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気まぐれ悪魔と魔女の孫 第一話

【あらすじ】
 君はどうしてつまらなさそうな顔をしているの────
 仕事をするだけの毎日。都会での仕事に疲れたつばさは、田舎の実家で心穏やかに過ごそうと計画する。
 しかし、実家には悪魔が住み着いていた。
 金髪碧眼の彼は”アヤト”と名乗り、かつて魔女と呼ばれていた翼の祖母の知り合いだと話した。二人はとある理由によって、共に人助けをしていたらしい。
 都会を出てスローライフ……が、悪魔との奇妙な共同生活が始まった。



 自然豊かな田舎。大きなエコバッグを肩にかけた彼女は、土がむき出しの道を歩いていた。

 ミディアムの明るい茶髪は外巻きで、歩く度に首元で跳ねる。首にかかったガラスのネックレスは、昔祖父が祖母にプレゼントしたもので二人の形見だ。

 昼下がりをとうに過ぎたが夕方ではない時間帯。太陽の位置は徐々に低くなっているが、まだまだ明るい。

 歩き進めると鉄製の装飾で彩られた門が現れ、彼女はそれをくぐった。

 大きい門の先にはカーブを描く道に小石が敷かれ、家まで続いている。道の両脇にはびっしりと生えたクローバーが風で揺れていた。

 家は洋風な造りで白い壁にオレンジの屋根。庭と家は塀で囲われ、塀には蔦が張り付いてる。塀の内側には青々とした葉を茂らせた木が何本も生えていた。

 玄関周りには様々な植物の鉢植えが並べられている。これは祖父母の代から使っている鉢植えたちだ。

 彼女が小さなショルダーバッグから鍵を取り出すと、カチャンという音と共に鍵穴が回転した。

「おかえり、つばさちゃん」

「ただいま」

 中から現れたのは金髪碧眼の少年。

 ワインレッドの蝶ネクタイが渋い。半袖シャツにモスグリーンのベスト、裾を折り返した短パンはブラウングレーの姿の彼は、まるで天使のような笑顔を浮かべていた。

 彼女────翼は広い玄関でスニーカーを脱いだ。少年がエコバッグを受け取ろうとしたが、”平気よ”と頭をなでた。

「今日のお客さんはこちらのお嬢さんだよ」

 彼は先立ってリビングへ案内した。家の内装も洋式で、木製の床の色には温かみがある。

「え、もう来てるの?」

 この家には突然の来客が多い。その時間は大抵夕方だが、今日はいつもより早い。

 リビングの壁には多くのウォールシェルフ。そこには小さな木箱や、色とりどりの透き通った小瓶にドライフラワーが飾られている。これも祖父母が生前に作ったもの。翼じゃ名前の分からないものも多くある。

