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◆小説◆ おばあちゃんの喫茶店6「がんばれ、はなびくん」

学校からの帰り道。
バス通りを歩き、マッサージ屋さんのあたりに差し掛かると急に足が重くなる。
やがて視界に映る「ホシゴイの森喫茶」の小さな看板。
もう何度目になるだろう、はなびは俯いたまま路地を通り過ぎ、コンビニを通り過ぎ、交番を通り過ぎる。
あの日以来、居場所がない。
学校でも同級生にからかわれるし、家に帰ってもさなえがお店にいたりする。
心の休まる場所を求めて、バス通りから遊歩道に入って行く。
曲がりくねった小道を行くと、その先にはちょっと大きな公園があった。

はなび「はぁー、帰りたくねーなー」

ベンチに腰を下ろすと、はなびは大きく深くため息をついた。
公園には人が少なく、吹き抜ける風は膨らみかけた桜のつぼみを揺らしている。
軽く鼻をすする。
中学校の学ランは生地が厚かったが、ずっとそこにいるには肌寒い季節だった。
軽く首を回すと学ランの詰襟が首と肩に挟まって押し当たり、肩こりがちょっとだけほぐれる。
ぐるぐるぐるぐる首を回していると、視界の隅に見覚えのある人の姿が映った。

はなび「あ……」

帽子を被った初老の男性が、カメラを構えて写真を撮っている。
草木や花を取ってるのかなと思ったが、やがて、鳥を撮影してることにはなびは気付いた。
びゅう、と風が吹き、鳥たちが飛び立っていく。
男性はカメラを下ろすと、はなびの視線に気づいたのか、ちらりとこちらを見た。
慌ててはなびは目を逸らす。
男性はどうしたものか少し迷ってから、ゆったりとした足取りではなびの方へとやってきた。

初老の男性「こんにちは」

はなび「こんにちは……」

初老の男性「隣、いいかい?」

はなびは無言のままベンチの右に寄り、男性の座るスペースを作った。

初老の男性「よいしょっと……。まだまだ寒さが抜けないね」

はなび「なんなんですか」

初老の男性「季節の話題と言うのは、あれだよね。話題に困った時に出てくる話題ランキングがあったら、上位にくると思います」

はなびは怪訝そうな顔で男性を見ている。

初老の男性「季節とか天気とか、そういうのは共有しやすいから。お互いに同じように感じている可能性が高い。
逆に、あまりよくないのは、政治、宗教、野球って言われたりするね。
共有できなくても、違っててもいいと思うんだけどなぁ、僕は。
でもね、季節や天気の話をする時……そういう時は、特に用事がないけど、その人と関係を取りたいってことなのかなって思う。
僕は宇野といいます。はなびくん、だろ?」

はなびは答えずに、視線を逸らして俯いた。

宇野「ごめんね。お店にいると話が聞こえてくるもんだから。
聞き耳立ててるわけじゃないけど、まあ……なかなか愉快なやり取りだったりすると、つい。
実はちょっと、はなびくんに頼みたい事があって」

はなび「オレに?」

宇野「なに、大した事じゃ無いんだ。
僕はあのお店のカレーが大好きでね。
なんていうのかな、ザ・日本のカレーという感じで。
ドロッとした粘りのあるルーで、ああいうカレーって最近あんまりないんだよな。
さらさらした水っぽいカレーが流行りのような気がする。
でね、お願いと言うのは、ちょっと量を減らして欲しいんだ。
カレーは好きなんだけど……なんというか、盛りが良すぎるというか。
僕、そんなに食べれる方じゃなくて、残しちゃうんだよね。
もったいないじゃない」

はなび「自分で言えばいいじゃないですか」

宇野「言いづらいでしょ、そういうの」

はなび「なんでですか、簡単じゃないですか」

宇野「簡単だったらいいんだけどね。こう……誤解されたくないというか。わかんないかな、こういうの」

はなびはすんと鼻をすすった。

宇野「男だったら、いつだってカッコつけていたいじゃない。
好きな人の前だったら、特に……ね?」

はなび「そっか……おばあちゃんのこと」

宇野「違うよ!? そうじゃなくて」

はなび「まさか、姉ちゃん!?」

宇野「誤解しないんで欲しいんだが、そういう、あの、そういう邪な気持ちで喫茶店に行ってるわけではないです」

はなび「わかってますよ」

はなびはベンチから立ち上がり、大きく伸びをして深呼吸する。

はなび「ちゃんと伝えますから。それじゃ、オレもう行くんで」

宇野は軽く帽子を持ち上げて会釈をする。
はなびはむすっとした顔でそれを見ると、さっと踵を返し、大股で歩いて公園を出て行った。

宇野「がんばれ、はなびくん」



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