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ごくうが行く:おじいさんの華やぐ戸惑い

画像:SmileyDog https://smileydog40301.ti-da.net/e11566328.html 。

ごくうが来てからもう5年になる。4月末に来たので、学齢を数えやすい。ごくうが来たとき、中学校の時散歩で出会っていた2年生が、この春に高校を卒業している。「ごくうが行く:雨傘の女子高生」https://note.com/tsutsusi16/n/n105d8e625690

ごくうが来てほぼ3年が過ぎた頃、ごくうは中学校に向かう上り坂コースを選択した。ごくうはいつもと変わらず、同じパターンで歩いて行く。

中学校の正門を過ぎ、運動場に沿って歩き、そのまま運動場に沿って曲がる。その角で、青みがかった犬が目に飛び込んできた。シルバートイプードルだった。ごくうは犬に突っかかることはなく、むしろ親愛の情を示すことがもっぱらである。特に、トイプードルには親しみが湧くのか、近寄りすぎるくらい近寄る。マコちゃんも、ミハルちゃんも、そうやって親しくなった。

ごくうが近づいても、シルバートイプードルは逃げようともせず、そうかと言って親しみを示すわけではない。凜とするような姿勢でごくうに接している。

シルバートイプードルのリードの先に女の子が見えた。女の子はごくうに声を掛けるのかと思ったが。

「小学校の時の友達を待っているんです。」

中学校の校門の方を見るが、中学生は出てくる気配がない。すでに帰宅したのか、まだ授業中なのか、考えを巡らせていると、

「私・・・ここの中学校じゃなくて、私立の中学校に行きました。」

「友達はここの中学校に沢山行ったので・・・」

問わず語りに応える。

「ああ、そうですか・・・」

曖昧な言葉で交わす。

女の子はごくうの散歩やシルバートイプードルのことなどを立て続けに話す。戸惑っていると、

「帰る道が分からないの。」

散歩でやってきたのにと思うが、

「では、一緒に行きましょう。」

ごくうの散歩コースは決まっている。ごくうとシルバートイプードルは仲良しかのように並んで歩く。ごくうはカジュアルに歩くが、シルバートイプードルはどこかシャナリシャナリと歩いているようだ。

途中、どんな話をしたのか、浮いて上の空。

女の子の団地への道へ分かれる所に出た。女の子は指を指す。

「私の家はあそこに見えるでしょう。三角屋根が。その隣なの。私は大塚っていうの。」

女の子は躊躇もせず言い聞かすように話す。

別れ際に、女の子は

「明日も、同じ時間に来ます。」

「多分、来るでしょう。」

と重ねて言う、自分で念を押すように数度頷く。

ごくうの散歩コースは坂を上がるコースと坂を下がるコースの二つがある。交互にコースを選択することが多い。多分、明日は坂を下がるコースを選択するだろう。女の子も家に帰って今日のことは話すだろう。親は心配するはずだ。

翌日、案の定、ごくうは坂下への道を選択した。女の子に出会うこともなく、翌日、ごくうは坂上のコースを選択したが、女の子に会うことはなかった。

ーーー

2ヶ月くらい経過したとき、ごくうが坂上の散歩道を選択したある日。いつものホームセンター横の道を歩いて行く。向こうから見たことのある犬が夫婦と一緒に歩いてくる。あのシルバートイプードルだった。直感で、女の子の親だと感じた。夫婦揃って仲よさそうに歩いて来た。シルバートイプードルはごくうに出会っても、シャナリシャナリと夫婦と一緒に歩き去る。

それから、シルバートイプードルに会うこともなく、3年が過ぎている。この4月で、女の子も、もう高校1年生になっているはず。「女子高生」と言っていいだろう。

ーーー

・題の由来は、ごくうが行く:物怖じしない「女子」のコメントから
https://note.com/tsutsusi16/n/n4debe2b06bda

・原爆で「死んだ女の子」(トルコの詩人ナーズム・ヒクメットが1956年に発表した詩)の年は原文では7才です。しかし、ある訳本では6才と訳されています。訳本の方の先に読んだため、引っかかってしまいました。女の子の6才と7才は何の意味があるのだろう。女の子はその答えを探させるために声を掛けてきたのかもしれません。