 部屋の中央には木製の丸いテーブルと背もたれつきの丸椅子。テーブルの上では皿に入った苺色のポプリがよい香りを放っている。

 丸椅子の一つには萎縮して座る、制服姿の少女がいた。小さな三つ編みを肩の上で揺らし、新たに現れた翼に向かって頭を下げた。

「なんかすみません……」

「いえこちらがごめん……」

 翼は口を手で押さえ、聞こえてしまったかと反省した。彼女に”気にしないで”と片方の手を振る。

「いいのいいの。このあk……アヤトは話好きだからあなたが来てくれて嬉しかったと思うし」

 翼はうつむく少女の前に座った。翼の言葉にアヤトは最もだと言いたげに大きく何度もうなずく。

「そうそう。いつもかわいげのない大人の女と顔を突き合わせているから、今日は天使が来た記念日だ!」

「さっそく依頼人を口説くのやめなさいクソガキ。いくつだと思ってんのよ」

「こういうところだよ……愛があれば歳の差なんて関係ないよねー」

 アヤトは少女の近くに座って、彼女の横顔に”ねー”と笑いかけた。

「ま、まぁ暗い顔をするのはよしてよ。そうだ、お茶を淹れるわ。それともジュースがいいかしら」

「お茶でお願いします」

 もう口説くんじゃないよと釘を刺し、翼はリビングとつながっているキッチンに移動した。

 電気ケトルに浄水器を通した水を入れ、セットする。その間に棚からガラスのティーポットと、ほうじ茶の入った筒とお茶のパックを取り出した。

 この家は元々、翼の祖父母が住んでいた。二人が亡くなってからは翼の両親が住んでいるが今、彼らは海外に旅行中である。

 そして翼はと言うと、都会での仕事に疲れて休暇をもらいこの田舎に帰ってきた。

 ここには昔からよく通っていた。

 道行く人は皆のんびりと自分の時間を過ごし、せかせかと焦ってる人はいない。慌ただしい都会にいた身としては、彼らの姿に”もっと気を抜いていいんだ”と心がほぐされる。

 あの金髪少年はしれっとこの家に暮らしているが、きょうだいでも親戚の子どもでもない。

 アヤトは翼の両親が海外旅行に出かけている間にこの家に住み着き、翼を仕事のパートナーとして任命した。




 家に訪れた女子高生は愛奈あいなと名乗った。彼女は、中学生の時から付き合っている彼氏がいると話した。

 愛奈は肩身が狭そうにしていたが、話していく内に表情がゆるんできた。自分より歳下のアヤトの笑顔にリラックスしたのだろう。

 翼はお菓子を用意し、アヤトは椅子の上にちょこんと座って愛奈の話を聞き続けた。

「長いこと付き合っているけどあまり積極的になってくれなくて……。これって付き合ってる意味あるのかなって冷めちゃいそうなんです」

「ほほう……ちなみに彼氏は同じ高校なの?」

 翼がほうじ茶を啜りながら聞くと、愛奈は首を横に振った。

「連絡は取り合ってないの?」

「来るには来るんですけど、それだけじゃ物足りないって言うか。本当はもっと会いたいなって思います……」

「うんうん。そのもどかしい感じが青春ぽくていいねぇ~」

「バカ。真面目に聞きなさいよ」

 翼はアヤトの脇腹を肘でつつき、眉をしかめた。

 子どもの話すことだからと茶化したくはない。空になった愛奈のカップにおかわりを注ぎ、個包装の和菓子アソートを手に取った。

「彼氏君は照れ屋さんなのかしら……」

「それはあるかもしれないです……。中学生の頃、人前ではほとんど話しかけてくれなかったから」

「そう……。その調子だと、周りがよくからかっていたんじゃない?」

「はい。私の友だちも私が彼氏と話すとニヤニヤしてました」

 自分も中学生の時期があったから、だろうか。簡単に想像できてしまう光景だ。

 その頃から付き合うおマセさんは少なからずいたし、翼も友だちからそういった相談を受けることがあった。

 愛奈が自信なさげにうつむく様子に、彼女には悪いが”懐かしい”と思ってしまった。

「……もしかしてだけど、あなたから彼氏君に話しかけることも少ないんじゃないかな。そんなことなかったら申し訳ないんだけど……」

「正直言うとそうです。私もからかわれるのが嫌なんで」

 やっぱりね、とは声に出さなかった。

 しかし、からかいというのは人を抑え込む要素があるとしみじみ感じていた。あの頃も付き合っている二人が一緒にいるだけで周りは冷やかし、デートをしたという話があるとすぐに広まった。

 今思えば、周りでやいのやいの言っている連中は単純にうらやましがっていただけな気がする。

「愛奈ちゃんから連絡を取ることはあるの?」

 しばらくだまっていたアヤトが口を開くと、彼女は首を横に振った。自分だって臆病で行動に移せないのが後ろめたいのだろう。

 アヤトと翼は愛奈に気づかれないよう、ひそかに目を合わせてうなずき合った。




 その日の夜。二階にある自室で翼はパソコンをさわっていた。

 主に本業で使っていたものだが、今では専ら副業で活躍している。

「アヤト」

 翼は大きな窓の桟に腰かけている男に声をかけた。

 少年と同じ名前で呼んだのは、彼と同じく金髪碧眼の大人の男。

 黒のスリーピースのスーツ姿で、銀色のネクタイピンがキラリと光った。

「あったよ。これが彼氏君とこの制服」

「ほほーう……男女共通で濃い青のジャケットね……」

「皆ネクタイなのね。そういう私もネクタイだったけどさ」

 アヤトは立ち上がり、翼のパソコンの画面をのぞきこんで目を細めた。

「それと彼氏君のアカウントも見つけた。……学生は個人を特定されるのが怖くないのかしら。毎回こんな感じで簡単に見つけられちゃう……」

「どれどれ」

 翼はスマホでSNSのアプリを開いた。

 そこには加工アプリで撮られたのであろう自撮りのアイコン。丸い枠の中で例の彼氏はガッツポーズをしていた。おまけに制服姿。プロフィールには高校二年生、○○中学出身、とご丁寧に書かれている。

