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日常に寄り添うお菓子をつくりたい。山梨とフランスをつなぐ味わいを探して/岡村千香さん - まるよ菓子店

2021年6月、山梨市の東山梨地域にあった古民家に、新たなフランスの風が吹き込みました。「まるよ菓子店」の看板を掲げ、フランス菓子を手作りしているのは、店主の岡村千香さんです。

フランスに行くことで発見した現地の魅力と、フランスから俯瞰して気づいた山梨の魅力を盛り込み、岡村さんにしか創造できない唯一無二のお菓子を探究しています。 

岡村 千香(おかむら ちか)さん
まるよ菓子店/パティシエール
山梨市生まれ。OLを辞めて幼少期から好きだったお菓子作りの世界へ。
県内の洋菓子店勤務、レストランやカフェでのデザート担当を経て、2012年にまるよ菓子店を開業。朝市やイベント出店、卸売りの販売形態で活動を続け、昨年実家の古民家をリノベーションし実店舗を構える。

まるよ菓子店のあゆみ

岡村さんは子供の頃からお菓子作りが好きで、学校で友達に配ったりしていたようです。卒業後は貴金属関係の会社に勤めていましたが、「せっかくなら好きなことをしたい」という思いが強まり、ケーキ屋で働くことにしました。そして10年ほど前に独立して「まるよ菓子店」を立ち上げ、主に地元の朝市などのイベントへ出店を重ねてきました。

朝市での出店風景(写真提供:まるよ菓子店 様)

「実店舗を持つつもりはまったくありませんでしたが、感染症の影響でイベントが軒並み中止になってしまい、お店を構える決意をしました。この場所はもともと祖父が営んでいた商店で、母親の代で活用が途絶えていました」

残っていた床を残しつつ古民家のリノベーションを行い、置きっぱなしになっていた商品棚や火鉢はそのまま利用するなど、現在も商店の名残が見られます。店名の「まるよ」も商店時代の屋号を引き継いだそうで、お店にはお祖父様からの譲りものがたくさんありました。

「お店をやることで、ありがたい繋がりをたくさん感じています。朝市で知り合ったお客様が遠方からわざわざ足を運んでくださったり、近所の方にもお越しいただけるようになりました」

さまざまな出逢いがある中で、岡村さんの心の中には常に一人の女性がいるようでした。おそらく最も遠方のファンである、フランス在住のマダムです。マダムは岡村さんとフランス、そしてフランス菓子を結びつけた、キューピット的な人物ともいえます。

「元々は知り合いの紹介でしたが、今は私にとって欠かせない存在です。フランスに行くたびに家に泊まらせてもらい、お菓子を一緒に作ったりしました。交通機関の手配などもしてくれて、マダムのおかげでフランスのさまざまな地域を巡ることができ、それがフランス菓子に惹かれるきっかけとなりました」

お店には、マダムからの愛情もちらほらと散りばめられていました。マダムからの仕送りで、昔ながらの和の空間にフランスの風が舞い込み、店内には落ち着いたおしゃれな雰囲気が漂っていました。

「『いつかお店を開くときのために』とフランスの修道院で使われていた照明を大事にとっておいてくれたり、店内の写真を送ったら『殺風景だから飾りなさい』とちょっとした置物を贈ってくれたり、すごく応援してくれているんです」

大切な人の想いが詰まったその空間で、岡村さんは週に1回、20種類ほどのフランス菓子を用意してお店をオープンしています。

フランス地方菓子に魅せられて

フランス菓子はフィナンシェやエクレア、マカロンなど、日本人にも馴染みのあるものが多くあります。その中でも岡村さんとの相性が良かったのは、フランスの伝統的な地方菓子でした。奇抜で複雑なおいしさよりも、昔からあるシンプルなおいしさを魅力に感じたようです。

「他国にも行ってお菓子を食べ歩く中で、最も奥深いと思いました。地方菓子は混ぜて焼くだけというものが多いのですが、シンプルだからこそごまかしがきかない難しさもあります。そんな繊細さが、ひとつひとつの工程を丁寧にこなしたい自分にぴったりなのかもしれません」

気温や湿度によってはマカロンが割れてしまったり、カヌレがうまく膨らまなかったりすることもあるのだとか。天気とにらめっこしながらのお菓子作りは、予定通りに進まない日もあります。

「お菓子はつくる環境によって出来具合が大きく変わるので、焼きあがるまで結果はわかりません。ドキドキしながらオーブンを開けて、うまく焼けていると嬉しいです。たまにはアレンジも必要かもしれないけれど、それは王道を極めてこそ。毎回一定のクオリティを保ちつつ、素材の味が前面に出た、古典的なケーキをしっかりおいしく作れるようになりたいですね」

