【弁護士・佃克彦の事件ファイル】赤坂警察署裏ガネ事件_Part1
それはスクープ記事から始まった
フリージャーナリストの寺澤有氏は、さる良心派の警察筋から、警視庁赤坂警察署の作成した「参考人呼出簿」なる文書を入手しました。
この呼出簿は、警察が参考人として呼び出した人たちに旅費や日当を支給した記録であり、そこには「いつ、誰を、何の件で呼び出し、いくら支給したか」が記載されています。ところが、入手したその呼出簿に参考人として出頭したとされている人たちを寺澤氏が調べてみると、そのほとんどが実在しない人でした。たとえば、呼出簿記載の連絡先には住民登録も電話登録もなかったり、実在しない住所が記載されていたり、中には浦和の市立図書館が住所になっている人もありました。また、実在する人も僅かながらいたのですが、調べてみるとその人たちには実際には日当が支給されていませんでした。
つまりこの呼出簿は、旅費日当のカラ支給の事実の動かぬ証拠だったのです。寺澤氏はこの事件を月刊誌「噂の真相」1996年6月号でスクープしました。
もう一人のジャーナリストが立ち上がった
「噂の真相」のこのスクープは、今井亮一氏という社会派のフリージャーナリストの目に止まりました。今井氏は赤坂警察署のこの旅費日当のカラ支給事件に義憤を覚え、1996年5月13日、東京都の監査委員に対し、住民監査請求を起こしました。
住民監査請求と住民訴訟
住民監査請求とは、自分の住んでいる自治体による公金のムダ遣いや違法支出の証拠を見つけた場合に、その自治体の監査委員に対して監査を求め、そのムダ遣いや違法支出の是正を請求することができる制度です。これは、地方自治法242条で認められている住民の権利です。今井氏は東京都民であるため、警視庁のカラ支給の監査を都の監査委員に求めることができるわけです。
ところで、せっかく監査請求をしても、たとえばその自治体の住民でない人による請求であったり、何の監査を求めているのか趣旨の分からない請求であるなど、請求が法律の形式的要件をみたしていない場合には、その監査請求は「却下」として門前払いを受けます。
しかし、きちんと法律の形式的要件をみたしているかぎり中身に立ち入った審査がなされ、監査委員は、違法やムダ遣いがあったと判断すれば勧告などをし、違法やムダ遣いがなかったと判断すればその請求を「棄却」します。
そしてもし監査委員による請求「棄却」の判断に不服があれば、その住民は裁判所に訴訟を提起してその審査と是正を求めることができます。つまり、監査委員の判断をあてにできないときには最終的に司法の場で決着をつけることができるのです。この裁判が住民訴訟であり、これは地方自治法242条の2に定められています。
しかし、監査の結果が門前払い「却下」の場合には、きちんと形式的に整った監査請求をしない住民の方が悪いということで住民訴訟が認められないのが原則です。ただ、その「却下」が違法な場合、つまり、本来門前払いすべきでないのに門前払いしたものである場合には、門前払いをした監査委員の方が悪いということで住民訴訟が認められます。
今井さんの請求が「却下」?!
今井氏は東京都の住民ですし、きちんと分かりやすい日本語で監査を求める趣旨を明確にして監査請求をしたので、本来門前払いになるはずはありません。しかし都の監査委員は、今井氏の監査請求を「却下」、つまり門前払いにしました。なぜそのようなことになったのか? 監査委員は次のような驚きの理屈で今井氏の監査請求を門前払いにしたのです。
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この監査をするには、名簿に載っている参考人の所在を調べ、日当を受け取ったか否かについて直接調査をしなければならない。
しかしその参考人は、覚せい剤取締法違反や銃刀法違反などの犯罪に関わっている可能性があり、その人の生命・身体・財産・社会的地位を守るために、その人の秘密を守る必要がある。
もし参考人に対して調査をすると、この参考人の秘密が害されるおそれがある。そうだとするとこの監査をするのは不適当だから「却下」する。
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これに対して反論をしていると長くなるのですが、そもそも門前払いは、外形的形式的に審査できる部分についてのみ認められるものであり、「秘密が害されるおそれがある」というような実質的なことに立ち入るのであれば、それはすでに「門の中」に入れていることになります。これはもはや「門前払い」が許される領域ではありません。
また、現実に赤坂署に出頭した参考人についていえば、その人はすでに赤坂署に出頭したことで「参考人」として呼ばれたことを家族などには知られているはずであり、その後に監査委員が日当の件で調査をしたところで、その人の「秘密」が害されることはありません。もし何らかの「秘密が害されるおそれ」などというものを気にするのであれば、調査の方法を工夫すれば済む話です。
それにそもそも、日当の受け取りの有無を調査することで、どのような「秘密」が害されるというのでしょうか。参考人は犯罪に「関わっている」というけれども、その関わりの中身は多種多様であり、単なる目撃者もいれば通報者もいます。また犯罪といっても、監査委員のいうようなヤクザっぽい犯罪ばかりでなく、名簿中の参考人の中には医療法違反事件とか医師法違反事件について出頭したことになっている人もいるのであり、その参考人だからといって生命・身体・財産・社会的地位に危険が生じるとは思えません。
監査委員は「秘密」という漠然とした言葉で単純に門前払いにしていますが、委員のいう「秘密」は具体性に欠けています。さらにいえば、今井氏の請求の大部分は、「存在しない人に対して日当が支払われている」というものであり、その人が存在するか否かを調べたとしても、その人の「秘密」が害される訳がありません。
反論を言い出せばキリがないのでこのくらいでやめますが、監査委員のこの無茶苦茶な理屈は、何がなんでも門前払い「却下」にしたかったとしか考えられません。監査請求を退けるにあたり、「棄却」にすれば住民訴訟を起こされてしまうので、門前払い「却下」にすることでその道をふさぎたかったのだろうと考えるのは邪推でしょうか。
こんなことで引き下がれるか!」と住民訴訟
監査委員のこのような理屈に今井氏が引き下がるはずはなく、今井氏は住民訴訟を起こすことにしました。
ここから私たち弁護士も手伝いをすることになりました。この件に関わった弁護士はいずれも、「東京市民オンブズマン」のメンバーで、ヒラ会員の私佃克彦を除けば、堀敏明(現代表)、清水勉(前代表)、谷合周三(現事務局長)という豪華な(?)顔ぶれです。
住民訴訟で今井氏は、赤坂署の署長たちに対して、不正に流用したお金(確認できたものだけで42万7000円)を東京都に返せ、との請求をしました。