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「紅葉鳥」(もみじどり)って私のこと

むかし、むかし、宮島に、とっても浅い紅葉谷がありました。紅葉谷に沿って浅い川が流れていました。川と言っても水はあまり流れていません。長年の堆積によって浅くなっていました。

紅葉谷の両側にはいつしか小道が踏みならされ、小道の両側にはもみじの木が植えられていきました。いつしかもみじの木は若木として成長していました。

春になると、薫風がそよぎます。薄緑の葉は風にそよぎ、来るべき初夏を覚えさせてくれます。時に鹿が風に誘われて来るのか、もみじの並み木に沿って散歩するかのように歩き去っていきます。

千珠は年の離れた姉とよく遊びます。島じゅうが千珠と姉の遊び場です。紅葉谷にもよく遊びに来ます。春のもみじ、夏のもみじ、秋のもみじ、冬のもみじ、季節折々のもみじを楽しみ、移ろいゆくもみじの変化を楽しんでいました。

千珠が十歳の秋深く、姉と一緒に紅葉谷に遊びに来ていました。小川の所々に小さい太鼓橋が架かっています。太鼓橋に紅葉したもみじの葉が落ちています。小道にも所々に紅葉したもみじの葉が絵を描いたように落ちていきます。

千珠と姉が落葉したもみじの葉を絵を描くように一心不乱にならべています。一瞬、鳥の羽ばたくような音が聞こえてきました。千珠と姉がふと見上げると、小鹿が道の端で落ちていくもみじの葉を鼻で嗅ぐように追いかけています。

小鹿は、もみじの葉を追いかけるに勢い余ったのか、小道の「のり面」をずるずると滑り落ちていきます。そんなに高いのり面ではありません。それでも、小鹿にとっては大変だったのでしょう。それに、運悪く川がぬかるんでいました。小鹿は片足をぬかるみに足を取られていました。

「これは、大変」叫ぶが早いか、千珠は小鹿のもとに。自分がぬかるむのも構わず、小鹿の足を引き上げようとします。「うんしょ」千珠を追いかけて来た姉が千珠を助けて小鹿の足をぬかるみから救い出します。小鹿はのり面をやっとの思いで脱出します。

ぬかるみから脱出し、小道に上がった小鹿は振り返ります、千珠と姉を。こころなしか、小鹿は安堵の表情です。

ふと見ると、千珠と姉の裾足は泥まみれになっています。二人は大笑い。二人は、秋深い空気の中、温かくなった心に救われていました。家に帰り、さっそくお風呂に浸かり、温まりました。風呂から上がると、千珠と姉の二人のために、母親がもみじ柄のちゃんちゃんこを、もう冬近しといって、作ってくれていました。

*背中には、小鹿の絵柄が描かれていました。