より上手に作るにはどうしたら良いか。フランス語のレシピを読んだり、発祥の地に出向いて作り方を習得したり、岡村さんの探究心は尽きません。素朴な味、シンプルな見た目というフランス地方菓子のノーマルな特徴を尊重しつつ、焼き加減を強めにするなどご自身の好みをかけ合わせたお菓子は、まるよ菓子店ならではのものです。

「どこの和菓子屋にも大福や草餅が置いてあるように、フランスではどこのお店にもマドレーヌなどの焼き菓子が置いてあります。ここのお菓子も特別なものではなく、日常的なものとして手にとって、フランスでずっと愛されている定番の味を身近に感じていただきたいです」

地方ごとに異なるお菓子の特徴も、岡村さんが奥深さを感じているポイントです。なぜその地にそのお菓子が根付いているのかを知ることは、フランス地方菓子の楽しみ方のひとつかもしれません。

郷土菓子が描かれたフランスの地図

「たとえばブルターニュ地方はバターが特産なため、それをふんだんに使ったガレットなどが有名です。地図を見ながら、『この地域に行ったらこのお菓子を食べよう』と考えるのも楽しいんですよね」

お菓子に表現する、山梨とフランスの共通点

素材の味を引き出す精神は、ジャムにも表れています。お店に並べられるオリジナルジャムは、果物単体のもの、スパイスやハーブと合わせたものなど、どれも味見してみたくなるものばかりです。

ジャム作りで参考にしたのは、フランスのアルザス地方にある一軒のジャム屋でした。

「そのお店のジャムはフレッシュ感があって、果物そのもののおいしさが詰まっていました。それを目指しているのですが、煮詰めすぎるとフレッシュ感が薄れてしまうし、煮詰める時間が短いとあまり保存がきかなくなるので、絶妙なバランスをとるのが難しいんですよね」

山梨の果物をお菓子に活用するヒントも、そこを訪れた時に得たようです。1日に1本しかバスが通らないような山の中、あたり一面がぶどう畑に囲まれていて、山梨市牧丘町の風景が岡村さんの頭をよぎりました。

「ワインが有名で果物も豊富で、風景も似ている……山梨との共通点が多かったので、果物でなにかできるのではないかと、インスピレーションを受けました。実際、山梨には柑橘以外ほとんどの果物があるので、活用しないのはもったいないですよね。果物の良さを引き出すことで、フランス菓子を親しみやすいものにして、もっと広めていきたいです」

フランスの地方菓子は焼き菓子がメインですが、店頭にはいちごのフレジエや和栗のモンブラン、いちじくのタルトなど、果物を使った生菓子も並べられます。どんなお菓子を作るかは、その時期に手に入る果物を見て考えるそうです。

「ただ送ってもらうのではなくて、繋がりのある農家さんにお願いをして、収穫からやらせてもらっています。自分で選びながら使いたい分だけ採ることができて、なにより生産現場を見るのは勉強になりますしね」

お店を開けるのは週1回ではありますが、買い出しや仕込みのために、岡村さんの気が休まる日はほとんどありません。そのペースは、丁寧なものづくりを継続し、最大限の力を発揮するために必要なものでした。

「1から手作りで大きな設備もなく、毎日大量生産することは到底できません。誰かに手伝ってもらえばできることは増えますが、全て自分で手がけたいと思っています。お菓子作りも接客も好きですし、自分が納得した素材で納得のいくものを作って、お客様においしいと言っていただけるのがやりがいです」

フランスに想いを馳せて作られるお菓子からは、岡村さんが切り取ったフランス文化の欠片を感じ取ることができるかもしれません。

「フランスは大好きで今すぐにでも行きたいけれど、住むとなるとちょっと違うんですよね。たまに訪れて吸収したことを持ち帰ってきて、山梨でどんどん活かせればと思っています」

まるよ菓子店
営業時間/11:00〜売り切れまで
営業日/土曜(お店のインスタグラムを要確認)
所在地/〒405-0005 山梨県山梨市小原東1
電話番号/ 0553-22-1488

連載「土地と想像力」
本連載はTSUMORIと山梨市観光協会が協働で取り組む情報発信事業です。「土地と想像力」をテーマに、記号的な山梨とは異なる領域で土地を支えているヒト・モノ・コトを発信していきます。山梨県全域を対象に、自治体圏域に捉われない「山梨らしさ」を可視化することを目指しています。

取材・執筆:おがたきりこ
写真撮影:田中友悟
一部写真提供:まるよ菓子店 様
協力:山梨市観光協会

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