短編 午前一時のデカダンス

 二月下旬から三月にかけては、概して一年の中でもっとも憂鬱な時期だ。冷たい夜風を頬に受けることで、私はその厳然たる事実を再確認させられる。未だ冬の寒さは残り続けているというのに、世間の目はその過酷さを置き去りにして既に暖かな春へと向けられている。

 だいたい、春だって苦手だ。新学期、新生活などと新しさを褒め称え、あたかも全員が王道楽土に存在を許されているかのように、リセットボタンを押せば幸福になれるかのように振舞うことを求められることに腹が立って仕方がない。私はそんな楽観的な潮流にこれっぽっちもベットできない。真綿で首を絞めつけられるような人生は、今日も明日も変わらず続いていくのだから。

 脳内で構築したその陳腐な言葉の山に、私は精一杯の侮蔑を送った。小説の書き出しにしてはインパクトもなく、小難しい思索に見えてその実大したことは述べていない。軽薄な文章、そして軽薄な人生! 自虐を笑いへと変換しながら、まだアルコールが抜けきっていない身体で目の前の横断歩道を渡る。

 ポケットから二世代ほど使ってきたスマホを取り出してみると、明るい画面には好きな映画をモチーフにした壁紙とともに現在の時刻が表示される。もうすぐ午前一時。曜日は土曜へと切り替わっているらしい。待望の休日を迎えたはずなのに、何故だかあまり喜べなかった。

 それもこれも、昨日の飲み会のせいだ。横並びで歩く大学生の一団を避けながら、そう結論付けようとする。薄いハイボールに冷凍食品であることを隠そうともしないつまみのセットも精神を削ってきたが、何よりも直属の上司への対応によってメンタルヘルス面での問題が生じた。普段はコンプライアンスを連呼している丸眼鏡の中年男性だが、酒の席では無礼講だと言わんばかりに度々こちらの肩に触りながら自画自賛を繰り返してきて吐き気がした。何が悲しくて安くない額を支払ってコンパニオン紛いのサビ残を引き受けなければならないのか。思い出すだけで気が滅入る。

 駅前を離れ、大通りをのろのろと進む。決して小さくない街ではあるが、終電で戻ってきたので人通りは少ない。ここから家まで十五分。四年前、両親の忠告を無視して防犯設備の乏しい代わりに割安なアパートを選んだが、住めば都とはよく言ったものだ。八畳の居間とキッチンに、バストイレ別の水回り、それに夜間でも比較的快適なネット回線さえあれば生存権は保証されていると言って差し支えない。どうせ誰も家に来ないし、家具も必要最低限しか置いていない。別に丁寧な暮らしを志向しているわけではなく、他にリソースを割きたいのだ。

 他に、ね。そう口にした瞬間、思わず乾いた笑いがこみあげてきた。それが怠惰さを糊塗するための口実であることは分かりきっているのに、それでも縋ってしまう自分が滑稽でおかしかった。こうして、曇り空を見上げながら笑みを浮かべるスーツ姿の女という構図が誕生した。普段は人目を気にしがちな私だが、今はただ上を向いていたかった。下を向いてしまった瞬間、醜い自分を主観的に捉えてしまうから。

 少しだけ胸がすいたところで、再びヒールを履いた足を動かしだす。時折車のライトの眩しさに目を細めながら進み、右折して大通りから離れる。そして家へと続く坂道に差し掛かったところで、ふと身体が左に向いた。このまま直進して帰宅し、あとは最低限の更衣を済ませれば眠りにつける。そうすれば昼前には目覚めるし、安酒による酩酊感もある程度は解消されているだろう。頭ではそう理解しているが、どうやら他の私は寄り道を楽しみたいらしい。こうなればもう、なるようになれ。投げやりな気持ちで左折し、そのまま夜道を突き進む。

 住宅街から少し離れ、ある程度の安全を保障してくれる街灯の数も減ってきたところで、左手に公園を発見した。決して大きくはないが、少なくとも滑り台とジャングルジム、そして砂場が設置されているのが確認できる。これだけあれば、都会の公園にしては上出来だ。適当にそう批評したところで、私は手近な入口からその中に進入を試みた。

 公園というのは不思議な場所だ。子供向けの遊具ばかり置いてあるのに、なぜか大人にとっても憩いの場としての機能を果たしている。社会から隔絶された空間に見えて、内部では普段顔を合わせない人間たちが密接に関係しすることを求められる。以前、都市における公園の役割について何かの本で読んだ記憶があるが、詳細は思い出せない。一般論として、大学を出て以降も定着している知識は極めて少ない。

