。それに大豆の香りと甘みを最大限に引き出した黄な粉をたっぷりと振りかけた昔ながらのシンプルな和菓子です。口にほおばるたび、その香ばしさがパッと広がり、品格ある風味は格別の美味しさ。お好みで黒蜜をかけるとまた違った味が楽しめます。

「ふしゅ……」
滅子、「10点」万葉集全体の和歌の中でも特に、有名な和歌を覚えていた。

雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)
籠もよ み籠もち ふくしもよ
みぐくし持ち この岡に 菜摘ます児
家告らせ 名告らさね そらみつ 大和の国はおしなべて
吾こそ居れ しきなべて 吾こそいませ
吾こそは 告らめ 家をも名をも

こもよ みこもち ふくしもよ
みぶくしもち このおかに なつますこ
いえのらせ なのらさね そらみつ やまとのくには おしなべて
われこそをれ しきなべて われこそいませ
われこそは のらめ いへをもなをも

籠もよい籠を持ち、ふくしもよいふくしを持ち、この岡で菜を摘んでいらっしゃる乙女よ、ご身分を言いなさい、名を名乗りなさい。(そらみつ)大和の国は、おしなびかせて私が君臨しているのだ。国の隅々まで私が治めているのだ。私こそ名乗ろう、私の家も名も。

”ふくし”とは、 木や竹で出来た土を掘る道具のこと。この歌は万葉集の巻頭の歌となっています。古来から名前には霊魂が宿るとされており、名前を聞くということは求婚を意味していました。雄略天皇は日本列島を大和政権下に臣従させた大王です。

はい、次いきましょかー。
博多菓匠 左衛門「博多ぶらぶら」
小豆で求肥を包んだシンプルな和菓子、博多ぶらぶら。自然で素朴な風味が持ち味で、左衛門自慢の博多銘菓です。北海道産の小豆、そして、お米は佐賀の一等米であるひよく米を使っています。シンプルだからこそ素材の味が生かされ、左衛門の中でも人気ナンバーワンの実力。長く愛される美味しさで博多の定番土産です。

「ちょわ~」
滅子、「8点」北海道に渡道したことがなく、味わう表情に、嫌悪感。真髄が理解できていないことを見透かされた結果の歯形に……。

よっしゃー、次~
やまや「明太子」
福岡の名産といえばもちろん明太子。持ち帰ってご飯のお供として楽しみたい、福岡土産の定番です。特にやまやの明太子は徹底したこだわりによる質の良さで地元の人からも長く愛されるお店です。
そんな明太子は九州産の香り高い柚子、まろやかな旨味を引き出す昆布と福岡の名蔵元「喜多屋」のお酒を贅沢に使った「匠のたれ」に漬け込まれ、168時間の熟成を経て生まれた絶妙な味わい。一腹がほどよい大きさで、質・量ともに充実した、贈答・土産用の定番になっています。

「ず……」
滅子、「9点」熱々のご飯が無かったのが1点減点の要因。やはり、明太子にはご飯でしょう、という固定観念を打ち破られなかった歯形が露見。

まだまだいきますぜー。
ひよ子本舗吉野堂「名菓ひよ子」
ひよ子に東京にイメージがある方も多いかもしれませんが、ひよ子は大正元年に福岡で生まれた列記とした福岡銘菓です。身の詰まったいんげん豆を使用して作り上げた、なめらかで優しい甘さの黄味餡を、独自に製粉・配合した小麦粉に、新鮮な卵と上白糖などを練りこんだ皮で包んだひよ子のほっとする味わいは、みなさん一度は食べたことがあると思います。ですが、博多銘菓としてのひよ子を食べたことがある方は意外と少ないのではないでしょうか。福岡に訪れたら、一度本場のひよ子を食べてみませんか?

「ぱっくん」
滅子、「10点」東京帰りの滅子には、余裕の名菓。自信をもって歯形をつけることができました。満点!

千鳥屋本家「チロリアン」
新鮮なミルクとバターをたっぷり使いチロル伝統のレシピでサクっと焼き上げた軽い食感のロールクッキーに千鳥屋オリジナルの口どけなめらかなクリームを入れた高原銘菓チロリアン。バニラ・コーヒー・ストロベリー・チョコレートの4種類の味が展開されています。1962年に発売されてから、長く愛されている福岡の定番土産です。かわいいイラストが印象的なので小さいお子様へのプレゼントとしてもおすすめです。このプチギフトは新鮮なミルクをたっぷり使いチロル伝統のレシピに従ってパリッと繊細に焼き上げたゴーフレットで口どけなめらかなクリームをサンドしたチロリアンハットも入っています。チロリアンと並ぶ人気の2つのお菓子を同時に楽しめるお得なお土産セットです。

