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米ネット・スーパー市場、成長の落とし穴

コロナ感染症の拡大抑止のため、僕の住むロサンゼルスが「ロックダウン」になったのが昨年(2020年)の3月、それ以来、いわゆる「ネット・スーパー」を利用することが増えた。

と、いうのも、ロサンゼルスでは、日々の新規感染者数(検査の結果、感染者だと「確定した」人の数という意味だ)が1万5,000人、死者が200人を超える日もあったからだ。とくにスーパーは感染リスクが中の下から中の上と言われていて、さすがの僕も店舗に赴いてショッピングをするのを1週間に一度に控えた。

まあ、もとより、ネット・ビジネスを2000年以来研究している僕は、「リサーチ」がてら新しい「注目の」ネット・ビジネスがあると利用してみることにしている。特に、食品や日用品のネット・ショップとあれば、必然的に使うものだから好都合だ。

ということで、今日は、僕が利用したことのあるネット・スーパー三社、そして、利用したことのない会社一社を紹介しよう。いずれも、広大なアメリカのネット・スーパー市場で「成長株」であると噂されている会社だ。

ところで、ここでは、「ネット・スーパー」を広義で定義している。そして、大手の店舗ベースの小売業者(スーパーマーケット・チェーン)のネット事業は除外している。いわゆる「ニッチ・プロバイダー」にフォーカスを置いている。

まず、これらの「ニッチ」のネット・スーパーがメインストリーム化していく中で、キーワードとなっているのが「ワン・ストップ・ショップ」、カテゴリー拡張により、生活者が日々の生活に必要なものをできるだけカバーできるストアにすることだ

これについてはもろもろの問題点があるが、それについては後で述べよう。

【スライブ・マーケット】

2015年設立。本社カリフォルニア州ロサンゼルス。年商(推定)1.2億ドル(126億円)。オーガニックやナチュラルなど、ヘルス・コンシャスな生活者が好む属性の商品を集めたネットのホールセール・クラブ。59ドル95セントの年会費を払うことで利用できる。

僕はスライブ・マーケットを過去一年間利用していて、最近、メンバーシップを更新したばかりだ。実は更新しないつもりだったが、うっかりしていて更新されてしまったため、少し考えた末もう一年お付き合いしてみることにした。僕もナチュラル・、オーガニックやヴィーガン、グルテンフリーなどのものを利用するので、利用価値がないこともない。

スライブ・マーケットは初めは食品中心だったが、今では、スキンケア商品なども扱っている。僕が今年、買ってみようと思っているのはスキンケア商品だ。「スライブ・マーケットで取り扱っているものなら安全」という安心感があるからだ。また、(これはスキンケア用品に限ったことではないが)「メーカー希望価格の〇%オフ」などというように価格透明性があるのもわかりやすくてよい。

スライブ・マーケットの取扱アイテム数は2000強、そのうちの3分の1、つまり700アイテム程度が自社ブランドである。これは、近年(といっても過去20年間くらいかと思う)の小売企業にとってはマージンの向上や差別化を図るうえでの常套手段だ。通常、自社ブランドはナショナル・ブランド(大手メーカー・ブランド)の類似商品より低めに価格設定されているため、生活者にとってはお買い得だ。そして、自社ブランドは小売企業にとっては利ザヤが高い(自社企画製造→流通の垂直型統合なのでコストが抑えられる、)

現在の成長戦略の柱のひとつは「冷凍食品の充実」だという。日本の人にはピンとこないかもしれないが、アメリカ人は統計的に驚くほど調理をしない国民だ。パンデミックで「内食(うちしょく)」、つまり、おうちで調理をして食事をすることを強いられているが、多くの米国世帯が「バーンアウト(燃え尽き)」状態だという。「ヘルシーな冷凍食品」を投入することで、スライブマーケットがターゲットとする「意識の高い生活者」に対してのアピールになるだけではなく、現在、スライブ・マーケットで買い物をしていない人、つまり潜在顧客に対しても魅力・大きな誘因にもなるだろう。

【グッドエッグズ】

2011年設立。本社カリフォルニア州サンフランシスコ。年商(推定)1億ドル(100億円)未満。「産地直送」や「ローカル(地産地消)」をテーマに展開しているネット・スーパー。僕もかつて数か月間ほど利用したことがあるが、2015年にロサンゼルスから一時撤退した。つい最近、新規の資金集めに成功し、南カリフォルニア(つまりロサンゼルス)に新たな挑戦を企てているという。現在はサンフランシスコ・ベイエリアで運営している。僕が利用していたころ(つまり、六年以上前)は、生鮮食品+ローカルのアーティザン(質と独自性にこだわった小規模の食品メーカー)がメインの品ぞろえだったが、近年では、ドライ・グッズ(保存がきくパッケージ商品など)の充実にも力を入れているようだ。(現在の取り扱いアイテム数:5,000。)

