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Fintechの暴落と趨勢①


(2022年2月8日執筆開始)

はじめに

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昨年の11月にSquare(現Block)のJack DorseyのTwitterから18歳未満の未成年にCash Appを使えるようにするという情報が回ってきた。衝動買いのような形でついつい買ってしまってから、株価は暴落しついに買値の4割を切るほどになってしまった。しっかりと分析をしないで買うことの恐ろしさを学ぶとともに、ここでその供養をすべくFintech業界(クソデカ目的語)を分析し、将来についての考察を行おうと思う。

Fintechという言葉自体に極めて曖昧な響きがある。おそらく、金融サービスをデジタル化しようという流れを普及させるために生まれた言葉だが、すでに普及した現在においてはFintech=金融サービス全般と捉えてもさして間違いではないほどだと思う。ここでは特に決済サービス、いわゆるPaytechを担う部分について見ていく。そのほかにも、暗号資産やいわゆるチャレンジャーバンクやIntuitなどの会計ソフトウェアなど様々な分野がFintechに混在する。

ここでの流れは、Paytechを担う企業の分析から現在の株価動向の比較を行う→Paytechの世界的な展望とその将来性→そのための戦略とよい戦略をとっている企業を選定、という感じで行く。

milは100万、Bは10億。merchantは加盟店と捉えてもらっていいと思う。

概観

Paytechをさらに分解すると、Credit card、Debit card、Online and mobile payments、P2P payment(消費者同士でお金を送り合うもの。paypayで送金するみたいな感じ。)、Cryptocurrencyのようになる(参照)。ここではこの分解の通りにみていくが、Credit cardとDebit card、Online and mobile paymentsとP2P paymentに関しては同じものとしてみなし、それぞれCP(Card payment)、OP(Online payment)と呼ぶ。

CP業界 現状

Visa、Mastercard、American Expressをみる。クレカは発行会社(issuer)である銀行などとこうした決済を実際に行うネットワーク会社と別に存在していることが多い。このようにネットワーク会社と消費者を繋げる会社をissureというが、加盟店と繋げる会社をacquirerという。例えば、VisaやMastercardは決済システムを提供するだけで自社でのカード発行を行なっていないために、楽天のクレカにその名前を入れて自社の決済システムを提供する。一方、American Expressは自社でのカード発行も行っているため、自社でissureやAcquirerの役割も果たすことになり、同時に利子の回収も行う。

Visa、Mastercardに関しては、自身の決済システムの利用を発行会社にライセンスとして売り、その対価を利用料とその時のデータ処理料金の2種類の形で収入としている。
American Expressにも同様のビジネスは存在するが、追加で直接消費者を相手にする発行会社としての収入と自身がissure、acquirerの役割を担うため利息による収入もある。

VisaのAnnual Reportによる比較が以下(比率は支払い額をカードの数で割った値でカードあたりの支払い額)

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VisaとMastercardの地位は圧倒的で、American Expressは利用者のエンゲージメントが高いことがわかる。一応JCB(非上場)についても持ってきたが、いいとことはない気がする。さらに、VisaとMastercardは全利用額(支払い額と現金の引き出しに利用された額の和)に占める支払い額の割合が7割台である一方で、American ExpressとJCBでは97%以上となっている。
時系列で見ると、American Expressが全く成長していないこととVisa、Mastercard、JCBはカード枚数と支払い額をと年々6-8%で増やし続けていることがわかる。なかでもVisaはカード枚数以上に支払い額の成長を伸ばしている点で優位性がある。

各社の売上推移は以下のようである。ただし、American Expressに関しては利息による収入を除いている(non-interest revenue)。Discount Revenue(AE)はAmerican Expressの収入のうち提携している発行会社やmerchantを相手にした収入で、non-interest revenueから一般利用のカードからくる年会費等の収入を除いたもの(以下DRと表記)。VisaとMastercardはNet RevenueにはClient Incentivesが除かれている。Visaのみ9月決算なので2021年があり他は12月決算。

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注意点として、AEは2018年度決算より収益認識基準を変更しており、このグラフはその変更を2016年度から反映している。
全体的に比較的安定して成長していることがわかる。