「ザク……」
チロル深い峡谷に住む、バコバール族の一部に伝えられたお菓子を、近代的な風味に仕立て上げたという、意味が分からず、滅子「7点」歯形は無残な凹形に……。

石村萬盛堂「鶴乃子」
石村萬盛堂で販売されていた鶏卵素麺が卵黄を使うことから、余ってしまう卵白を消費するために作られたという鶴乃子。厳選された素材で作った甘さ控えめな黄味あんと独自の製法で作り出された他のマシュマロにはない「ぷにゅぷにゅ感」のハーモニーが現在では親しまれています。普通よりもひと回り大きい贅沢感も愛される理由の1つです。

「ぷにゅ」
年間600万個売れたという謳い文句が鼻についた、滅子。歯形が物語ってます。「7点」

西通りプリン「プリン(ポシェ味)」
お母さんの優しい味をコンセプトに作られた、優しくてどこか懐かしい味わいのプリン。地元九州産の牛乳、たまご、生クリームを使用していることが影響しているのかもしれません。蒸し上げる間に自然に上は濃厚、下はあっさりとした層に分かれるので最後まで飽きずに食べられる点が魅力的。時間をかけて手作りしているからこその特徴です。基本のカスタード味のポシェはもちろん、濃厚ミルクやあまおう、八女茶に加えて、季節ごとに変わる限定フレーバーが楽しめるのも素敵です。

「ふん……」
滅子、「2点」プリンを吸ってしまい、ほとんど歯形を残さず、審査不可能状態に……。

以上、10品、それでは、選考時間を少々頂きます。一旦、CM~♪

「博多ぽてと~、おいしい焼き芋風味~♪」

滅子は、今のうちにと思い、トイレに席を立った。生理中ではない自分に安堵した。オシッコを音が漏れないよう、便器に打ちつけて静かに済ませた。

「はーい、審査結果の発表でーす!!」
「まず、準ミスはがた美人は~!」

「総点、91点!、博多区中洲の~」

「萬城映子すわぁ~んぅうぅぅう~!!」

「はーい、おめでとう、ございますー、萬城さんには、賞金5万円、副賞として、やまや明太子を、半年分贈呈でーすっ!!おめでとさーん~!!」

「では、ミスはがた美人の発表ですっ!!」
タ~タラッター、タタララー、タラッター、タ~タラッタ~、タタララ~タ~ター!

「デレデレデレデレデデンッ! 総点、94点! 和泉千絵さーん!! おめでとーうっ~!!」
「和泉さんには、賞金10万円、副賞、「別府地獄巡り」をプレゼント!!」

チャッチャッチャ~ラ、チャラッチャー、チャッチャッチャーラ、チャラッチャー、チャーラ、チャッチャッチャラー、チャラララッラー♪

では、FBS福岡放送~、第一回ミスはがた美人コンテスト!、この辺で、また次回ぃ~!

CM。「ひよこさんが、よろしくって言ってましたよぉ~、ひよこぴっぴ、ぴ~♪」

「お疲れ様でしたー」
「参加賞が、ありますので、どうぞお持ちになってくださーい!」

滅子は、帰りに一杯飲っていこうと決めた。ひとりで静かに、お疲れ様の祝杯を挙げようと……。

飲み屋に向かう道すがら、旅行会社の広告が、目に留まった。
「はがた船、贅沢!日本海側気候ツアー お一人様、¥3980-!」

滅子は、チケットを買いたい衝動に駆られ、JTBのドアを開けた。
「2019年12月19日 贅沢!日本海側気候ツアー」
チケットGETである。

2019年12月19日。玄海灘は荒れていた。キツネダイ、エビスダイ、クエ(アラ)何かを食しつつ、はがた船に揺られる。

「ビューッ!!」
北西の季節風が船体に襲い掛かる。

滅子は、手鏡を覗き込んで、アイシャドウのチェックをしていた。

「ビューッ!!、ビューッ!!」
はがた船が、大きく揺れ、持ち応えるのがやっとか、転覆かだ。

「ザッパーン!!」
昭光丸は、転覆した。

「滅子さん、貴女は、ありのままに生きるのです。貴女を元の姿に戻しまーす!」

滅子は、自衛隊に起こされるまま、目を開けた。
「あ。私だ」

滅子は、また冴えない顔に蘇ったことを、てんで後悔はしていない。寧ろ、喜ばしいことだとさえ、思うようになっている。

滅子が笑う。「日が滅した後の、光のように……」

完。


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