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【弁護士・佃克彦の事件ファイル】政務調査費返還請求事件_Part1

「政務調査費」とは?


「政務調査費」とは、地方議会議員が調査研究をするための費用として自治体から議員に支給されるお金です。このようなお金を議員に支給することは地方自治法上認められており、全国の自治体が条例を制定して議員に政務調査費を支給しています。
 
この政務調査費が本当に議員の「調査研究」のために使われているのであれば何も問題ありません。しかしこのお金が議員の飲み食いや遊びに使われていたとしたらどうでしょうか?それは、「調査研究」を装った公費の私消であり、もしそのようなことを議員がしていたとしたら、その自治体の住民としては黙っていられません。そのようなムダ使いは正す必要があります。

私たち市民が自治体のムダ使いを正したい場合、赤坂署事件で説明した住民監査請求・住民訴訟の制度の出番となります。

…というわけで今回は、「政務調査費」のムダ使いを裁判で争った事件を報告しましょう。

品川区民オンブズマンの会による監査請求


市民オンブズマン活動は全国的な動きとなっていますが、東京都品川区にも「品川区民オンブズマンの会」というオンブズマン団体があります。その名から分かる通り、品川区の不正を監視してこれを正す市民団体です。

この市民オンブズマンのメンバーは、品川区議会議員が政務調査費について正しい使い方をしているかをチェックしようと思い立ちました。そして、政務調査費として使ったお金の領収書を区に情報公開請求し、その結果開示された膨大な領収書の内容を分析しました。

するとその領収書の中に飲食店の領収書が沢山入っていることが明らかになりました。特に自民党の会派の飲食の度合いが甚だしく、焼き肉・鮨・しゃぶしゃぶ・中華料理・バー・ライブハウスなどなど、およそ調査研究とはほど遠い店の領収書がずらりと並んでいました。「これは政務調査活動ではない。ただの飲食遊興だ。」オンブズマンのメンバーはこれらの領収書を問題視しました。
 
そこでオンブズマンのメンバーは、2002年7月、品川区議会内の自民党の会派である「自由民主党品川区議団」につき、「政務調査費を調査研究ではなく日常的な飲み食いと遊興に使っている。飲み食いと遊興に使ったお金は返すべきだ。」と主張し、品川区監査委員に対して監査請求をしました。

この時には私はまだこの事件に参加しておらず、品川区内に事務所を持つ千葉恒久弁護士と楠本快行弁護士がオンブズマンのメンバーを代理して監査請求をしました。

監査請求は却下?!


しかしオンブズマンの監査請求は、その翌月の8月に、「不適法である」として「却下」されました。
 
赤坂署事件のレポートでもお伝えしましたが、監査請求の「却下」とは、たとえばその自治体の住民でない人による請求であったり、何の監査を求めているのか趣旨が分からない請求であるなど、請求が法律の形式的要件をみたしていない場合に、請求の中身を審査することなく門前払いとしてなされるものです。

もとよりオンブズマンの監査請求はきちんと法的に整ったものであり、「却下」にされるいわれはありません。赤坂署事件でも監査委員(このときは東京都の監査委員でした)は今井氏の適法な監査請求を無理やり不適法却下にしましたが、今回の品川区の監査委員もこれと同じことをしてきたわけです。

しかもその理由は、こちらの件でもまたおかしなものでした。いわく、

「請求人の主張する違法性・不当性は請求人の主観を述べたものにすぎない」

から却下だ、というのです。

しかし、およそ人間の知的活動は「主観を述べたもの」なのですから、監査請求が「主観を述べたもの」であることは当たり前のことです。それを「主観を述べたものだから却下だ」というのであれば、およそいかなる監査請求も不適法却下となり、監査の俎上に乗ることができなくなってしまいます。

舞台は東京地裁の住民訴訟へ


監査委員のこのようなおかしな理屈にいつまでもかかずらう必要はありません。住民訴訟に舞台を移せば、裁判所はもちろんのこと、被告とても監査委員のこういう理屈に乗ったりはしませんから、とっとと住民訴訟を起こすのが一番です。
 
