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Rainbow㊵

 おまけ②

 メアリー・ポピンズを待ちわびていた。
 東の空から傘を差しながら降りてくる、不思議な力を持つ子守り、メアリー・ポピンズ。
 幼い頃の朋樹は、風が窓を叩くたびに、いつも窓辺へ駆け寄り、東の空を眺めた。
「僕のところにも、早くメアリー・ポピンズが来ないかな」
 朋樹の言葉は、両親をいつも笑顔にした。

 両親を失った朋樹は、悲しみに暮れ、重しのように体をソファーに沈め、泣いていた。
 外は台風の雨風が吹き荒れている。先ほどから、カツンカツンカツンと東の窓を風が叩いている。
 ――メアリー・ポピンズなんていない。
 人生を楽しくする不思議な力なんて、どこにもない。
 朋樹は写真立てを見た。それは家族の写真。そこには、両親が朋樹の肩を抱いて笑顔で写っている。もう、触れることも、目の前で見ることもできない。この先、自分が何をすべきか、朋樹は途方に暮れていた。
 「さよなら」さえ言えなかった。感謝の言葉も伝えることなく失われてしまった。まるで、メアリー・ポピンズのように。
 雨風がカツンカツンカツンと東の窓を叩く。
「朋樹のダンスを見ると、元気が湧いてくるんだ」父の声が聞こえた。彼は床で爪を切りながら、そう言っていた。
 カツンカツンカツンと雨風が東の窓を叩く。
「朋樹はダンスで人を幸せにすればいいのよ」母の声が聞こえた。一緒に洗濯物を畳みながら、そう言っていた。
 カツンカツンカツンと希望が心の窓を叩く。
「踊れ! 踊れ! 心のままに踊れ!」
 その瞬間、朋樹は何かに取り憑かれたように踊り出した。何も考えることなく心のままに踊り狂った。喉が枯れ体中から悲鳴が聞こえようとも、家中を踊り踊って踊り狂った。体力尽きてついに床に倒れ込んだとき、朋樹は千夏と話した夢を思い出した。
「ダンスで人を笑顔にしたい。ダンスで誰かを救いたい」
 朋樹は、東の窓を見た。カツンカツンカツンと雨風がまだ窓を叩いている。風に、風に乗って行こう!
 まだ東風が強く吹いる中、朋樹はバッグを一つだけ持ち、玄関を出た。
 ――僕が、メアリー・ポピンズになればいい!
 台風が過ぎ去った後、叔父が心配で家を訪れた。しかし、朋樹の姿はもうそこにはなかった。
                 (おまけ② 完)

⭐︎お礼⭐︎
1場面1話を基本に、全40話(約87,000字)を書きました!最後まで伴走してくださいました読者の皆様、本当にありがとうございました。普段はプロットで構成を考えて書くのですが、今回は、ライブ感を味わいながら書こうと決め、プロットを完全に放棄して執筆しました!だから、頭に浮かんできたストーリーの未来が見えるたびに、その反対の道を選んで書いたりして、「おいおい、次をどう繋げるんだ!」なんて言いながら自分に自分でツッコミを入れたりして何とか書き上げることが出来ました。いつかは、エリーシャの半生を描いた作品も書いてみたいなと考えています。
いや〜ほんと、書いてて楽しかった!

「名前を呼べばまた会える気がする。」
あなたの元にもエリーシャと愉快な仲間たちが訪れることを願って⭐︎ おしまい。

〈参考文献〉
「心をととのえるスヌーピー」著者:チャールズ・M・シュルツ 訳:谷川俊太郎/光文社
「自分を受け入れるスヌーピー」著者:チャールズ・M・シュルツ 訳:谷川俊太郎/光文社
「アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉」解説者:小倉広/ダイヤモンド社
「アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉」著者:エリコ・ロウ/扶桑社
「生きてりゃ踊るだろ」著者:辻本知彦/文芸春秋
「これ1冊できちんとわかるクラシック・バレエ入門」監修者:K-BALLET/株式会社マイナビ出版
「高校生の心身症傾向に関する心理学的研究」筆者:高橋恵子・奥瀬哲・八代信義/旭川医科大学研究フォーラム創刊号 二〇〇〇年
 

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