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Rainbow⑭

旋風①

 「汝の道を進め、そして人々をして語るにまかせよ」
 ダンテの言葉を借りていうならば、朋樹ではなく、エリーシャはそういう生き方を人生の指針として、身寄りのないアメリカの地に足を踏み入れた。
 朋樹、高校三年の春だった。

 悪い知らせは、前触れもなく突然訪れた。高校二年の夏。バレエ合宿中のことだった。午前の練習をしていると、突然コーチに呼ばれた。
「朋樹、すぐに来てくれ!」
 いつになく真剣なコーチの声に、朋樹は事の重大さを察した。――家族に何かあったのかもしれない。朋樹は、急いでリュックに荷物を入れ練習室を後にした。
 宿舎に着くとすぐに、会議室のようなところに通された。今回の合宿の責任者をしているコーチから、最後まで気を保って聞いてほしいと、先に告げられた。朋樹は、唾を飲み「はい……」とだけ答えた。
「実は先ほど、君の親戚からこちらに連絡があったんだ。……今朝、君のご両親が車の事故で亡くなったそうだ」コーチは、肩を落とし首を項垂れた。
「嘘……ですよね? コーチ、いまの話は全部嘘ですよね?」
「いや、すまないが本当なんだ」
 朋樹は、その場で膝から崩れ落ちた。「何で?……」
 胸をえぐられた思いが、朋樹を襲った。一刻も早く両親の元へ行かなければ。――その思いが震える朋樹の足を支え、走らせていた。気付いた時には、朋樹は会議室を飛び出していた。

 沖縄の自宅に着いたときには、近くに住む母方の親戚家族が玄関先で朋樹の帰りを待っていた。彼らは朋樹に何か話しかけていたが、朋樹の耳には届いていなかった。
 玄関のドアを開けると、風に巻き上げられた埃たちが夕陽に照らされキラキラと宙を舞う。靴箱上の台には、朋樹の優勝トロフィーが置かれている。その手前には、いくつもの家族写真が飾られていた。どの写真も朋樹を中心にして両側に立つ両親の笑顔がどれも眩しく輝いていた。――朋樹はそのうちの一つを手に取り、付いていた埃を払った。今年最初の全国コンクールで優勝したときの写真だった。バレエ育成枠で資金面をサポートされている朋樹は、年間を通して全国の大小さまざまなコンクールに出場することを許されていた。沖縄からだと二人合わせての渡航費が高いから、全国コンクールには来なくていい。と、朋樹はよく両親に言うのだが、両親は決まって「朋樹のダンスを観ると、元気が湧いてくるんだよ」そう言い、年に一、二回、全国コンクールを観に来ていた。まさか、それが最後の全国コンクールになろうとは、だれが予期できただろう。
 家の中に入ると、今朝方までの生活の痕跡を残したままひっそりと静まり返っていた。ソファーの背もたれに掛けられた万年使いの北欧柄ブランケット。テーブル上には二つのコーヒーカップ。きっとまた夜中に二人で録画した朋樹のダンスを観ていたのだろう。本当にバカが付くほど朋樹のことに精一杯尽くす両親だった。
「朋樹くん、一先ず病院に行って姉さんたちに顔を見せるといい。さ、病院まで送るよ」朋樹は、叔父に連れられるまま車に乗り病院に向かった。その車中で、叔父は警察から聞いた事故の様子を話し始めた。
 軽自動車と5トントラックの衝突事故だったらしい。朋樹の両親は、軽自動車に乗っていた。事故を起こしたのは5トントラックの運転手だった。事故当時、彼は居眠り運転をしてしまった。それで赤信号を見落とし、進行中の朋樹の両親が乗る車に衝突した。事故を起こしたトラック運転手は、首の鞭打ち程度ですんだ。だが、朋樹の両親は、車の損傷が激しく救助も難航したという。叔父は自身も以前にトラックの運転手をしていたことから、「運転手は、おそらく労働基準を超過した勤務時間だったのではないか。かわいそうに。……」と言った。その後すぐ、自分の失言に気づき朋樹に謝った。
「いや、もちろん事故を起こした運転手が全面的に悪い。姉さんたちを殺したんだから」叔父は、話せば話すほど分が悪くなる会話に冷や汗をかいて黙り込んでしまった。罰が悪い叔父は、カーラジオのボリュームを上げた。カーラジオから流れる天気予報は、三日後に大型で強い台風が沖縄本島に襲来すると告げていた。夕闇が窓の外を染めてゆく。走る車の先には、おぼろ月が掛かっていた。まるで「白鳥の湖」を踊るときのセットのようだと、朋樹はぼうっとする頭で思った。
 病院の霊安室に通された朋樹は、横たわる二人の遺体の顔を確かめた。――顔に擦り傷やあざがあり、生前の両親とは違うような気がしたけれど、やはり、二人の顔は朋樹の両親だった。朋樹は母の顔の輪郭や眉の形、唇や擦り傷痕を指で撫でた。同じように父の方も。――その手、その指先の動きがまるでダンスの一部かのように、しなやかでいて柔らかだった。

 お通夜や葬儀は、段取り全てを叔父が引き受けて滞りなく執り行われた。東京から父方の親戚も来て、まだ未成年の朋樹の養育を申し出たが母方の叔父がそれを断った。朋樹自身は、……もうどうでもよかった。ただ、手に遺る両親の面影を抱きしめて、遺影を見つめるだけだった。

 葬儀の次の日から三日間。大型で強い台風が沖縄を襲った。外を歩くことさえできないほど強い風は、どこかのトタン屋根をひらりと飛ばしていた。台風一過、甚大な被害があちこちで起きていた。叔父が朋樹の様子を見るために家に行くと、そこには誰も居なかった。
 ――靴箱の上に飾られていた家族写真が一つ……朋樹と一緒に消えていた。(つづく)

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