営業利益率に関しては下図。各社で費用としているのは、マーケティング、減価償却費・償却費、人件費、ネットワークやデータ処理の費用など一般的なものだが、AEに限りメンバーへのサービス費用や利息などにかかる信用の引当金を入れている。その代わりAEの分母はnon-interest revenueだけでなく、利息からの収入を含めた全売上高としている。

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営業利益(Operating Profit)では、各社で大きな差が出ている。営業利益率はある程度安定している様子もわかる。Visaは2016年にVisa Europeの買収を行なった影響で損失を計上している。AEでは売上の伸び以上にマーケティング、会員サービス費用が増加している印象。

CP業界 競争優位性

Visa
強みはネットワークの広さ。自社のネットワークやテクノロジーをFintechに売り、彼らのビジネスを広げる構想を持っている。
200の国と地域、7000万のmerchant location(参照)に拠点。
実際にVisaは自身の戦略を"network of networks"と呼ぶ。

ブランドだけでなく、カードの便利さを拡張する機能を持つ(ほぼ全て差別化要因にはなっていないが一応書いておく)。
Tap to Pay(タッチによる支払い)、Tokenization(実際のカード番号から紐付けたトークンを発行し、そのトークンによって支払いをすることで、カード番号を知られずに決済可能)、Click to Pay(提携先のショッピングサイトで全てで使える一つのSRC(Secure Remote Commerce)のアカウントにログインすれば登録したカードでカード情報登録なしで購入可能。簡単にいうとAmazonとか楽天みたいな買い物を提携先全部でできる)、Cryptocurrency(暗号資産での支払いとFiat(法定通貨)との即時交換。ちなみに2021年度で$3.5Bが暗号資産ウォレットと紐づいた支払額でありこれは全体の0.04%)などが利便性向上の機能。
Visaは資金の移動にも注目しており、Visa Direct(国内・海外への送金システム)、Visa BtoB Connect(BtoBの送金システム)など。
さらに、発行会社などに対して決済システムだけでなく分析などを行うアドバイザリーも行う。

2021年にYellowPepperと南米で色々な種類(口座、カード、暗号資産など)の決済を繋げる会社を買収。Currencycloudという海外送金にかかる外国為替ソリューションを提供する会社を買収。Tinkという欧州での金融ソリューションをワンストップで提供する会社を買収。
2020年にPlaidという銀行口座を金融アプリに繋げるPlaidという会社の買収に合意まで行くが、独禁法による中止。
2019年にはtokenizationの安全性向上などを目的にRambus Payments Portfolioの一部を買収。カード不正利用の技術獲得を目的にVerifiを買収。acquirerにオンラインショップと実店舗のゲートウェイ(カードと決済システムを繋げる機械)を一括で提供することを目的にPayworksを買収。それまでto Visaかfrom Visaでしかできなかった海外送金をVisaカードを使って銀行口座間でできるようにするためにEarthportを買収。

海外への攻勢というのは薄いようで、よりサービスの魅力を磨き成長よりFintechと戦うのに生き残る道を作ろうとしているように感じる。

Government-imposed obligations and/or restrictions on international payment systems may prevent us from competing against providers in certain countries, including significant markets such as China, India and Russia.(Visa Annual Report 2021,20/142)

中国、インド、ロシアといった大きなマーケットでは規制の厳しさから中国ではUnionPay、ロシアではMirという会社が強い上に、その規制を超えても海外送金にも乗り出しているAlipayを始めとするペイ系との競争があり厳しいということらしい。
2021年の買収を見ると南米に焦点があるようだが、南米では2割のみがクレジットカードを持っている(ソース)。一方で、ネット環境にある人口はブラジル、メキシコなどで7割程度。ちなみにアフリカや東南アジアも似たような状況。

Mastercard
Visaと同じくネットワークが強みでそのための開発も行う。
Visaと違いOpen Bankingとブロックチェーン、AIへの関心が高いように感じる。消費者の顧客体験、購買体験をあげることをコンセプトにしているように感じた。

