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さよならモラトリアム

以前「noteでVTuberの話するな」と遠回しに怒られたので……歌ってみた動画を貼る。我逆張りぞ?

 これ聴きながら書いてく。フルverも欲しい。お願いします。

  少しビブラートが効いている感じの歌声がいい。ちなみに配信は殆ど観たことないのでガチファンの方お許しください。ただただ声質が好きなんです。



 一昨日(24日)、俺は大学を卒業したらしい。推定形なのは単純に学位授与式? とかいうやつに出席してないからだ。スーツを着て武道館まで足を運ぶほどのモチベーションが最近の俺には欠けている。それに、友達一人もいないし(注1) 。門出の日を迎えた喜びをシェアすべきイベントにぼっちで参加する意義を見出せないし、人混みは息が詰まる。
注1……ゼミの皆さん、俺は気にしないのでLINEグルに記念写真とか載せちゃっていいですよ。

 ともあれ、これでモラトリアム期間よさらば! といったことになるらしい。堂々退場できるほど得たものはなく、しょぼい学歴と引き換えにまとまった金と歳月を消費したにすぎないというご意見もいただいております。厳しい! お客様のご意見は実に厳しい! しかし貴殿の指摘は実に正しい。褒めてつかわす。

 あと一週間で就職とかいう何の面白みもないイベントが発生するのがたまらなく苦痛で、最近は毎日酒を飲んで不安を溶かしている。デュワーズをドクペで割った(注2)甘ったるい味に毒づきながら怠惰を極めているが、酔いが回れども良い結果は生まれない。況やそれが去年の今ごろに適当な就活を行ったツケであるならば。
注2……家に炭酸はこれしかない。明日箱で同じのが届く。

 逃避を行うべく、これから加瀬という知り合いの話をする。むろん彼は存在しない。悲観的思考に陥った俺を慰めるための道具にすぎず、つまるところお前の部屋の床に転がるTENGAと大差ない。

 彼は俺より八つばかり年上で、都内の中規模なIT企業で働いている。彼は顔が文学部(注3)の俺と違って理系であり、エンジニアとしてもそこそこ優秀らしい。DXがどうだのJSTQBがどうだの言われてもさっぱりだが、とにかく仕事に一定のやりがいを見出しており、会社における立ち位置も悪いものではなかった。あと数年もすれば顔が四角く脂ぎっている上司がふんぞり返っている席も空いて彼がそこに収まり、給料も上がる。そうなれば世帯を持つのも悪くない。pairsのプロフ画像に登録してある登別温泉で撮った写真を飲みの席で見せてきた彼に多少思うところはあったが、少なくとも彼なりに人生を楽しんでいるようだった。それが二年前の話だ。
注3……何もない人間が縋るようにして願書を送る学部、それが文学部と云う。

 数か月前、まだ年が明ける前だっただろうか。彼から急に話があると言われ、池袋の飲み屋に呼び出された。何度か行った店だったが料理の味は可もなく不可もなくといったぐらいで、酒の品ぞろえもオーソドックスなものだった。彼が度々そこを予約するのは、店内で喫煙可であるというその一点を評価しているからであることは明白だった。

 俺がシャリの柔らかい肉寿司を崩さないよう、爆弾処理班のような手つきで口に運んでいた時、彼は本題に入った。どうも、彼の同僚が突然失踪したらしい。川本という男で、俺もその名前には聞き覚えがあった。百マス計算が得意で、引っ込み思案なところはあるが悪い人間ではないというのが加瀬からの評価だった。

「でも、たまにいるでしょう、そういう人間も」
 社会に出たことがないにも関わらずさも一般的な知識を話すかのように俺はそう言った。傲慢さは若者の特権であるし、加瀬との会話においては俺はしばしばそうした役割――年長者に一定の敬意を払いつつも人間性は軽薄な聞き手として振舞うこと――求められていたこともある。加瀬は例によってそれを否定しようと、ビールをちびちびと飲む作業を中断した。
「いや、オレらの歳にもなればそうはいかないさ。社会的な立場ってもんがあるし、守るべき家族がいる人間も多い。まあ、オレはいないんだけど」
 面白くもない自虐は彼の悪癖の一つではあったが、話の腰を折りたくもないので黙っておく。グラスを空にしたところで、加瀬は話を続ける。

「まあ、あいつも結婚はしてなかったんだけど……女に入れ込んでたらしいんだよ」
 話を要約するとこうなる。川本はとある女子大生に金を渡して遊んでいたらしいという噂が失踪してすぐ社内に広まった。所謂パパ活というやつで、もちろん世間体はよくない。川本はその発覚を恐れて姿をくらましたというのが有力であり、上司たちもそうに違いないと結論を下したらしい。奈良の実家に連絡をして捜索願などの通り一遍の手続きは済ませ、ひとまず休職扱いにしたのが二週間前。このまま年度末までに現れなければ解雇とする予定だという。

