リハビリSS レスポール

この世の愛の終わりは、マンネリが呼び寄せるのだと思う。
安心感は油断を呼び、油断は目移りを呼ぶのだ。
だから私は今、わがままの果てにグリーンカレーを食べている。まろやかなココナッツの香りが立ち込める店内で、彼は困った顔でカオマンガイと向き合っている。
「食べないの?」
「ねぇ、これ上に乗ってるのってパクチー?」
スプーンで鳥肉の上に添えられた葉をつつく。
「そうだよ」
「なっちゃん、これならパクチーないって言ったじゃん」
少し責めるような口調で言いながら、上目遣いに私を見るその目は困っていて、ちょっとだけイラついている。深く刻まれた眉間のシワを見て、私はにやりと笑う。
「ちょっと添えてあるだけじゃん、食べたことないのに嫌わないの」
「よけてもいい?」
「だめ、ちゃんとソースとお肉とご飯と、一緒に食べてみて」
遼くんは小さくため息をついて、それからソースが多めにかかった部分を大きくスプーンにとって、それだけをぱくっと口に入れた。それからすぐにパクチーをほんの少しだけ口に入れて、一緒にもぐもぐ咀嚼する。
眉間のシワはどんどん深くなり、悪名高きパクチーのカメムシチックな香りを探してる。
パクチーが怖くて他のものを口の中に詰め込んだもんだから、欲張ったリスみたいになってる。その顔があまりにも可愛くて、思わず吹き出した。
口パンパンのカオマンガイをやっと飲み込んだ遼くんは、「笑うなよ」と口を尖らせる。なんて可愛い、私の彼氏。
「大丈夫だったでしょ?」
「うん、意外と…でもサラダは無理だよ」
「それも食べてみないとわかんないでしょ」
ええ、と嫌そうに口元を歪めるのを見て、私は満足してまたグリーンカレーを食べ始める。
遼くんはエスニック系の料理が苦手、というか食わず嫌い。タイ料理も今日まで食べたことは無かった。冒険したくないからっていっつも同じようなものばかり食べる。
お化け屋敷とかホラー映画とかも嫌がったし、動物園でキリンに餌をあげるのも、カピバラを撫でるのも最初はちょっと嫌がった。
遼くんは、ものすごく怖がりだ。食べ物も遊びも失敗したくないから、好きな物しか選ばない。あと、面倒臭がり。チャレンジと問題解決は面倒臭いから嫌い。私と喧嘩するのも面倒臭いから避けたがる。
そんな遼くんに、私はこうやってたまに無理やり冒険させる。わがままを言って困らせて、折れてくれるまで突拍子もない理論でゴネ続ける。喧嘩したくない遼くんは結局折れて着いてきて、困った顔で私の遊びに付き合ってくれる。
ワガママな彼女だ、っていう自覚もある。その気になれば遼くんがしたいことだけをして過ごすことだってできる。でもそれじゃダメ。
遼くんの想像通りの理解のある彼女なんて、そんなつまんない女になんてなってあげない。俺の彼女はわかってくれてる、なんて絶対に言わせない。
出来る限り長く、俺は彼女に振り回されてばっかりだって思っていて欲しい。だってその方が飽きないでしょ?
「ねぇ、昨日の夜私が作った蒸し鶏あるじゃん?あれ美味しかった?」
「ん?美味しかったよ?タレにナンプラー入れたとか言ってたヤツでしょ?」
「そう、あの蒸し鶏にかけてあったタレ、めちゃくちゃパクチー使ってるよ」
「えぇ?!」
遼くんは自分の声の大きさに驚いて口を塞いぐ。そーっと辺りを見回して、周りのお客さんに睨まれてないか確認した後に小声で「嘘でしょ?」と続けた。私はくすくす笑いながら答える。
「めっちゃは嘘かも、でも使ってる。あれ食べれたんだから大丈夫だろうと思ったんだよね」
遼くんはなんだよ、と呟いてまた口を尖らせる。私に一枚上手を取られた時いつもこうやって悔しそうな顔をする。その顔が見れたらもう今日は満足だ。
プライドが高くて繊細で、臆病な遼くん。週末の夜私の部屋に来るまでに、傷ついたり疲れたり、たくさんの厳しい現実に晒されてる。
でも一歩私の領域に入ったら、私が振り回して、ささやかな悩みは全部振り落としてあげる。平日に起きたアレこれなんて、どうでも良くしてあげるからね。
これからもずっと遼くんの、悩みの種で居られるように、思いつく限りのサプライズを。空回りだって気にしない。
あなたが私を忘れないように。



意外と難しかったですレスポール

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