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マルクス・ガブリエル(その二)


「マルクス・ガブリエル:日本について」

「ヘーゲルの『精神現象学』と日本人」

マルクス・ガブリエルは、非常な親日家である。日本人に関する彼の洞察は優れたものがあり、ちょっと辛口ではあるが、参考になる点が少なからずあると思う。

例えば、ビジネス交渉において、日本人の交渉の進め方に非常に感心させられることがあると言う。

日本人はある段階で自分の利害を明確に伝えてくる。西洋では物言わぬ日本という幻想があるけれども、そういうことはないと、彼は言う。日本人は、非常に強いビジネス・カルチャを持っていると、マルクス・ガブリエルは感じるというのである。

多くの人が思っているよりずっと物事を明確にするし、はっきりと物を言うというのが日本人である、これが、彼の抱いた日本人の印象である。

物事を明確にし、はっきりと物を言うことが、ときに、鬱や不安や怒りを引き起こす場合、相手が期待に沿う行動を取らなかったときの「心の刀」がシャキーンと抜かれるかもしれないということである。

究極のフレンドリーさ、もてなし、他者の欲求を先回りすることなどに繋がって、多くの日本人の心は「メンタル空手」をやってしまうと言うのである。

ヘーゲルは『精神現象学』で、これを「承認を求める戦い」と呼んでいて、ともすれば、このために人は死ぬまで戦うと言う。このような精神分析をして見せるのが、マルクス・ガブリエルの深い洞察である。

従って、あまり自分の考えに捕らわれずに、一種の和平条約を結ぶ心の広さと寛容の精神、武器(心の刀)を収める場所を持たなければならないと助言する。そのような精神的な技を磨く必要があると言っている。

「ドイツ人と日本人とアメリカ人」

実は、ドイツもアメリカに比べると同じように空手的であると言う。アメリカは、フレンドリーさはあっても、簡単にノーが言えるところがあるということである。

もてなしとして、有名人を呼んだ心尽くしのパーティーを準備しても、パーティーに参加したくないと思ったら、今夜はいけませんと、アメリカ人はあっさり断るのである。

こういうときは、ドイツの常識では出席しないなどあり得ず、大変失礼なことであるので、日本と同じく「メンタル空手」、すなわち、心の刀がシャキーンと抜かれる状態になりやすいが、アメリカはそんなことはお構いなしということである。

日本やドイツと違って、アメリカは社会的シチュエーションから抜け出すのが簡単であるというか、簡単すぎるので、この三か国の間に程よい答えが存在するはずだと言っている。

大切なことは、相手を許すということが重要なポイントになるということだ。ささやかな社会的無知を本当に許して忘れることである。

我々の社会的空間の中では許し合うことがもっと必要であり、許しは日々行う実践であるべきとの考えを、ガブリエルは語る。

他者とは、相手が自分と同じでなくても許すことを自分が常に学ばなければならない存在である。

他者にこうあってほしいと望むのは構わないが、同時に、他者が自分たちのようではないことを知り、それを許すことが必要である。それが誠実な態度であり、許しでもって他者を承認するのである。結局、和解と許しである。

これがマルクス・ガブリエルの言葉である。


マルクス・ガブリエル:カント、ヘーゲルの復活」

「倫理アドバイザーの必要性」

マルクス・ガブリエルは、ヘーゲルなどのドイツ古典哲学(ドイツ観念論)を復活させていると見ることができるが、カントの考えにも言及しており、興味深い洞察を行っている。

倫理資本主義という考え方は、エマニュエル・カントに由来している側面を持っていると言う。「カントは『司法制度の機能は道徳的構造によって推進されるべきだ』と論じていますが、カントによれば、たとえ悪魔であっても法律さえ守っていればいい。同じように企業がSDGsに従って利益を得ているのなら、SDGsに従わない企業より、はるかに良いと思います」と述べている。

さらに「10年後の世界において、フェイスブックは全く重要視されないと予想していますが、もし同社が今後、自由や人道の解放に貢献するなら、持続可能な企業になるでしょう。

10年スパンの短期的な急成長ではなく、数十年生き残る会社を目指すなら、確実に持続可能性が必要です。そして可能か否かは、倫理的に善い行いをするかどうかで決まる。倫理的に善い行いが結果的に利益を生み出すことを理解する必要があるでしょう。」と断言する。

持続的可能性を見極めるために何をすればよいか。会社の中に「倫理チーム」を作ればよいと、マルクス・ガブリエルは提言する。

そして、どの会社にも税理士がいるのに、倫理学者や哲学者がいないのは完全に間違いであるとまで言い切る。

実際、マルクス・ガブリエルは、倫理エキスパートであり、巨大IT企業や複数の会社で倫理アドバイザーを務めている。

倫理アドバイザーはどのような仕事をしているのか。

「倫理アドバイザーの目的は利益を上げること。倫理と経済学は相反するものではありませんし、もしそのような考えがあるとすれば、それは悪しき理論による作り話です。

倫理アドバイザーの仕事は、社内のチームに参加して、会社がどのように事業を行っているのか、それを注視することです。」というのが、マルクス・ガブリエルの答えである。

「根本的な視点から企業のあり方を問い直す時代」

マルクス・ガブリエルが、ここまで倫理道徳を強調する背景は、明らかに経済的利益が上がれば、倫理などはどうでもよいとする現在の企業風土が少なからずあるという現実を見ているからであり、そういう企業は決して長続きしない、持続可能性を持たないだろうと、苦言を呈しているわけである。

世界的に広がる企業の倫理崩壊現象に釘を刺した格好だ。

つまり、マルクス・ガブリエルは、「倫理的に善い行いをするかどうか」が企業の運命を決めるだろうと言っているわけであり、倫理アドバイザーという考えも、そこから出てきているのである。

これを、真面目に受け止めるか、そんなこと言ったって、と受け流すかは、人それぞれであるが、傾聴すべき忠告であると考える。

現代社会は、非常に本質的なところから物を考える人々が増えてきており、皮相的な観点で利益追求を図る人間行為を戒める時代相が出来上がってきていると感じる。

それはいいことであり、いつまでも悪がのさばるような社会ではいけないと誰もが感じているはずである。企業の在り方も根本的視点から問い直す時代となっている。

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