「そんなに後ろめたいことなんですかね」
 遵法精神に欠ける質問をして、俺は運ばれてきた山菜の天ぷらを一つつまみつゆに潜らせる。社内での悪評を嫌ったというのは一理あるが、これまでの生活をすべて放棄してまで逃げるほどかと思ったのもまた事実だ。売る側と買う側双方が溢れかえっていることを鑑みると即逮捕というわけでもないだろうし、人間関係に亀裂が走るのなら転職という手もあったはずだ。

 無鉄砲な若者らしい疑問に対し、加瀬は珍しく肯定を表明した。
「オレもそう思ったんだよ。川本はちょっと神経質なところはあったけど突然全部投げ出すようなやつかってな。で、噂の真相を突き止めようと仕事の片手間に色々情報集めてみたんだよ。で、分かったのが――」
 そこでハイボールが二杯運ばれてきた。女の店員は空いた皿とグラスをてきぱきとした手つきで引き取り、一仕事終えるとカウンターの近くでスマホを触りだした。どうやら、インスタを確認しているらしい。

 琥珀色の液体に口をつけてから、話は再開される。
「先月、川本に似たやつが池袋のカフェから出てくるのを見たってやつがいたんだ。で、手がかりはないかその店に行ってきた。ここに来る前に」
 曰く、そこは「そういう目的」の男女が集まることで有名なカフェの一つだったようで、店内には年の離れたカップルが何組もいて妙な距離感でトークをしていたという。加瀬が同僚の顔写真を店員に見せて尋ねると、すぐに知っていると答えが返ってきたらしい。

「その店員も先月、川本そっくりの男に接客したらしい。多分同一人物だろうな」
「よく覚えていましたね」
 俺は人の顔を記憶するのが苦手なのだが、接客業の人間はそういうのに長けているのだろう。そんな推測は、すぐさま否定された。
「いや、普通は無理だ。ただ、その店員によると川本は異様――確か『珍しい方』とかオブラートに包んでたっけ――ともかく、普通ではなかったらしい」
 俺が頼んだポテトフライを齧った加瀬は、視線を落としながら言いにくそうにその続きを口にする。

「一人で話していたらしい」
 空いた店内で窓際の二人掛けの席を選んだ彼は、まずはコーヒーを二杯注文。その後、まるで向かいの席に誰か座っているかのように、虚空を見つめながらずっと話していたという。コーヒーカップの片方は向かいに置き、追加でパンケーキまで頼んで架空の人物の方へと勧めるその姿は、「本当に誰かいるのでは」と店員が混乱するほど真に迫ったものだったという。

「意味が分からないって思うだろ」
 こちらの表情を窺いながら、彼は白身魚の刺身をひと切れ自らの醤油皿に運ぶ。いつもはわさびを多めにつけるのだが、その日はどういうわけか目の前の緑色の塊には目もくれず醤油のみで食べていた。
「オレも最初はそうだった。仕事のストレスで気でも触れたんだろうってな。そいつと同じ席でコーヒーを飲んでる最中も、パンケーキを食べてもまだその気持ちは変わらなかった。でもな」
 醤油でべちょべちょになった切り身を咀嚼し終えてからの彼の言葉は、どこか哀愁漂う調子へと変化していた。

「会計を終えて店を出るときにさ、ふと思ったんだよな。『誰かオレを助けてくれ』って。別に現状に大きな不満を抱えているわけでもないし、孤独に飽いているわけでもない。それでも、自分はここに居てはいけない。どこか別の場所に落ち着くべきだって囁きが耳から離れない。
 それからはずっと、コンビニに入っても本屋で雑誌を物色しているときにも、その妙な感覚が影のようにつきまとってくるんだ。お前と話している、今この時もそうだ。『ここじゃない』って」

 おそらく、俺はそこで何か声をかけるべきだった。単に疲れているのではと心配してもいいし、五月病との類似性を指摘するのも悪くない。川本の呪いだろと一笑に付すことだってできたはずだ。思慮深い発言ではなく、その場しのぎの嘘でいい。だってそれが本来求められている役割だったのだから。
 しかし、その時はあまりの不気味さに何も言えず、ただ黙ってテーブルの上に中途半端に残った料理を見つめることしかできなかった。加瀬も口をつぐんだまましばらく手を箸とグラスに交互に伸ばすばかりだったが、やがて話題を最近のAI技術へと移した。いつにも増して面白くない話を展開している彼の面長の顔を直視するのはどうにも躊躇われた。


 年が明け、俺が卒論を提出したころ、彼との連絡は途絶えた。行方は分からない。きっとどこにも存在しなかったのだろうと思う。笛吹き男も老いた親を捨てる人間も彼の近くにはいなかった。薬では治らない鬱々とした気持ちを解消するのは、彼ら自身をおいて他になかったというだけだ。
 先週、市ヶ谷でポートレート撮影をしている大学生たちを見かけた。それからずっと、俺はどこか遠くへ行きたくて仕方ない。

 

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