行政手続きから紙とハンコを撤廃できるか(3)

行政機関には動機がない

デジタル技術で社会・経済を根っこから変革していかなければ、労働生産性は向上しないし「一億総活躍」も「働き方改革」は掛け声で終わる。20世紀型のヒエラルキーとルール、プロセスに縛られた現状を放置すれば、世界の潮流に遅れを取る。

それは衆目の一致するところであって、民間企業は嫌も応もないのだが、行政機関は自主的に変革を推進する動機がない。行政サービスも職員の給与も税金で賄われるし、無謬原則があるためだ。

しかしそれでは民間が立ち行かなくなる。何ごとにつけ避けて通ることができない行政手続きが、デジタル化で加速したビジネスとの間でスピードのギャップを生み、国際的な競争力を損なうかもしれない。一方、政治状況を見ると、来年10月の消費増税のあと安倍政権の支持率が低下し、一気にレイムダック化しないとも限らない。平井大臣の胸中を推測するに、「やるなら今しかない」といったところだろう。

振り返ると、電子政府構築プロジェクトが始まったのは2000年、森喜郎首相(当時)の「イット革命」がきっかけだった。小泉内閣の「e-Japan戦略」でブロードバンド・インターネット網の構築、電子カルテ、電子商取引(EC)、電子投票、行政サービスの電子化などが示された。

目標として掲げられた「5年以内に世界最先端のIT国家」の評価はともかく、電子政府の基盤とされた住基ネット/住基カードが行き詰まり、マイナンバーカードの利用も伸び伸び悩んでいる。「イット革命」から足掛け20年、IT戦略本部がようやく行政手続きの簡素化・デジタル化に踏み込んだかたちだ。

「念のため」の無駄

北との関係で国民に住民登録番号証明書の常時携帯が義務付けている韓国、地図上の国がなくなっても国として国民同胞に均一・平等な行政サービスを提供することを目指すエストニア、貿易の十字路として国際的地位をより高めることを目標とするシンガポールなどがデジガバで先行しているのは理解できる。

米国がデジガバに毎年900億ドル(ざっくり10兆円)を投入しているのは、ビッグデータ、AI、次世代通信技術、暗号・セキュリティなどの分野で世界を牛耳る(覇権といってもいいが)ためだ。

2001年度から累積すれば、日本も電子政府に10兆円以上は投入しているだろうし、IT技術力が諸外国より劣っているとは思えない。にもかかわらず電子政府が進展しない要因として、国民のITリテラシー(活用能力)、ITに対する経営者の無理解・無関心、アナログ利権などが指摘される。

それともう一つ、行政機関そのものが制度改革の障害になっているのだ。

例えば、役所は「何かあったとき」を考えることが常態化し、「念のため」に紙(書類)の提出を求めることになる。デジタル化が進むと仕事がなくなると考える職員、「おカミ」の権威という旧弊、紙とハンコこそが正統な行政手続きという思考も阻害要因だ。

ことIT化・デジタル化に関してだが、中央官庁のうち警察、法務、外務、財務など3文字省庁は保守的、経済産業、文部科学、厚生労働、国土交通、農林水産など4文字省庁は改革的な傾向がある。その壁を突破できなければ、「またか」ということになりかねない。

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