【インパーフェクト・フーズ】

2015年設立。本社サンフランシスコ。年商(推定)5億ドル(500億円)強。その名の通り、「インパーフェクト(難あり・訳アリ)」な生鮮食品の販売を中心として始まったネット・スーパー。現在では生鮮食品だけでなく、パッケージ商品や生活用品まで幅広く取り扱っている。パンデミックの影響で利用者が急増、その恩恵を受け、最近、評価額が7億ドル(700億円)を超えた。僕もつい最近まで利用していたが、「訳アリ」とはいえ、「傷モノ」商品だけでなく、「余剰品」も扱っており、それほど品質に問題は感じない。いちおう、「定期購買」の形をとっているが、いつでも「休止」できるので普通のネット・ショップ(自分がオーダーしたい時にオーダーできるネット・ショップ)と感覚的に大差はない。ただし、配達の日は「毎週水曜日」という具合に決まっている。

【ハングリールート】

2015年設立。本社ニューヨーク州ニューヨーク。年商(推定)550万ドル(5.7億円)。今回紹介する中で、唯一、僕が個人的に利用したことのないプロバイダー。関心はあるし、有望な会社だとは思うが、中流の下に属する生活者の立場から、「価値」が僕の求める「価格」とマッチしない。(お金の余裕のある人/一人暮らしの人には有用なサービスだと思う。)

もともとは「ミール・キット(毎週、定期的に、簡単な調理をするだけで食べられる食材を調味料などとともにパッケージして提供するサービス)」の分野に属した。主に、ベジタリアンやヴィーガンを主要なターゲットとして、簡単な調理(加熱するだけ)で食べることのできる「キット」を提供し、ホール・フーズ・マーケットにも商品を卸していたが、今日では、独自の「キット」と併せて、食材も幅広く取り扱う、より一般的なネット・スーパーの形になっている。品揃えや形態を多様化しないと顧客ターゲットの拡大が望めないことを理由としたピヴォット(方向転換)だと思われる。

パンデミックを契機として、アメリカの生活者の多くが抵抗なくネットで日常の食品を購入するようになったため、これらの企業が資金集めをすることは比較的容易になっている。特に、今回あげたような「健康」やその他の「社会的意義」にフォーカスを置いたプレイヤーには、パンデミックへの反応としての「健康志向」の高まりやサステナビリティ(環境問題)への意識の高まりを背景として、生活者、そして投資コミュニティ双方からの注目が集まっているといえる。

(グローサリー市場全体に「ネット購入」が占める割合は2019年にはやっと3%を超えた程度だったが、2025年には全体の約5分の1を占めるまでに拡大すると予測されている。)

それは朗報であるものの、これらの企業が、今後、どのような成長戦略をとっていくのかが運命の分かれ目となる。先述のように、多くのプロバイダーが共通して目指しているのは「ワン・ストップ・ショップ」として自らをポジショニングすることだ。たとえばグッド・エッグズは、かつては「地域の農家から直接生鮮食品を仕入れる」ことにこだわっていたが、以来、取扱商品の拡大にアグレッシブに取り組み、ミール・キット、保存のきくパッケージ商品、生花、酒類などを加えて、取扱アイテム数をかつての1,000アイテムから5,000アイテムに拡大することに成功している。その結果、利用者のウォレット・シェア(直訳すると、「財布のシェア」、つまり、各利用者のグローサリー購買全体に占める割合を表す)も首尾よく拡大している。

こういった「カテゴリー/取扱商品の拡張」の遂行には注意が必要だ。その理由のひとつは、「もともと利用者の関心を引き付ける理由となった『独自性』を損なってしまう危険性があること」。範囲を広げすぎて、ごく普通のスーパーと同じになってしまっては、せっかくつくりあげてきた「ブランド」が損なわれてしまう。今日、例にあげたどの企業をとっても、自らの「ルーツ」を見つめ、それが生活者の意識においてぼやけてしまうことのないよう配慮することが必要だろう。

もうひとつの理由は、「利用者の『エクスペリエンス』を大切にしなければ離反につながる」ということだ。これはどのような意味にもとれるが、ここで強調したいのは、「選択肢が豊富であることが必ずしも好ましいとは限らない」ということだ。80年代の「マス・マーケット」の繁栄以来、アメリカの一般のスーパーやマス・マーチャンダイザー(ウォルマート、ターゲットなど)は、「チョイス(選択肢)」を大切にしてきた。その結果、例えばスーパーの朝食用シリアル売り場に行くと、文字通り、何十ものブランドや商品が棚にずらりと並んでいる。そういった「選択肢」に疲弊している生活者が存在する。今日は「ネット・スーパー」の話をしているが、店舗ベースの小売の世界では、取扱SKUを約4,000に絞り、自社ブランド商品が80%を占める「トレーダー・ジョーズ」がなぜ生活者を魅了し、熱狂的なファンを味方につけているのか。「トレーダー・ジョーズが選んだものなら安心して購入できる」という信頼感があり、ショッピングを簡単で楽しいものにしているからだ。

こういった「私のために選んでくれる」ことに価値を見出す生活者がたくさんいる。言い換えれば、「キューレーション(美術館などで、そのポリシーやテーマや思想に従って取り上げるアーティストや展示する作品を決める『キューレーター』から派生した言葉)」ということになるが、「ネットでの食品や日用品の販売・購入」が激戦市場となる中で、特に、「ニッチ・プレイヤー」としてビジネスを築いてきた企業は、この「キューレーション」の価値を損なわないよう、十分に配慮していくべきだと思う。"You cannot be everything for everyone" (「万人ウケ」を目指すのは得策ではない。)

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