「彼らにとっては身近な友だちとネットで繋がったり、好きな芸能人の日常をのぞくためのものだから。赤の他人に見られることなんて気にしてないんじゃない?」

「そういうもんかしら……。私が高校の時はSNSに個人を特定できるようなことは書くな、制服姿の写真を載せるなんてもってのほか、ってよく言われたものだったけど……」

 まるで彼らの親や先生のような気分だ。翼は頬に手を当ててため息をついた。

「翼ちゃんは相変わらず真面目だね~。痛い目を見て学ぶことだってあるから気にしない気にしない」

「あんたってたまにものすごく冷酷よね……」

「ん? 俺には悪魔の血が流れているから時に薄情なんだよ」

 悪魔。そう名乗ったアヤトは背中から真っ黒な羽を生やした。いつもだったら吸い込まれそうな碧眼は赤黒く変色し、小さな稲妻を宿している。

 これが彼本来の姿だ。自分の好きなように見た目を変えることができ、”魔法”も使える。

 翼とは違う異形の姿。見慣れてしまった彼女は、恐れることなくパソコンから顔を上げた。

「下見に行くの? 仕事休みだっけ」

「ホストの方は休み取ったの。翼ちゃんは先に寝てなよ」

 恐ろしい姿に変貌してもアヤトの様子は変わらず、翼に向かってウインクをすると窓から飛び立った。




 青いジャケットに赤いネクタイ。ノーメイクで髪は後ろで二つにまとめた。

 秋が深まってきた今日この頃。周りの高校生たちはジャケット以外にパーカーやニットを羽織っている者もいる。

 二人が訪れたのは愛奈の彼氏の高校。門の前にいる翼は、道行く高校生たちと同じ制服をまとっていた。

「ねぇ、変じゃない? 他のコたちになじめてる?」

 彼女はその場で一回転し、不安そうにアヤトに視線で訴えた。

「もちろん。完璧だよ。なんせ俺の魔力で十歳は若返らせてるからね」

「そうは言っても毎回、潜入するのは怖いんだよね……」

「大丈夫だって。俺らとすれ違う生徒や教師に暗示をかけてるしさ」

 普段より若いというよりは幼く見える翼とアヤト。

 アヤトは翼と違い、制服を着崩している。さながらチャラい男子高生と真面目な学級委員長だ。

 道行く女子高生の視線を奪いながら、アヤトは翼のことを見下ろした。

「それで? 今回の作戦は?」

「直接説得するだけ。さりげなく話しかけて彼女の話をして、愛奈ちゃんの願望をそれとなく伝える」

 翼はヘアゴムでまとめた髪を後ろに流し、校舎を見上げた。

 これはアヤトがあの家に住み着き、翼が長期休暇を得てから始まった二人の仕事。あの家に訪れた悩める人を救う。

 依頼主の大半が高校生だ。基本的に対象の高校に潜入し、解決に導く。

 それには周りにとけ込む必要がある。それはアヤトの魔力によって違和感のない姿に変身したり、彼に下見をしてもらってる。

 翼は最後にもう一度、手鏡で顔と髪型をさらっと確認してジャケットのポケットに滑り入れた。

「それじゃあ、例の三階の空き教室に連れて行きましょう」

「オーケー」

 潜入した高校は市内で新しい方だが、校舎の外壁は潮風で黒ずんでいた。海が見えるこの学校は、生徒数もそれほど多くない。

 授業後の校舎は慌ただしく、人の流れも速い。

 生徒の中には部活に参加するべく着替えて移動したり、スマホ片手に友だちと駄弁ったり、提出物を担任に届けたり。授業が終わってゆるんだ表情の者が多い。

 翼はそんな彼らに背を向け、窓の桟に肘をかけた。アヤトはその隣で壁に体をもたれさせている。

「海が見えるなんていい学校ね」

「白い砂浜に青い海と空。夏は特に最高だろうね」

 校舎の三階。開け放たれた窓から見えるのはグラウンド。その先に続くのは緑豊かな木々、広い砂浜、空との境界線が分からない真っ青な海。木々と砂浜を分断するように横切る広い道路には、赤い車が走っている。

 翼は幼い頃、両親と祖父母とこの海に遊びに行ったことがある。緑だけでなく、青い海があるこの土地がやっぱり好きだ。仕事を忘れてこの景色に没頭しそうだ。

 翼は気持ちを切り替えるべく窓の外に背を向け、肩を回した。

「……海はいつでも見れるし、そろそろ彼氏君を探すか」

「そう? じゃあ今度俺と海辺でデートしようよ」

「はいはい。機会があればね」

「つれないな~……」

「初めて会った頃より愛想よくなったでしょ」

「よく言うよ……」

 アヤトは首を振ってポケットに手を突っこんだ。歩き始めた翼の後に続き、彼女のスマホの画面を背中越しにのぞく。

 SNSのアイコンの彼は明るい笑顔を浮かべている。クラスのムードメーカーだろうか、というのが第一印象だ。対して彼女である愛奈はおとなしいタイプだった。そんなデコボコな二人が付き合っているのは謎だが、逆に興味が湧いてくる。

