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9機目「私とは何か?」

「私とは何か‐個人から分人へ」(平野啓一郎 講談社現代新書)

「本当の」自分とは、いったいどこにいるのだろうか?10代のころ、多くの人が抱いたであろう疑問。

もしかしたら、就活中の大学生も自己分析をしながら、本当の自分を探しているのかもしれない。

学校や家庭、部活、気の合う友達といるとき。私たちは、そのときどきに応じて、特に居心地の悪い空間にいたとき、「場の空気」に合わせたキャラを使い分ける。

そしてあとで「あれは本当の自分じゃない」と自分に言い聞かせる。こんな風な「本当の自分/ウソの自分」モデルは、手軽でわかりやすい。

しかし著者は、そのそれぞれで演じられる自分に序列はない。つまり、演じられるどれもが本当の自分の姿であり、個人は場面場面で顔を出す「分人」の集合体であるという。

人間は唯一無二の「(分割不可能な)個人individual」ではなく、複数の「(分割可能な)分人dividual」である。そして分人それぞれには価値の序列はない、とするのが著者の考え方だ。

「本当の自分/ウソの自分」モデルは、人を苦しめる。そのときどきでキャラを作っている(=ウソの自分を演じている)のだとすると、私たちの人間関係とはいったいなんなのか?さっきまで親しくしていた友人や恋人との会話は全部見せかけだけのものだったのか?

「本当の自分」を隠し続けて、ウソの自分で中学高校時代を生き続けていたのか?

そんなことはない。そのそれぞれが本来の自分の姿であり、それが一通りの「本当の自分」である必要などない。

お互いがお互いを「分人」の集合体だとして接することがコミュニケーションの秘訣だという。

なるほど。

そういえば僕が中学校に3週間、教育実習に行った時(32歳のときに行きました)のもっとも大きな経験は、音楽部や美術部の子たちの教室と部活動との表情の変化だった。

教室ではあんなにおとなしそうに見えた子たちが部活になると急に生き生きと瞳を輝かせ、音楽や絵に取り組んでいるではないか。

僕はあのとき、「ああ、教室での姿だけがその子の姿じゃないんだ」と思った。

そして、そのときに、「学校以外に、そんな顔が見せられる場所が地域にあったらいい」と、教師になる道は閉ざされた。(というか自分で閉ざしたので結局教員免許を持っていない)

この本に出てくる「分人主義」に基づき多様な居場所をつくり、多様な分人を演じられる空間をつくるということ、そしてそのそれぞれが「本当の自分」だと伝えることが何よりも必要なのだろうと思う。

よく、「ネット上では別人」というようなことも耳にするが、それもひとつの「分人」だと思えば、それを受け入れればいいだけだ。

では、なぜ、ここまで「個人」がクローズアップされてきたのだろうか?

文部科学省の中央教育審議会で「個性の尊重」が明確に目標として掲げられるようになったのは、1980年代前半のことだという。僕らが属する団塊ジュニア世代が小学校に入るころから「個性尊重」の教育が始まった。

その理由は、
「将来的に個性と職業とを結びつけなさい」
という意味である。

・自分のやりたいことを見つけなさい
・努力して夢を実現しなさい
・社会に出て自分のしたい仕事をすることこそが個性的に生きるということ
・自分の個性を発揮するのはまさにその時である。

とはいえ、
自分のしたいことがそんなに簡単にわかるわけがない。夢や希望を持て、と簡単に大人は言うが、この複雑で変化を続ける社会へ出ていくのに、知識も経験もない若者がそんなに簡単に将来展望を持てるはずがない。

ここでこの本のハイライト的な文章が来る。

~~~ここから引用
職業の多様性は、元々は、社会の必要に応じて生じたもので、色々な個性の人間がいるから、それを生かせるように多様な職業が作られた、というわけではない。

手紙を届けるのが得意な人がいるから、郵便局が作られたのではなく、手紙のやりとりが必要だから、郵便局が作られ、そこで働く人が求められているのである。
~~~ここまで引用

そうそう。
それそれ。

だから、個性に合わせて職業を選ぶ、のではなくて、「職業に合わせて、自分の可能性を開花させていく」というのが僕の仕事観だ。

このような「個性尊重」の教育と、先に出てきた「本当の自分」との狭間で、若者たちは揺れていく。

とくに就職活動時期はそうだ。

「本当の自分」がやりたいこと、得意なこと、人の役に立てることはいったいなんだろうか?

そうではなくて、「会社員を演じる自分」がその会社内で最大限に果たせる役割を果たしていくこと、それだけでいいのではないか。

あるいは、それだけではつらいのならば、社外の人間関係をたくさんつくり、様々な自分を演じていけばいいのではないだろうか。

「本当の自分」幻想を打ち破ること。ここは、生きていくのに大きなことなのかもしれない。

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