消費者に対してclick to pay(Visaと同じ)、contactless payments(Visaと同じ)、Shop Anywhere platform(決済だけでなく注文や商品を選ぶところも全てタッチの必要をなくしデバイスのみで行うサービス、参照)、Digital First Card Program(割と包括的に支払いや決済を含むあらゆるお金の動きをデジタル化しようみたいな感じ)
BtoBではMastercard Track BPS(Business Payment Solution)で支払いの決済と同じような感覚での口座間のやりとりを可能にし、Digital Doorsによって小規模ビジネスでECを開くなどデジタル化を助けるサービスを展開。
送金サービスにおいては即時送金のシステム(real-time payments)やOpen Banking(顧客体験の向上を目的に消費者の登録・決済データを安全な形で見れるようにする)が主なテーマで、ブロックチェーンにも手を出す。
そのほかに不正利用や詐欺を検知するAIの開発なども行う。

Mastercardは買収が多いのでそれぞれについてまとめた。

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VisaもMastercardも2019-2021年で行われた買収を見ているが、Mastercardの方が同期間でたくさんの買収を行なっていることがわかる。ちなみに一番上のDynamic Yieldはマクドナルドの中のおすすめシステム。

American Express
ネットワークといっても富裕層のものでその根底には2社とは違うブランド力がある。そのために、消費者の顧客体験を強く意識していて、一応merchantの販路拡大も言ってはいるけど多分そんなに力入れてない。既存顧客のもとでサービスの幅を広げる方向だと思う。
Delta航空やマリオット、ヒルトンとの共同ブランド(co-branded)をはじめ他とは収益源が違う(前述したDiscount Revenue)。これらとの太いコネも競争にさらされており、5-10年での契約更新の中でリスクが存在するが、個人的にはここは安定していると思う。

このco-brandへの依存についてbilled business(全てのAEネットワーク下のカードによるあらゆる決済や送金の合計)とloanの額とその中のco-brandカードとDeltaとのco-brandカードに紐づけられた割合の開示があったので見てみる。co-brandの中で最大の取引先がDelta航空。いずれも額に関しての単位はUSD Billion

いずれもコロナの特別要因を除き額自体の成長が見られるが、売上で2、3割を安定してco-brand由来のカードが占めている。このco-brandからの収益の安定性は、AEのプレミアムブランドを認めている層が一定数いる以上このco-brandとの繋がりがFintechによる技術革新とは違うフィールドにあり、安定していることの証左ではないかと思う。

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Costco Wholesalesとの契約が2015年で切れた。それでも額に減少がなかったのはco-brand以外のカード利用者のおかげ。
また、Delta航空のAnnual Reportでは燃料購入のためのカードで毎年$1.1Bの利用がある。

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戦略を要約すると、ブランドと会員サービスによって富裕層の消費者を、セキュリティやmerchantへのソリューション提供でmerchantの顧客を獲得するというもの。
技術的な努力の記載はAnnual Reportにはなし。

 買収に関しては、2020年に小規模事業者に対してキャッシュフロー管理のソリューションを提供するKabbageを買収。
2019年にはLoungebuddyという空港ラウンジ予約サイトを買収。

その他の論点(海外展開、顧客割合やマーケティング)

海外展開

各社の海外展開の状況について書こうと思う。3社とも米国とそれ以外という分け方をしているので全体に占める米国の割合について見ていく。

まずはVisaについて。Nominal Paymentは決済や送金を含む全ての手数料の合計のこと。

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徐々に米国への依存が薄くなってきて、海外でも手数料以外のビジネスを広げていることがグラフの近づきからわかる。
2017年にはVisa Europe合併の影響を受けている。
Nominal Paymentに関してはもう少し詳細な情報があり、consumer、commercial、cashという区分がある。これをみるとcashの割合が海外ではとても大きく、米国ではcashが12%のところ海外では27%を占めている。しかし、2013年から海外のcashは全く成長していない点に注意が必要であり、将来性はないと思う。

