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【さかみち留学日記vol.2】はるな_ 桜まつり準備&長崎居留地さるく_2024春

さかみち留学2日目。

8:30     つくる邸集合
9:00〜12:00 桜まつりの準備
14:00〜17:00 長崎居留地さるく

桜まつり準備

さかみち留学2日目は、3月24日に行われる桜まつりで使用するぼんぼりの設置作業を地域の方々と一緒に行いました。

皆さん優しく、丁寧にぼんぼりの設置の仕方を教えてくださり、こういった地域の方々のおかげで楽しいお祭りになっているのだなと感じました。

そして、桜まつりが行われる乾堂公園に向かう際に、最近長崎に移住してこられたハナさんとばったり出会いました。ハナさんとは長崎好き、坂好きなど、共通点も多くすぐに仲良くなれました!

なにかのイベントの準備に深く関わるという経験が今までなかったので、すべてが新鮮に感じられるとともに、参加者としてイベントに参加するときには感じられない思いにも触れることができたように思います。

この日は風が特に強く、高台に位置する公園での作業は手がかじかみましたが、長崎の地域の方とこれほど近くで交流できる機会は滅多になかったので、すごく楽しく準備を終えることができました。

地域の皆さん、ありがとうございました!

長崎居留地さるく

この日ろんさんが急遽「午後から長崎居留地さるくに参加してみないか」という提案をしてくださり、”長崎さるく界レジェンド”である桐野さんのガイドによる「さるく」(※)に参加することができました!

(※)「さるく」とは、「まちをぶらぶら歩く」という意味の長崎弁です。

お昼ご飯の後、桜まつり実行委員長の井須さんとHUBs ishibashiというネオ観光案内所に行きました。そこから、小値賀町で民宿のスタッフをされている方と共にさるくスタート。

さるく自体初めての私はどんな感じなんだろうとドキドキワクワク。

早速、電停の名前の由来となった「石橋」について桐野さんのお話が始まりました。HUBs ishibashiに先日訪れた際、ろんさんから「実はここには昔立派な石橋があって、南山手と東山手をつないでいた」という話をお聞きしたことがありました。しかし、実際に今でも残っている石橋そのものを見たことがなかった私は、橋の姿を十分に想像することができないでいました。

ところが、桐野さんの見せてくれた写真の中には確かに石橋が存在していました!その時初めて、「今と同じように長崎の人々の暮らしがあったんだ!」と当時の様子を想像することができました。

そこからグラバースカイロードを登り、私は本格的にさるくの醍醐味を知っていくことになります。

グラバーさんが建てた社宅や、祈りの三角ゾーン、東山手洋風住宅群の「地球館」、オランダ坂、東山手十二番館などなど……。
長崎ならでは、居留地ならではの場所をゆっくりと巡りながら一つ一つのお話に驚き、感動し、時には涙しそうになりながら、桐野さんのお話に皆さんと聞き入っていました。これ以上話すと永遠と語れるので、気になる方はぜひ一度さるくを体験してみて欲しいです!

居留地を歩き、桐野さんのお話を聞いて感じたことがいくつかあるので少しだけ。

私は今まで居留地を、昔のことを「歴史」として学ぶという感覚で見ていました。確かに昔の話ではありますが、グラバー園の名前の由来であるトーマス・ブレーク・グラバーさんは私とさほど年齢が変わらない頃に長崎を訪れ、長崎を愛し、長崎で人生の多くを過ごしたそうです。

私も理由は違えど、グラバーさんと同じく長崎を訪れて、長崎を知っていくうちに長崎がとても好きになりました。違う時代に生きていても、今と同じように長崎の美しい景色を坂の上から眺めて日々を過ごしていたのかなと想像すると、少しだけ居留地を身近なものに感じることができました。

歴史の中にいる人々がそこでどのように生きて、どんな感情を長崎に対して持ったのかを考えれば、居留地という場所は決して昔に存在しているものではないということ。

今を生きる私たちに、そして未来に繋がっているということ。

桜まつりの準備をする中で、小曽根乾堂さんもまた同じく、私たちになにか考えるきっかけを与えてくれているなと感じました。

まさに、「さかみち留学」!!!
濃い一日でした(^^)

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