 学術的な話はともかく、今の私にとってはこの場所がとても落ち着く。煩わしい業務もセクハラ上司もいないし、なにより将来についての漠然とした不安が少し薄らぐ。肩にかけていた鞄をベンチに置いて腰を下ろすと、途端にどっと疲れが押し寄せてきた。あまり長居をするつもりはなかったが、少しだけ時間を潰すのも悪くない。日常への回帰を拒もうと木製の座面に横たわろうとしたところで、砂場の向こうに人影が見えた。

 向かいのベンチに座っているのは女性だった。ピンクと黒を基調としたフリル付きのワンピースに、白ソックスと黒の厚底ローファーの服装は、所謂量産型ファッションというやつだろうか。豊かな黒髪を肩まで垂らした彼女は何かのロング缶にストローを挿して中の液体を吸い上げながら、もう片方の手でスマホを弄っている。その顔は可愛い系の方向に整ってはいるが、同時にやや大人びた雰囲気も漂わせており彼女の年齢を分かりづらくしていた。

 どうやら、私が見落としていただけで先客がいたらしい。その事実を前に僅かに逡巡したものの、気を取り直して身を横たえる。こんな時間に辺鄙な場所にいる人間に興味を抱いたものの、向こうだって干渉されたくないだろう。深夜の公園なんて社会不適合者の楽園に決まっている。自らもまたその一員であることを自覚しながら、私は目を瞑る。しばらくの間、しんと静まり返った周囲に溶け込んでいたが、やがて砂を踏みしめるノイズがそれに混じってきた。

「お姉さん、ここで寝ると風邪ひくよ」
 こちらが目を開ききっていないうちに透き通った声で話しかけてきたのは、向かいに座っていた女だった。手の届く距離まで近付いてきた彼女は薄明りに照らされたその大きな目でこちらを見据えながら、右手に持った酎ハイのストローを咥える。
 お姉さん、ねえ。少なくとも二十歳は超えていると思われる彼女の長い睫毛をぼうっと見つめていた私は、そのレンズをやや引きながらぶっきらぼうに返した。

「そっちこそ、こんなところで油売っていないで早く帰ったら?」
 私の質問に対し、向こうはストローからその薄い唇を外してから少し考え込みながら返答を生成する。
「アタシは……創作活動中? だから」
「こんな場所で?」
 どうして疑問形で答えてきたんだと思ったが、突っ込むのは野暮のように思われた。彼女は左手を開きながら、ご丁寧にも説明を続けてくれる。
「創作に場所は関係ないと思うよ。今のアタシの場合、何かを彫ったり音楽を奏でたりするわけじゃなくて、生き様自体が一つの作品って感じだし。あ、いつもは絵を描いてるんだけどね」

 何か哲学的な言葉を連ねられても反応に困ってしまう。とりあえずへえと相槌を打ちながら、この妙な状況をどうしようかと回らない頭で考えようとしていると、今度は向こうから質問してきた。
「お姉さんも、何かそういうのやってるの?」
 そういうの、が創作活動を指しているのはすぐに分かった。しかし、その推論を導くまでの過程があまりにも謎だったので、思わず聞き返してしまう。
「どうしてそう思ったの?」
「アタシの最初の答えに対しての反応が、活動そのものには疑問を持っていなさそうだったから。あと、なんとなくそういう雰囲気あるし。なに、簡単な推理ですよ」
 少しおどけた調子でそう締める彼女。二つ目はただの憶測というか偏見だと思うが、一応合ってはいる。それに、目の前の女性に隠し立てをする気にはどうにもなれなかった。

「……まあ、たまに文章を書いたりは」
 目を逸らしながらぼそぼそとカミングアウトすると、案の定彼女は嬉々として食いついてきた。
「やっぱり! どんなの書いてるの?」
「そこはその、浅く広くというか……」
 脊髄反射でそう答えながら、私はこれまで生成してきた原稿たちを脳内の引き出しから取り出す。ジャンルも文体も雑多で、日本語で書かれたつまらない文章という以外は共通するところはなかった。筆を執るまでは宝石の山のように思えたアイデアたちも、私の手にかかれば燃えないゴミと化してしまう。なまじスタートは魅力的だっただけに、生みの親としては焼却できないのだ。

