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アーカイブスの怪 その2

「本日は、スタジオに各界の第一線でご活躍の卯年の方々を、お招きいたしました。自眠党の国会議員、勝田友吉先生、スポーツ界から読瓜ジャイアンツのピッチャー、松川剛史さん、辛口の評論で知られる言論界の重鎮、富士原康辰先生、経済界からは須図木自動車の丸山益男社長、芸能界からは人気沸騰、乗りに乗っている綾川香さん、以上の5名の方々にお越しいただきました。」

各界の錚々たる人物たちが、大きな円卓に、司会者を中心に着席し、司会者が一人一人を簡単に紹介していった。紹介が終わったところで、こう切り出した。

「本日はみなさんを「さん」付けの略式で呼ばせていただくことにしまして、早速ですが、勝田さん、卯年の今年、ちょうど、還暦の60歳をお迎えになり、どのような感想をお持ちであるか、お聞かせいただけますか。」

「衆議院議員を3期務めてきておりますが、私の政治信条は国民奉仕です。国民に奉仕するということです。卯年は奉仕精神があると聞いたことがありますが、その言葉はしっくりときます。

もともと私は医師でして、クリニックをやっていましたが、政治の仕事で国民の皆さんに奉仕しようと思ったわけです。還暦を一つの区切りとして、国民への一層の奉仕に努めて参りますので、何卒、よろしくお願い申し上げます。」

「勝田さん、何だか、清き一票をよろしくお願いしますという口調になっていませんか。それでは次に、昨年14勝を上げて、チームの優勝に大きく貢献された松川さん、卯年の感想いかがですか。」

「卯年がどうであるとか、あまりそういうことは考えたことがありませんが、今日、この番組に招待されて、はじめて、卯年って何だろうと考えているところです。ウサギのようにピョンピョン跳んでいく能力があるのなら、スポーツに向いているのかなあ、なんてのはだめですか。すみません。」

「いや、いいんですよ。ピョンピョン跳ぶ能力ですね。是非、今年も、ウサギのように跳んでください。期待しております。それでは、三番目は、怖い発言で昨年も内外の情勢と事件そして指導者の皆さんを快刀乱麻、斬って斬りまくった富士原さん、卯年というイメージとは大分違うような雰囲気をしておられますが、いかがですか。」

「ぼくはだね、何だか皆さんに怖がられているみたいだが、本当はウサギのように優しいんですよ。もっとも、ウサギが本当に優しいかどうかは知らんがね。

ぼくの怒りは、国民の皆さんの怒りを、代表してぶつけているだけです。国民に対する思いやりがそうさせるんです。孔子の言う「忠恕」というやつ、思いやりですな。誤解を解くために言っておきますが、ぼくは本当に優しい心根の人間です。はっはっはっは。」

「そうですか。印象とは大分違うようなお話ではありますが、今年も大いに斬ってください。次は、経済界を代表して、丸山さん、卯年のご感想はいかがですか。」

「一般的に、卯年の年周りが来ると、不況になりやすい年であるとか、景気変動が起きるとか、いろいろ、よくないことが言われますが、経済人として、また、卯年生まれとして、そういう話にはいい思いを持ちにくいのは事実です。

しかし、そういうことにあまり左右されますと、やっておれませんので、まあ、割り切っていますが、わたくし自身の性格的なことを言いますと、先ほど、勝田先生もおっしゃいましたが、サービス精神があるというのは、どうも本当のようです。

ビジネスは、奉仕の精神がないとうまくいきません。そういう意味では、わたくしがやってきたサービス重視のビジネス精神は、まあ、卯年のわたしそのものであるのかもしれません。」

「自動車業界で、堅実に、業績を伸ばしてきておられるのは喜ばしいことです。本年も、大いに頑張ってください。最後に、歌に、芝居に、映画に、大忙しの売れっ子になられました綾川さん、今年も更なる挑戦と昨年を超える大ブレイクを予感させますが、卯年の女性としてどうですか。」

「あたし、こんな偉い先生たちと一緒に出る番組なんて初めてです。本当に、緊張しています。何を言ったらいいのか、本当にもう緊張しちゃって。」

そこまでの録画を、倉田と私は、じっと見入っていたのであるが、突然、綾川香の発言を遮るかのように、またしても、一匹の実物のウサギが、床から、司会者の膝に飛び乗ったかと思うと、そこから、さらに円卓へと飛び移り、画面の中央に収まって、視聴者のほうをじっと見つめる格好になった。画面は完全にウサギに占領されてしまった。

一体、これは、計算されたシナリオのうちなのか、唐突に起きたプログラムぶち壊しの、筋書きにない事件なのか。

「またまた、ウサギさんが現れてしまいました。卯年の番組がよっぽど嬉しいと見えます。」

それほど慌てた様子もなく、司会者がそう語ったとき、画面の右わきから、テレビ局の男性アシスタントが慌てて出てきて、円卓のウサギを捕まえ、画面の外へと消えた。

「ちょっとびっくりされたかもしれませんが、気にしないでください。お話を続けて参りましょう。」

司会者のその言葉は、私には完全に虚しく響いた。またしても、「気にしないでください」とは白々しい。「ちょっとびっくりされたかもしれませんが」ではない、大いにびっくりしているのだ。「気にしないでください」どころか、ますます気になっているのだ。気にしない視聴者がどこにいるというのだ。