「簡単に会えるといい……きゃっ」

「翼ちゃん?」

 歩きスマホをしていた翼は、前から来た生徒にぶつかってしまった。その拍子にスマホを取り落とし、尻もちをついた。

 アヤトがしゃがみこんで彼女を立たせるよりも、ぶつかった生徒が手を差し出すのが早かった。

「大丈夫? 歩きスマホしてると先生に怒られるぞ」

「ごめんなさい……あっ」

 顔を上げると、スマホの画面で何度も顔を合わせた男子が目の前にいた。彼は翼に目線を合わせてほほえみかけている。

 積極的になってくれない、とは程遠い明るい笑顔。きっとそれは、分け隔てなく誰にでも見せるのだろうと思った。

 翼は話しやすそうな相手であることに安堵し、小さくお礼を言った。



二村ふたむらが愛奈の友だちだったなんて知らなかったなー」

「あの……私のことは内緒にしてね?」

 偶然ぶつかり、愛奈の彼氏────伊佐見いさみを例の教室に連れて行くことに成功した。

 落としたスマホの画面を見られ、ストーカーの容疑をかけられるというトラブルもあったが。

「よく分からんけど分かったことにしとくよ」

「ありがと……」

 あまり細かいことを気にしないタイプらしい。彼は翼の不審な様子を意に介さず、カラカラと笑った。

 しかし少しずつ笑いが消え、ぎこちない表情に変わった。彼は壁にもたれかかり、鼻の下をかいた。

「愛奈……さ。最近どう?」

「最近どうって彼氏でしょ? 私より詳しいでしょ」

 今は愛奈の友人役。ボロを出さないように演じ切らなければ。翼はなんでもない風を装い、首を傾げて見せた。

 対する伊佐見は照れ隠しなのか、スマホを片手にはにかんだ。

「そうでもないんだよな……。情けないけど俺、何気ないことを聞く連絡ってしづらいんだ……」

「え、そうなの?」

「今何してるの、とか電話しよって言いたいけど言いづらいんだよ。なんか悪いなーって……」

「そうなんだ……」

 予想していなかった言葉に拍子抜けした。

 明るい笑顔の裏に、意外にも気を遣い過ぎな一面を隠し持っていたらしい。

「きっかけ作るために近況報告したらただの自分語りだしさぁ……」

 二人から離れて窓の外を眺めていたアヤトが、かすかにフッと笑った。

 その笑いの理由は分からないが、失礼なことを考えているに違いない。彼は男には厳しい。

 翼は伊佐見に気づかれないようにアヤトのことをにらみつけた。

「で、でもさ、二人は恋人同士でしょ? 何を話しても許される間柄だと思うけど」

「いいのかな?」

「いいに決まってるでしょ。何をそんなに遠慮してるの」

 翼は”気にしすぎ”とあっけらかんと笑って見せた。伊佐見も吹っ切れたのか、暗い表情を崩し始めた。

 翼が高校生の時、いや中学生の時からだろうか。男子と話すのが苦手で、話す機会も少なかった。

 だが今、こうして堂々と話してアドバイスをしている。あの時から少しは成長できたのかなと思う。

 それに高校生くらいだと皆可愛く見えるのだ。

「愛奈ちゃんはどんな話でも、連絡してくれたら嬉しいと思うよ。君から連絡が無い方が不安になったり寂しいと思う」

「そっか……。あんまりそういうのは考えたことなかったな……。反省するよ」

「これからは些細なことでも連絡してあげてよ。そこから会話が広がりそうなら電話に切り替えて、ちょこちょこ会いなよ。まだ高校生なんだから、社会人より使える時間は多いんじゃないかな」

「社会人より……」

 その一言が引っかかったのか、伊佐見は口の中で繰り返す。

 翼は口を滑らせたことに凍りついた。油断すると彼らより年上ぶって話してしまうことがある。

 しかし、伊佐見は気にせず頭の後ろで手を組んだ。

「早いヤツは再来年には就職するもんな。二村は俺らより大人びてる考えを持ってるね。勉強になるわ」

「そ、そう……? まぁ参考になったらいいかな!」

「うん。今夜にでも愛奈に連絡してみる」

「そのままデートの約束も取り付けちゃったら?」

「それもいいなぁ」

 この場では初めて口を開いたアヤトの提案に伊佐見はうなった。デート当日のことを想像しているのか、楽しそうに頬がゆるんだ。

 この調子なら今日から愛奈の楽しみができそうだ。不安や寂しさも埋められるだろう。

 翼は肩の荷が下り、窓の外を眺めて目を細めた。

 夕日と同じ色に染まった朱色の海はますます綺麗だ。

「いいね、青春って感じ……。今しかできないことってたくさんあると思う。今じゃなきゃ分からないときめきとか……」

「二村は本当に俺らと同じ17なのか…?」

 また疑われたがもう構わない。

 翼はアヤトとひそかに目を合わせて微笑み合った。



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