見出し画像

児童相談所84、85日目。「本当は…」

 ここ最近の保護所はとても静かだ。保護児童の年齢が上がると、部屋で静かに過ごす子が多いということと、“保護されている理由“も過ごし方に影響を与えているように感じる。

 子どもたちが保護される原因は結局のところ養育者や社会の問題で、(子どもたちはなにも悪くない)虐待があったり放置して非行に走らせたり、また、精神的余裕をなくすような社会構造だったり。その影響が子どもたちに及び、感情を問題行動にして非行に走ったり、感情を塞ぎ込んでリストカットしたりしてしまう。

 そんな状態の中保護されて、感情の整理がうまくできない思春期の子どもたちは、静かに答えが見つからない自分の感情と闘いながら何もない質素な部屋で時を過ごしている。

 ただ、非行だろうが虐待を受けた子だろうが、みな同じ人間で、やっぱりどこかに愛情を欲しているし、どこかで承認を欲しているし、安堵するなにかを探しているんだろうなって感じる。

 今日も僕がここに到着してから、ずっと保護所は静かだった。きっと一刻も早くここを出たいだろう。けどきっと、行き場もなく遊び回っていたことにもどこか後ろめたさがあるからこそ、ここでの質素な生活からなにかを感じている気がする。

 遊びたい。暴れたい。だけど、
        本当はそうしたくない……。

 子どもだけじゃなくて、なにか問題を起こしてしまう大人も同じかもしれない。
どうしていいのかわからない。なにが正解なのかもわからない。荒れるのは自分の心。

 ちょっと立ち止まって、自分の心と向き合って、少しでもいいから何かを感じることができる時間になっていればいいなって思う。

 答えっぽいものが見つかるまで、モヤモヤした何かと向き合い続けて欲しいなって。




いつも読んでくださりありがとうございます。いろんなフィードバックがあって初めて自分と向き合える。自分を確認できる。 サポートしていただくことでさらに向き合えることができることに感謝です。