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読むシナリオ 『エスパー』

〇 オフィス街の路上・昼

スーツに身を固めた女性・本宮が歩いていると
ふと、すれ違った男性のことが気になる。

時間を気にするも、踵を返し男性の後を追う。
交差点を渡り、雑居ビルに入ろうとしたところ
で男性を呼び止める。

本宮「あのー……」
男性「はい?」
本宮「えっと、時間がないので単刀直入に言い
   ます。あなた死のうとしてますよね?」
男性「 は?何言ってるんですか?」

行こうとする男性の進路を塞いで。

本宮「ごめんなさい、私、分かっちゃうんです。
   えっと (透視するように男性を見て) 内ポ
   ケットには遺書が入ってます。動機は…
   借金……4千万ですか……」

男性、顔色が変わるが、

男性「あなたには関係ないことです——」
本宮「(行こうとする男性を止めて) 自己破産すれ
   ばいいじゃないですか。4千万ぐらいで…」
男性「ちょっといい加減にして下さい!僕は死の
   うとなんて——」
本宮「してますよね?」
男性「…………」
本宮「このビルの屋上は鍵がかかっていない。
   フェンスもそんなに高くない。鞄の上に
   遺書を置いて、あれ、飛び降り自殺って
   靴脱ぐんだっけ?と考えている」
男性「(図星)だったら何だって言うんですか。
   4千万ぐらいって、自己破産って、簡単に
   言わないで下さいよ。私には……」
本宮「(早口に) 家族がいて、娘さんは私立の名門
   高校に受かって、これからお金がかかる、
   自己破産したらマイホームも手放さなけれ
   ばいけない。これまで築き上げた生活が無
   茶苦茶になる。ごめんなさい、時間がない
   ので——」
男性「……そこまで分かってるんだったら、止め
   ないで下さい」

行こうとする男性の前に、なおも回り込んで

本宮「違うんです、そんなの意味ないん
   ですよ!」
男性「あなたに何が分かるんですか!」
本宮「全部分かります。分かりたくないけど、分
   かっちゃうんです!——あなたは生命保険
   に入った。死亡保障は1億円。自分が死ねば
   借金も返せて、家族が生活に困らないどこ
   ろか、当分いい暮らしができるぐらいのお
   金を残せる」
男性「それの何がいけないんですか」
本宮「あなたが死んでも、ご家族は苦しむだけ
   です」
男性「……(分かってる)」
本宮「あなたは1つ、大事なことを見落として
   います」

本宮、鞄からパンフレットを出して

本宮「ここ、よく読んで下さい。加入から3年
   以内の自殺は免責。意味わかりますか?
   今、あなたが死んでも保険金はおりない
   んです。ご遺族は、働き手を失った挙句、
   葬儀の費用がかかるだけ……ではなく清掃
   費用、下手したらビルのオーナーから損害
   賠償まで請求されます」
男性「そんな……」
本宮「だから、意味ないと申し上げているん
   です」

打ちひしがれ、崩れ落ちる男性。

男性「あなた……何者なんですか……?」
本宮「申し遅れました。私、8階の三友生命で
   保険の外交員をやっております本宮と申
   します。先月はご加入ありがとうござい
   ました(と名刺を出す)」
男性「(本宮の顔を見て)あ……」

〇 フラッシュ (回想・1ヶ月前)
契約書に判を押す男性。
確認して保険証書を渡す窓口職員。
その横で微笑みをたたえて座っている本宮。

〇 元の場所
男性「あなた…まさか、分かっていたんですか?」
本宮「私は、未来のことは分かりません。分かる
   のは今、この瞬間のことだけです」
男性「……」
本宮「あなたは今、こう考えている。『あと3年も
   あるのか―』と。3年生きてみて下さい。そ
   れでダメなら、その時また考えましょう」

男性、自殺を諦め泣き崩れる。

男性「……だけど、私は高い保険料を3年間も払い
   続けられません」

本宮、男性の肩に触れて

本宮「大丈夫です。ここの5階に行って、私の名刺
   を出して下さい。保険のお金はそこが工面
   してくれます。」
男性「……(本宮を見上げる)」
本宮「(優しく頷き) ごめんなさい、次のアポが
   あるので私はご一緒できませんが。(男性
   の手を取り) 必ず、生きて下さい」

本宮、去っていく。
男性、本宮の名刺を見る。表は保険営業の名刺。
裏返すと「消費者金融 ニコニコローン  営業・
本宮ひろ子」

男性、逡巡するも立ち上がり、
トボトボとエレベーターの中に消えていく。

エレベーターの階数表示。5階を通り過ぎ、
8階にも止まらず、Rで止まる。
         
    ――  END ――





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