「折角だし、なにか読ませてよ」
思考の舵をネガティブな方へと切っている私をよそに、量産型芸術家志望お節介ガールはなおもこちらの領域を土足で踏み荒らしてきた。
「嫌だ」
 きっぱりとそう口にはしたものの、内心は僅かに揺れ動くものがあった。これまで自分の取るに足らない作品を呼んでくれる人間なんて、投稿サイトを徘徊するbotくらいしかいなかった。そこに一人の読者が現れたのだ。いかに彼女がエキセントリックな人物であろうと、自分の作品に触れてほしいという承認欲求とは似て非なるものをどうしても抱いてしまう。

「お願い、ちゃんと感想は伝えるからさ。お姉さんの文章読んでみたいの」
 缶を地べたに置き、両手を合わせて頼み込んでくる。そこまでされると、意志の弱い私としては断りにくい。
「……この前書いた短編でよかったら」
 結果、陥落と相成った。


 近くのコンビニに入店してすぐにレジ前の揚げ物の棚へ視線を向けたが、すべて売り切れていた。深夜だし当然ではあるが、口内に油分を欲していた私は少し落胆しながらアルコールの棚へ向かい、酒を二本選ぶ。一本は自分用、そしてもう一本は、彼女のためだ。

「スマホで読むから」と彼女にせがまれてLINEを交換し、トーク画面に『マヨイ』というアカウントが表示されたのが今から十分ほど前。どうやら、それが彼女の下の名前らしかった。簡単に個人情報を渡してきたのもどうかと思ったが、こちらも苗字をアカウント名に設定してあるので人のことを言えない。風景画をアイコンにした新しい友だちとやらに作品のファイルを送信すると、彼女はひび一つ入っていないスマホの画面ですぐに読みはじめた。

「……場所移した方がよくない?」
「ここでいいよ。そんなに長くなさそうだし」
 先ほどから冷たい風が吹いていた。マヨイの寒そうな服装を慮ったつもりだったが、当の本人はそんなの慣れっこと言わんばかりにスマホから目を離さずにそう返してきた。

 確かに、二万字足らずのその文章は、読書になれた人間であれば三十分とかからず読破できるだろう。画面をスワイプするその指先を見つめながらそう納得したものの、一分も経たないうちに今度はこちらがこの場を離れたくなってきた。相手の勢いに圧されていたので深く考えていなかったが、冷静になると目の前で自分の作品が読まれるのはすごく恥ずかしいし、気まずい。

 飲み物を買ってくるという口実で公園を離れてきた私は、無人のレジに二本の缶を置いてから店員を呼ぶ。やや間を置いて頭を掻きながらやってきた小太りの男店員は、面倒そうな表情を顔に貼りつけたまま手早くレジ打ちをしていく。袋はいりません、とこちらも型通りのフレーズを先行入力して手間を省き、電子マネーの決済画面を開く。丸っこい手に握られたバーコードリーダーがそれを読み取るのをぼんやりと見つめながら、私はマヨイのことを考えていた。
 
 今頃半分ほど読み終えたところだろう。序盤の冗長な説明シーンに欠伸が止まらなくなったりしていないだろうか。登場人物の回りくどい会話に飽いて帰ったりしていないだろうか。今更のように不安のウィンドウがいくつもポップアップしてくる。これは出会って一時間も経っていない彼女を疑っているわけではない。たとえ十年来の親友であったとしても、今私が抱いている気持ちは変わらないだろう。
 単純に、私は自らを信用していないのだから。


 冷えた酎ハイとハイボールを持ち、袋をもらわなかったことを後悔しながら公園に戻ると、マヨイはまだそこにいた。その小さな顔の前にロング缶を差し出すと、彼女は受け取ってすぐに脇に置き直した。
「もう少し待ってね。いま主人公たちが家に帰ろうとしているところだから」
 どうやら、もうすぐ読み終わるらしい。私は立ったままハイボールの缶を開け、中の液体をぐいっと流しこむ。値段相応の不味さではあるが、数時間前のセクハラ酒席のそれよりは幾分かましだと思える。

