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ベビーカーの呪縛

こんにちは。tsumuguyaです。

ちょっと私の心の闇を書きたくなったのでお付き合いを。

我が家の玄関は土間があり、一般的な玄関より広くなっている。おかげで普段使わない息子の自転車や洗車グッズ、園芸用品などを置いてちょっとした倉庫代わりに利用している。そこに息子が赤ちゃんの時に使っていたベビーカーも置いている。今の家に引っ越してきた時は息子は3歳。もう既にベビーカーを使うことはなかったが、当時はまだ見ぬ2人目のためにすぐ使えるように土間に置いておいた。

しかし3年間2人目を授かる事のないままベビーカーにホコリが溜まっていくばかりだった。私は多嚢胞性卵巣症候群という病気のため、自然妊娠は難しい状態。病院に通った時期もあったが、痛い注射を何本も打ち、薬を飲んで、失敗。注射、薬、失敗…の繰り返しに心が折れた。もちろん1人で頑張っても子供が出来るわけではない。主人の協力と理解が必要。当然お金もかかる。心と体の健康、主人の考え、お金、全てが揃わないので諦めた。

そう、諦めたのだ。

しかし、頭と心が繋がらない。赤ちゃんや妊婦さんを見ると羨ましくなる。「2人目は?」と聞かれると毎回、喉の奥がギュッてなる。まだ妊娠可能な年齢ではあるので、周りは悪気なく聞いてくる。「1人出来たんだから2人目もできるでしょ」って気持ちが透けて見える。聞かれる度にどんどん心が黒くなっていくのが自分でもわかる。職業柄、いろんな方に毎日のように聞かれる。「いらないの?」「欲しくないの?」「兄弟がいないなんて、かわいそう」などなど…

出来るんなら私だって欲しいよ!うるせぇ!黙れ!ばばぁども!

そう叫びたいのを堪えて「こればっかりは授かり物ですからね」と笑顔で答え心の中で中指を立てる。(さすがに「兄弟がいないなんて、かわいそう」と言われた時は精神的にやられたのでTwitterで吐き出した)

そんな日々を過ごす中、我が家の土間を整理した。日々、見ないようにしていたベビーカーが目に入り"はっ"となって泣いてしまった。このベビーカーは私にとって呪縛のようなものだ。これがあることによって希望と執着が渦巻いて、呪いとなってねっとりと私に巻き付いている。それに気づいて、自分の愚かさと弱さに愕然としたのだ。今まで頑張って気づかないように暮らしてきていた。目を背けても解決しないことに、気づきたくなかったというのが正直なところ。対面してしまったがために、涙があふれてしまった。

使っていた時はただの生活必需品でしかなかったベビーカーが、時を経て呪いを封印しているパンドラの箱のような物に変わっていた。

取ってあるのはベビーカーだけじゃない。おくるみ、肌着、スタイ、オムツ用ゴミ箱…全部取ってある。いや、ベビー用品だけじゃない。マタニティーグッズだって1つも捨ててない。見るのが辛いから、段ボールに入れっぱなしで使ってない部屋の奥に追いやっている。「もしかしたら奇跡が起こるかも」一縷の望みをどうしても捨てきれない。我が家は呪いだらけだった。私のドロドロとした想いに囲まれて家族は生活しているのだ。恐ろしい。

思い切って全部捨てればスッキリするのかもしれない。治療して出来なかったんだから、もう出来るわけないのはわかってる。ベビーカーには3年間触れてもいない。次に触る時が来るとしたら、奇跡が起きた時か私の気持ちが吹っ切れた時だろう。今回、ひとしきり泣いてちょっとスッキリしたので心の膿が少し出たのだと思う。きっとまた、呪いに対面して泣くのだろう。でもまだしばらくはこのままでいよう。

呪縛から解かれる日が1日でも早く訪れる事を願って。

またお会いしましょう。tsumuguyaでした。

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