あのウサギは、一体、何だ。スタジオの袖の方に、しかるべき出番の時を待って待機させていたウサギではないのか。そのウサギを管理していたアシスタントがトイレへでも行った矢先に、のこのこ出てきてしまった、ウサギをちゃんと管理していなかった管理ミス、人為的ミスということではないのか。私は、頭の中で事態を理解しようとしながら、番組に目をやると、司会者がこう言った。

「どうも、卯年には、突発性の出来事が多く起きるようです。さて、勝田さん、ウサギに対する何らかの具体的な思い出みたいなものはありますか。」

「いやあ、ちょっとびっくりしましたね。いや、大変、びっくりしました。円卓のど真ん中に本物のウサギが出てきて、でんと座ったんですよね。これも番組の進行のうちに、織り込み済みとしてあるわけですね。」

「いや、勝田さん、そんなわけないでしょう。今、司会者も言っておったが、『突発性の出来事』ですよ。こんなもん、シナリオにあるはずがない。あのウサギ、テレビに出たがっているんですよ。」

戸惑いの言葉を述べていた勝田議員に対して、すかさず、富士原康辰は「突発性の出来事」と言い捨てたのであった。

「あれは、ネザーランドワーフでしたね。私の孫が、ウサギを可愛がっておりまして、家で飼っているんですよ。」

こう口を挟んできたのは、丸山社長であった。一体、この番組は、単なるウサギ談義になってしまうのか、それとも、もっと意味あることを視聴者に訴えようとするのか、皆目、行方が分からなくなった。見ていると、さらに、丸山社長は続けた。

「ウサギは、餌としては、いろいろありますが、基本的には、ほし草がいいようですね。うちのミーコも、ミーコと言うんですが、よく干し草を食べます。」

「ウサギに水をやると死んじゃうというのは本当ですか。」

松川投手が、割り込んできた。そんな話をどこかで聞いたのだろう。それに対して、また、丸山社長が丁寧に答える。

「いやいや、まったくの嘘ですよ。うちではきれいな水を与えています。すると、ちゃんと飲みますよ。死ぬなんてことはありません。」

さらに、綾川香が加わって、変なことを言い出した。

「あたし、出身は熊本の八代なんですけど、イグサを食べるウサギを飼っている友人がいました。イグサを食べるなんて、ちょっと変ってませんか。八代あたりではイグサを作っていらっしゃる方がたくさんいるんです。中国産のイグサがどんどん入ってきて、作る人も少なくなってきているのは大変なんですけど。」

これに対して、またまた、丸山社長が言った。

「聞いたことないなあ。イグサを食べるウサギですか。確かに、ちょっと変ってますね。」

ついに、ここに至って、『ウサギとイグサ』という不自然なタイトルが繋がりを持ち、意味を持ったもののように見えてきた。しかし、だから、何なのだというのだ、この番組は。開局30周年記念特別番組と銘打ったにしては、間が抜けているような内容であることは明らかである。

勝手に話が方向性を失って漂い始めたのを見て、司会者の青木勇次郎が、流れを戻そうとして言った。

「皆さん、話がいろいろなところへ飛んでいるようですが、番組として準備しています『卯年を占う』という主題へ戻っていきたいと思います。そこで、勝田さん、ウサギに関する具体的な思い出という件に戻りますが、卯年にどんなことがあったか、特に、勝田さん自身の経験されたことで、いかがでしょうか。」

「卯年でどんなことがあったか、わたしに起きたことで言えば、一番、印象的な出来事は、今、起きたこの出来事ですね。確か、番組の冒頭でも、三匹のウサギがスタジオに現れましたね。

私は、すっかり、シナリオにある何らかの意図的なものとして『突然現れるウサギ』を捉えていたものですから、驚くまいと必死に言い聞かせていましたが、違うんですね。素直に驚いていいんですね。これは『突発性の出来事』でいいんですね。

ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』に登場する白ウサギのような、何かそんな話を連想させる非常に文学的な手の込んだ番組の一種だろう、と思った私の考えは全くの勘違いだった。そういうことでいいんですね。」

「勝田さん、あんたもグチャグチャ考え過ぎだよ。そんなわけないだろう。ウサギを、突然、のこのこと登場させて、何が文学的なんだ。見ている人はびっくりするだけじゃないか。我々の話なんか吹っ飛んじゃって、視聴者はウサギの方に気を取られ、変な番組を見ている気分になるだけだ。どこが文学的だ。文学的になる余地はゼロだよ。あんたみたいに、空気を読めない人は政治家には向かんよ。」

まったくもって、富士原康辰の解説はどんぴしゃりの歯切れ良さであった。私の、今の精神状態を寸部違わず、言い当てていた。番組製作クルーはしっかりせよ。こんなだらしない番組を作るなんてもってのほかだ。こう叫んでいるかのようであった。

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