次にMastercard。
ここでは、GDV(Gross Dollar Value)という形での開示。GDVとはカードによる決済や送金などの総額。
米国への依存は下がっていることがわかる。ちなみに、この割合をそのままNet Revenueに当てはめると海外のNet RevenueはVisaとほぼ同規模になる。

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最後にAmerican Express。
cards-in-forceはカード発行枚数の累計。
3社の中でも米国の顧客への依存が高く、利息収入のドライバーであるcard member loansでは毎年9割が米国由来。
この2つのグラフからは、米国の会員のエンゲージメントの高さ(海外で発行されるカードによるbilled businessに対して約2倍)が同時に伺える。

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最後に全ての会社でのクロスボーダー収益を見てみる。
これは、分子にクロスボーダー取引の売上高、分母にNet RevenueにClient Incentivesを足し戻した売上高を持ってきた比率だが、あまり上昇はしていないことがわかる。学ぶべきは、コロナのような非常時に変動が大きい収益源であることと、国内取引と海外取引で規模の成長はそこまで変わらないということである。

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これは数値で見ると、分母が成長しているだけでクロスボーダーの売上の成長が追いついていないだけであり、決してクロスボーダーの売上が成長していないわけではない。

顧客割合

普通はconsumerに比重がかかりがちだが、AEに関してはcommercialがconsumerとほぼ同じくらい大事。おそらく、会社としての支払いをカードで行う会社が多く(代表としてco-brand契約を持つDelta航空)、その決済額も多いためだと思う。AEと契約するからには何か御用があればAEに行くくらいの付き合いになると考えると、このブランドの質は想像以上に大事かもしれない。


consumer、commercialという区分を用いて見てみる。
Visa、Mastercardについては全体のうち89%がconsumer由来でその比率は2012年以降全く変化がないことがわかった(VisaはNominal Payments、MastercardはGDVを指標にしている。Visaについてはcashの分に関しては分母、分子両方から除いてある)。
American Expressではconsumer(GCSG、Global Consumer Services Group)、commercial(GCS、Global Commercial Services)、merchant(GMNS、Global Merchant and Network Services)という分け方をされている。それぞれのnon interest revenueが占める割合が、(GCSG、GCS、GMNS)=(50%、35%、15%)となっている。VisaとMastercardと同じ区分で行けばおそらく、GCSGがconsumerでGCSとGMNSがcommercialの区分になる。

マーケティング

これらの会社にとってネットワーク、つまり会員数が極めて重要なことがわかった。そのために、マーケティング費用について見てみる。
ここでのMarketing ExpensesはOperating Expensesのそれを言っているだけでなく、Client Incentives(VisaとMastercardにある項目で、費用の形ではなく内部売上の形でNet Revenueでは除かれている。これと同様の項目としてAEでは費用計上されているCard Member Rewardsがある)のような間接的に同じような役割を果たすものを含むが、サービス向上のための技術開発などは除いている。一方、Revenueには先程のClient IncentivesをNet Revenueに足しもどした数値を採用している。

各社少しづつ上昇していることから、競争の激化が見て取れる。AEの同比率は高いのは技術よりも顧客とのつながりを意識するサービス内容的にも納得のいくところだが、Mastercardに関しては疑問が残る。AmazonをVisaから、CostcoをAEから取った歴史があり大型顧客の獲得に無理をしているのかもしれない(わかんないけど)。

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総括

成長性で見ればMastercard>Visa>American Expressと思う。
ただし、もしFintechがこれからカード業界を飲み込むなら生き残るのはコネ重視のAEのみだとも思う。とはいえ、即時送金やブロックチェーンへの技術投資をしているVisaやMastercardが潰れることはまずない。Fintechと互角かそれ以上にやりあえると思う。

Visa、Mastercardは包括的な金融サービスを提供するネットワーク会社を買収による技術獲得という手段によって目指す。その中でもMastercardは決済の定義を広く捉えて顧客体験に焦点を当てる。
AEは既存顧客に対して幅広いサービス展開を行うことでの成長を目指す。消費者には消費喚起するような特典をつけたり、事業者にはそのビジネスを金融以外の面でサポートする機能を持つ。


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