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影法師・ひとつ

駅前は空前の人だかり。甲子園で優勝を果たし、チームが帰ってくるという。拡幅されたばかりの沿道には立錐の余地もない。予定の時刻通り、チームが現れると、万雷の拍手が波のように広がった。

優勝旗を掲げたキャプテンの車が走り出すと、拍手も波のように広がっていく。甲子園に行けなかった後輩部員たちも続いていた。

熱気も冷めないうちから、後輩チームは練習に余念がない。2年生の中にタケルが、1年生の中にケンタがいる。2人は同じ中学校から野球部に入ってきていた。通学は自転車だ。野球の練習が終わると、連れ立って帰って行く。

秋になり、練習後の帰宅時、影法師を並べて帰る2人。時には疲れ果てて無言で、時には練習がうまくいって話が弾む。峠を越えて自宅に帰ると、左右の分かれ道で互いにエールを交換し、分かれていく。

「明日もな」

友の疲れた表情の中にも翌日の練習を頑張る意思が見える。

「ああ、明日もな」

授業が終わり、練習に勤しむ日々が続く。毎日の練習が積み重なっていく。新学期が始まったが、選抜には漏れていた。夏の大会に向けて練習を重ねていたが、選抜の地方大会が開催される直前、ケンタが自宅で急死したという知らせが学校中に駆け巡った。

すでにその知らせを知っていたタケルは、教室で伝えられる言葉を受け止めきれず、椅子に座り拳を膝上で握りしめ、慟哭に耐えていた。

授業が終わり、その日の練習は休みとなった。タケルは家路を辿りながら峠を越えるとき、深い悲しみの中にいた。

「この峠、足腰を鍛えるには、いいよな」

ケンタの言葉を思い出しながら、自転車のハンドルを握る手は固く震え、それでも前に進んだ。

ケンタはエネルギーを使い果たしたかもしれない。チームも力の限り練習に励んだ。亡くなったチームメイトの穴を埋めようと精力を注いだ。しかし、春の選抜には選ばれず、夏前の地方大会で瞬く間に予選落ちしてしまった。甲子園への道が遠のいた。

タケルは卒業の日、いつものように峠を越えた。北東に帰る田んぼ沿いの道に、自転車に乗るタケルの姿影が伸びる。並んで走るケンタの姿はもう見えなかった。

---終