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エスがいた頃

ある日、いつの間にか犬のエスが家にいた。飼うことになったらしい。エスが来たときには、成犬なのか、小さくはなかった。エスは中型犬の娘だった。痩せ型で、優しい気立てだった。特にリードも付けず出入りが自由だった。

この頃、父は室内装飾からインテリアに名前を変えた。家の新築が増加し、カーテンやジュータンを敷くことが普及していった。店の業態はそのままで、インテリア用品を意識した店作りにしていた。

青紫色のジュータン(カーペットが出る前)を家に陳列していた。色調がどことなく格調高く、ある意味印象深いデザインだった。ある日、20歳前後の女の人が店の前でそのジュータンを眺めていた。そのとき、エスが玄関を出ていった。出て行くとき、エスは女の子に一瞥した。女の子は犬が嫌いらしく、しかめっ面を一瞬見せたが、エスは獣らしさが薄かったので、元の表情に戻り、ジュータンをもう一度眺めて帰って行った。2,3日後、母親とやってきて、ジュータンを注文していった。配達予定日にジュータンを届けに行った。女の子は嬉しそうな表情を見せていた。

高校生になると、カメラが欲しくなり、父親に相談した。父親は中学校頃からいろいろなものに興味が出てきていたが、当時としては、家に余裕もないらしく、希望を叶えて貰うことができなくていた。それが念頭にあったのか、カメラを買ってくれた。2眼レフが流行っていたが、高価だったので、オーソドックスなカメラを買って貰った。

母の商売も軌道に乗っており、電気洗濯機も入ってきていた。それまでは、洗濯板で洗濯していた。まだ「脱水」の考え方もない頃、手で、絞り器を回していた。

エスは放し飼いに近いので、いつの間にか5匹の子供を妊んでいた。学校から帰ってみると、犬の子供が5匹生まれていた。かわいらしかったが、それよりも被写体としての誘惑が勝った。洗濯機の側に木箱があった。当時、青果物を運ぶときなどには、段ボールではなく、木箱が使われていた。この木箱を横にして、少し大きくなった子犬を5匹並べて写真に収めようとしたが、なかなか思うようには行かない。子犬にとっては高い場所だった。震えながら並んでいたが、そのうち、慣れてきて、思い思いに動き出した。中には飛び降りる子犬も出てきた。

2回写真を撮った頃、両親が子犬の引き取り手を探してきた。1匹ずつ貰われていき、とうとう5匹ともすべて引き取られていった。このとき、犬がかわいそうだという感情が起こったのだろう。

結婚してキングという犬を飼いだした頃、最初は番犬感覚が残っていたが、初日から寝るときだけは布団の側に犬用に用意したカゴを置き、そこに寝かせていた。しかし、次第にキングも然る者、川の字に敷いた布団の隙間に寝始めた。それからはペットになり、さらに自分の行きたいところ、寝たいところで過ごすようになった。時には、自分の布団かのように堂々と陣取って寝ていることも多くなり、早い内に家族の一員になった。さくらは最初から家族の一員だった。今のごくうに至っては、自分の好きなことを要求してくる。散歩の時間が来ると、30分前からウロウロ、キュンキュンと啼き、終には吠え出すことが多い。そのくせ食べてくれないのには閉口する。

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