 私の書いた作品のあらすじはこうだ。
 マヤ文明かなにかの暦を基に提唱された2012年人類滅亡説を、ある町では比較的多数の人々が信じていた。そこに暮らす中学一年生の主人公の少年はその狂騒を冷ややかな目で捉えていたが、終業式の日に同じクラスの女子から明日どこかに出かけないかと誘われる。翌日、つまり滅亡の日に待ち合わせをした二人は、そこから自転車で町をぐるぐると回ることになる。
 さして仲良くもない自分をどうして誘ったのかと疑問に思いながらも一日中遊んだ主人公は、そのまま家に帰らず日付が変わるまで彼女と過ごす。予言が嘘であったことを確認して帰宅した彼は、始業式の日になって彼女が忽然と姿を消したことを知り、物語は終わる。

 山も谷もない構成ではあるが、プロットの段階ではその空気感が魅力的に思えていた。半信半疑でその都市伝説を聞いていた当時を思い出していくうちに筆が乗ってきたし、二人の間の微妙な距離感に文学的可能性なる謎の概念を見出したりもした。そうして完成したこの作品は、投稿後数週間が経過してもpvが一桁のまま埋もれてコンテストにはかすりもしなかったのだった。

 苦い記憶を呼び起こしながら、目の前の読者に視線を送る。どうやら最後まで到達したようで、スクロールする人差し指は止まっていた。それから少しして、顔をあげた彼女はおもむろに酎ハイ缶のプルタブを空けた。ごくごく、と彼女の喉が美味そうな音を鳴らすのをそのまま見つめていると、やがてアルコールの補給を終えたマヨイは率直な感想を述べてくれた。

「あんまり面白くなかった、ごめん」
 予想はしていたが、いざ面と向かって言われるとかなり堪える。おそらくは暗い表情を浮かべているであろうこちらの顔を見つめながら、しかし歯に衣着せぬ物言いは続く。
「アイデアは悪くないと思うんだけど、文章は長ったらしいわりに中身がないし退屈だよね。あと、会話がちょっと不自然かも。生きてる人間はこんな話し方しないよなって思っちゃった」
 こちらとしても心当たりしかない。反駁できないでいる私に対し、止めとばかりに鋭い一言が発せられる。
「なんというか、『小説』を書こうとして色々無理してる感じがしたな」

 
 私が平静を取り戻すまで少し時間を要した。否、取り戻せてなどいない。それでも、最低限の礼儀としてわざわざ読んでくれたマヨイにお礼を言わなくてはならない。力の入らない唇を動かして弱々しい声を発そうとしたが、代わりに出てきたのはみっともない言い訳だった。
「――しょうがないじゃん。小説の書き方なんて、どんなに勉強しても分からないんだし」
 小説だけでなく、ハウツー本にも目を通してきた。創作講座なる授業も受けたし、ネットで添削を依頼したことだってある。それで身に付いたものと言えば、自分には創作の才能がないという諦観だけだ。

「自分で読み返しても思うんだよ。無理やり小説の枠に押し込もうとして、物語をうまく構築できてないなって。面白さなんて二の次で、とにかく破綻しないように単調な文章を並べているだけだって。意識すればするほど、『小説』からは離れていくのにね」 
 なんだ、原因なんて当の昔に分かりきっていたじゃないか。頭の中のもう一人の私が口元に皮肉めいた笑みを浮かべながら低い声でそう言う。理解しているのに矯正できない致命的な欠点を抱えている以上、私に残された道は一つしかない。

「指摘されてスッキリした。もう書くのやめる」
 癇癪を起した子供のような口調になってしまったが、仕方ない。これ以上目の前にゴミ山を積み上げるのは書き手としても苦痛なのだから。
 ふうと大きく息を吐くと、代わりにひんやりとした空気が肺を膨らませる。その冷気で鈍った脳の働きが少しマシになったのを感じながら、マヨイにありがとうとお礼を言う。引導を渡してくれたのはほかでもない彼女なのだから、感謝するのが当然だ。そのまま立ち去ろうと足を一歩踏み出しかけたところで、目の前の女性は何故か顔をしかめながら口を開いた。

「ナグモ」
 私の苗字を口にしながら、彼女ははっきりとした声で続ける。
「ナグモって、小説家になりたいの?」
 小説家。近いようで遠かったその職業の名前を噛みしめるようにしながら私は返す。
「なりたかったよ」
 嘘はついていない。初めてその職業を志したのは中一の頃。夏休みの宿題だった読書感想文が県のコンクールで入賞し、国語の先生に褒められたときだった。今度は物語の紡ぎ手として書いていきたい。そんな抽象的な願望を抱いたまま十年以上書き続けてきたのが、この私だ。
 