…というわけで、却下をされた2002年8月中に、オンブズマンの人たちは、自民党品川区議団の代表者を相手取って東京地裁に住民訴訟を提起しました。

請求は具体的には、自民党品川区議団が2001年度中に交付を受けた政務調査費のうち、飲食費として費消した208件の支出の合計約620万円の返還を求める、というものです。

訴訟の経過


この訴訟は、最初のうちは、「区議団の代表に被告適格があるか」という法技術的な論争に時間を取られましたが、徐々に請求の中身に関するやりとりに入っていきました。

私は、請求の中身に関するやりとりに入ってきた2003(平成15)年9月ころに、楠本弁護士と交替してオンブズマン側の代理人に就任しました。
 
しかし、請求の中身に関するやりとりをしたといっても、被告側は、焼肉・しゃぶしゃぶ・鮨などの個々の飲食店の支出について「何のためにその店に行き、何のためにそのお金を使ったのか。そしてそこでどのような調査研究をしたのか。」を述べることは一切しませんでした。“実態はただの飲食遊興だから中身については恥ずかしくて述べられない”というのが率直なところなのでしょう。
 
そして、こちら側が被告に対して「中身について認否をせよ」と言い、被告側が「認否の必要はない」と反論し…という膠着状態が続きました。
 
そうしているうちに裁判所から私たち原告側に対し、「本件では支出項目が208件と極めて多いが、原告の方で、請求の内容を絞ることは検討できないか?」という意向打診がなされました。208件すべてについてきちんと審理をしたら判決までに非常に時間がかかってしまうため、そのように審理が長期化する事態は原告としても望まないのではないか、と裁判所は考えたのだと思います。

これは言外に、「政務調査費の使い方に枠をはめるという先例を作ることを目指すなら、違法であることが確実な支出に絞って早く判決を獲得した方がいいのではないか?」ということを示唆しているものと私たちは受け止めました。
 
私たちは、心の中では、オンブズマンの人たちが領収書の山と格闘してようやく明らかにした208件の支出全てについて裁判所に審理をして欲しいと思いました。しかしこの1つ1つの支出の違法性の立証(つまり、しゃぶしゃぶも鮨も天ぷらもトンカツも全て調査研究とは関係なく飲み食いされただけだという実態の立証)をしていくと、確かに裁判所の示唆するとおり、審理の長期化が避けられません。そこで、清水の舞台から飛び降りる気持ちで、この訴訟で問題とする支出を、208件から一挙に8件(支出額合計約29万円)に絞りました。

絞った請求の中身


こうして、全208件、合計約620万円の支出の違法性を主張してスタートした訴訟は、一気に8件、合計約29万円ととてもスリムになりました。

しかし1件1件の中身は、おかしな支出ばかりです。

・ 銀座の老舗キャバレー「白いばら」の4万3000円
・ 六本木のパブ「HANAKO CLUB」(仮名)の10万円
・ 大井町のカラオケバーの5回合計約13万円
・ 銀座のライブハウスの1万8000円

自民党品川区議団の議員達は、キャバレー、パブ、カラオケバー、ライブハウスでどのような調査研究をしたのでしょうか。

これらの店については、オンブズマンのメンバーと千葉弁護士が現地にまで赴き、お店の様子を予め調査してありました。銀座の「白いばら」は元祖キャバレーの装いのようなお店ですし、「HANAKO CLUB」はミニスカートの女性が接客するようなお店で、また、カラオケバーとライブハウスに至っては、音がうるさくて話さえできないところでした。
 
かくして私たちは、2003年12月12日付けで訴訟の請求を、飲食遊興の実態が実に分かりやすい上記の8件に絞りました。そして裁判所も、こちらが請求を絞ったことを受け、被告側に対して、「次回までにこの8件について具体的な反論をするように」と釘を刺しました。
 
 次回は1審のその後の経過についてご報告いたします。

part2へ続く

佃法律事務所 弁護士 佃克彦
“正義の味方”にあこがれて弁護士になり、気がつけばもう30年。さまざまな事件に出合い、数多くの経験をしてきました。事案に応じて他の事務所の弁護士と連携し、フットワークは軽く、しかし強い信念を持って皆さんの人生やお仕事における前進のお手伝いを致します。お気軽にご相談下さい。

【住所】東京都港区西新橋1-20-3 虎ノ門法曹ビル403
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