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「新しい目の旅立ち」

アウトドアショップというものが好きだ。もっと言うとショップのウェブサイトを訪問して、ブランドコンセプトなどを読むのが好きだ。アウトドアそのものは面倒くさい。でも緑や海の景色は好きだし、自然に分け入っていくたくましい人たちの顔つき、引き締まった体、健康な笑顔に憧れる。そんな人たちを支えるショップは大抵は環境コンシャス&サステナブル思考なので、サイトを訪れているだけで何やらいいことをしているような気持ちにもなる。ついでに、近所のスーパーくらいしか行かないのにリュックなど買ってしまったり。
 
先日、ある映画を見た。途上国と言われる国のさらに田舎が舞台で、主人公の暮らす家は足元が土。台所は半分屋外で、雨風が吹き込む。目の前には青々と広がる草原。そこで、ふと思った。
 
自然に分け入るってこういうことじゃないの?岩壁にくさびを打ち込んで命懸けで登ったり、ゼイゼイ言いながら山頂に登って空気がおいしいなあなんて言ったりするのは所詮、遊びでしかない。家に帰れば温かな布団があると分かってるから、そんなことができるんだと。いや、本気でアウトドアをやっている人ほど、そんなことは痛感してるよね。
 
タイの作家プラープダー・ユンは、アニミズムを研究するために日本とフィリピンを訪れた。「祈祷」や「黒魔術」が今も生きているという、フィリピンのシキホール島を訪れた時のことをまとめた紀行文が「新しい目の旅立ち」だ。アニミズムというものが、これからのサステナブル時代に役立つ考え方をくれるんじゃないかという期待もあった、と言っている。分かる分かる。島に上陸、宿を取り、発見を求めて調査を始めるのだが、やちょっと待てよ?わあー研究なんて無理なんじゃないの、いろいろ間違ってたかも…と焦りつつ時間が過ぎていく。現実ってこうだよねと痛快。実際は焦りながらも行動していたわけで、いかにも有益な日々、って書き方もできただろうに、そうじゃないのがうれしい。そもそも自分や現代のあり方に対する迷いをきっかけに出発しているのだけど、さらに座礁しかけたことを正直に書いてくれたから、この人が好きになり、終盤の難しいところも真剣に読むことができた。結局、ユンは人間と自然との関係、というか、自然の中の人間、というか、人間は自然、というか…について、哲学者たちの思想に照らして再び考えることになる。最終的に彼が出した結論には好感が持てた。会ったこともないのに、人柄が出てるなあという気さえする。
 
人と自然がどんな関係であれ、人間は種にとっての利己的な道を行くしかない。それでも心を動かされた自然風景を、私が、いい、そのままであってほしいと思ってしまうことは仕方ないし、誰にも止められない。大してない選択肢の中から環境にとってマシそうなものを選ぶことも。わあーすごい景色ーと言った直後に虫にかまれて家に帰りたくなるかもしれないけど、それもまた仕方ない…。

『新しい目の旅立ち』プラープダー・ユン著|福冨渉 訳
https://genron.co.jp/shop/products/detail/253

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