 それなのに、マヨイは納得がいかないといったふうにこちらにさらに詰め寄り、語気を強める。
「勝手に過去形にしないで。アタシが聞いているのは今の話。なりたいの、なりたくないの、どっち」
 その黒い瞳が私をじっと捉えている。得体のしれない迫力に屈するように、私は本心を吐露してしまった。
「なりたいよ。なりたいけど、どんなに頑張ってもなれっこなくて、ただ苦しいだけだからここで一切合切諦めようとしてるの」
「じゃあ目指し続ければいいじゃん」
 その言葉とともに、桃色のフリルが灯りの下で揺れる。こちらの言葉が理解できていないのか、あるいは挑発しているのか。余裕のない現在の私には、後者としか考えられない。


「だから私には才能がないんだって! 何度も言わせないでよ! 夢見がちなワナビだってバカにしてるんだろうけど――」
「バカにしてない。アタシはただ、ここであっさり辞めたら、ナグモはきっと後悔すると思ってるだけ」
 つい声のボリュームが大きくなってきた私に対し、マヨイはその透明感のある声を抑えたまま返してくる。その余裕綽々と言った態度が気に障るのだが、どうせ言っても伝わらないのだろう。

「だいたい、マヨイには関係ないでしょ! ついさっき出会ったばっかのアンタに指図される覚えはないから!」
「関係あるよ。アタシも描いてるから」
 そこで初めて、彼女の声が強いものへと変化した。怒りでも同情でもない何かを込めたまま、その小さな口は言葉を発し続ける。
「書くのと描くのは少し違うかもだけど、何かを創るって点では同じでしょ。同じ立場の人間として応援しようとしてるんだよ」
 
 嘘だ。少なくとも彼女には目標へと進み続ける一貫性がある。小説家志望を掲げながらも、半ば諦めて日常を惰性で過ごしてきた私とは決定的に異なる存在だ。その整った顔を睨みつけながら歯を食いしばっていると、ワンピースの女もこちらをじっと見つめながら、やや小さな声で付け加えてきた。
「……それに、小説好きなんでしょ」
「……え?」
 違う、と否定することもできず戸惑っているこちらに対し、彼女は微笑を浮かべる。

「読めばわかるよ。書いてるときは楽しかったんでしょ。だったら、続けたほうがいいよ。絶対」
「……下手くそでも?」
「うん、勿論。少なくともアタシは絵が下手って言われても続けるけど」
 ああ、強いな。その光をたたえた瞳を見つめながら、私は尊敬の念を覚えた。きっと世界中の人から酷評されたとしても、彼女は絵を描き続けるしそのファッションを貫き通す気がする。そう予感させるほど、マヨイの姿は眩しかった。


 それからしばらくの間二人で何かを話したが、内容はよく覚えていない。好きな映画の話をした気もするし、身の回りの人間関係についてちょっとした愚痴を言い合った気もする。ただ一つ言えるのは、その前の時点で私にとって重要な会話は終わり、あとは旧友のようにただ駄弁っていただけということだ。

「アタシ、毎週この時間はここにいると思うし、他の日にデートのお誘いならラインで連絡してね」
 本気か冗談か分からない口調でそう言ってから、今度はこちらに釘を刺すようにはっきりと言葉を述べてくる。
「また小説書いたら読ませてね。ナグモの作品、実はそんなに嫌いじゃないよ」

 ずいぶんと偉そうなファン一号だ。思わず苦笑いを浮かべながら、私の方からもお願いする。
「その時はマヨイの絵も見せてよ。写真でいいからさ」
 彼女が頷いたのを確認してから、右手を小さく挙げてお別れの挨拶をする。
「じゃあね」
それは『さよなら』ではなく、『また今度』の意味であることはお互い理解しているはずだ。最後にもう一度だけ彼女の可愛らしい服装を拝んでから、私はゆっくりと公園を後にした。

 家へと続く坂道を上りながら、帰ってからの予定について考える。夜更かしをしすぎたし、布団に転がった瞬間きっと昼まで眠ってしまうに違いない。もしかすると、二日酔いで頭痛に襲われているかもしれない。
 それでも、私はきっと何かを書くだろう。数時間前の自分なら絶対に抱かなかったはずの確信を胸に、私は冷たい空気を切り裂くように小走りでアートの入口へと向かう。


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