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気まぐれ悪魔と魔女の孫 第四話

 ある日の夕方。翼が晩御飯を考えていたら、チャイムの鳴る音がした。

 玄関のドアを開けると女子高生が立っていた。ストレートの長い髪が綺麗だ。

「こんにちは」

 翼から声をかけると、彼女は深く頭を下げた。

 ずいぶん大人びた見た目だ。身長もそこそこある。翼は160センチあるが、彼女はもう少しありそうだ。

「相談者さんかしら?」

 問いかけると彼女はうなずき、表情が崩れた。目からは大粒の涙がこぼれ出す。

「助けて下さい……。もうどうしたらいいか分からなくて……っ」

「……おっと」

 彼女はそのまま涙をボロボロと流し、翼に駆け寄って悲痛な声を上げた。

(これは……相当かも……)

 翼は線の細い彼女の背中を優しく叩き、落ち着かせながらリビングに通した。お茶を用意するついでに、二階の部屋にいるアヤトを呼びつける。

 真っ赤な目をした彼女の前に箱ティッシュを置くと、アヤトがリビングに現れた。

 いつものヘラヘラした顔をしていたが、涙目の女子高生に息を呑んだ。彼女の元へ足を滑らせると、目の前で跪く。

「大丈夫?俺に話してごらん」

 泣きやんだが、まだしゃくりあげている彼女はまた瞳を潤ませた。

「バッカ。怖がらせるんじゃない」

 お茶を運んできた翼はお盆ごとテーブルに置き、アヤトの背中を軽く蹴った。

「彼は私の仕事のパートナーなの。怪しいヤツではないから安心してね。コイツがいると話しづらいってんなら席を外させるけど」

「大丈夫です。平気です」

 彼女はリビングに通されてから初めて口を開いた。

 背筋をしゃんと伸ばした姿は美しい。よく見ると顔立ちも整っており、同級生の中で群を抜いた美形だろう。

「私は美紅みくって言います。大学生の彼氏がいるんですけど、浮気されてるみたいで」

「え゛」

「え?」

「気にしないで。続けて」

 高校生の口から浮気という単語が飛び出るとは思わず、翼はフリーズした。

 アヤトが咳払いをし、続きを促した。

「えっと……友だちと駅前で遊んでいたら彼氏が歩いてて、声をかけようと思ったら大学生ぽい女の人と歩いていて……なんか逃げなきゃと思ってそこからダッシュしたんですけど忘れられなくて……。彼氏の男友達と会ったことあるんですけど、彼女のことを大切にするヤツだよって教えられてて本当はどっちなんだろうって不安なんです」

「それは……嫌なものを見ちゃったんだね……」

「はい……」

 美紅は暗い顔でうつむいた。また泣き出してしまいそうだ。

「彼氏にそのことは聞いたの?」

「いいえ……。怖くて聞けないんです」

「なるほど。じゃあ君はどうしたい?」

 アヤトは頬杖をついた。美紅は”それは……”と黙り込んでしまった。

 翼は彼の二の腕に手刀をくらわせた。

 想像したことのない、最悪な経験をしてしまったのだ。どうしたらいいのか分からなくてここに来たのだから、彼女に答えを急かしてはいけない。

 翼は明るい声で身を乗り出した。

「も、もしかしたらさ。美紅ちゃんへのプレゼントを選んでいたとか! 女の子の好きそうなものが分からなくて、大学の知り合いに買い物に付き合ってもらったとか!」

「プレゼント……」

「そうそう。サプライズだったら当日まで黙っておきたいじゃん」

「サプライズですか……」

 少しずつ美紅の表情が晴れていく。思い当たるフシがあるのだろうか。誕生日とか付き合った記念日とか。

 彼女は恥ずかしそうに笑い、目の端を拭った。

「もしかしたら私の思い違いかもしれないです。急に押しかけてすみませんでした」

「んーん、いいの。ここはそういう所だから」

 翼は遠慮がちな彼女を安心させるようにほほえんだ。落ち着いたところで、頂き物のロールケーキをすすめた。

 その横でアヤトは何を言うでもなく、頬杖をついたまま二人の様子を眺めていた。



 晴れやかな顔で美紅が帰った後、翼は晩御飯の買い出しに出かけた。

 広い家に一人で残ったアヤトは、丸椅子の上でのけぞってスマホを眺めていた。

 画面には美紅の彼氏のSNS。彼女が嬉しそうに教えてくれたものだ。

 プロフィールには在学中の大学が分かるような文章。投稿している写真は仲間と出かけたり食べた物、サッカーをやっている様子を写し撮ったものばかりだ。ハッシュタグがいくつも添えられている。

 きっと翼が見たら苦い顔をするだろう。

「ふ~ん……」

 アヤトの瞳は上下左右に動き、おもしろそうに目を細めた。

 本業であるホストクラブのSNSがあるが、個人的なものは持っていない。店に通う客にSNSを教えてほしいと言われるが、やろうと思ったことはない。

 わざわざ他人のつぶやきや近況報告を見たいと思わないし、反対に自分のを公開したいと思わない。

 アヤトは引き続き彼の投稿を適当に眺めていたが、恋人である美紅との写真が見つからなかった。

 一番多い大学の仲間内との写真を見ていると、女子大生が何人も一緒に写っている。出会いのチャンスは常にあるのだろう。

(やれやれ。翼ちゃんは純粋だからちっとも疑わないだろうけど、現実を見なきゃいけない時はあるからね……。美紅ちゃんも)

 アヤトは彼氏のプロフィール欄に戻ると、スマホの画面を凝視する瞳を赤黒く変色させた。



 晩御飯も入浴も済ませた夜。アヤトが部屋に入ってきた。肌の手入れを終えた翼のローテーブルに、無言でスマホを置いた。

「何?」

 化粧水や乳液が入ったポーチの口を閉じると、翼は画面に見入って目を細めた。

「何これ?」

 画面に映し出されているのは某有名なお菓子の袋のアイコン。アカウントの名前はそのお菓子の名称。

 しかし、このお菓子を作っている会社の公式アカウントではないようだ。フォロー数がやたら多く、フォロワー数は異様に少ない。投稿も無い。

「とりあえずフォローしてる人を見て」

「はぁ……」

 言われて画面をタップし、フォロー欄をさかのぼって唖然とした。下から上へ指を動かすのをやめられず、頬を引くつかせる。

「なんっだこれ……女子大生? 高校生ぽいのもいるか……」

「だろ? これは美紅ちゃんの彼氏の裏垢。見事に出会い厨だね」

「マジで? 嘘だと言ってくれ……」

「ムーリ。俺の目で見つけた本物だよ」

 顔を青ざめさせた翼とは反対に、アヤトは口の端を上げた。

「あんたは何を楽しそうに笑ってるの……。美紅ちゃん、せっかく笑って帰ったのに」

「 まさか俺らが裏垢特定するなんて思わないだろうね」

「でも、投稿は無いし女の子と絡んでないでしょ。たまたまフォローしてるの女の子ばっかなだけって可能性も……」

「それはどうかな~」

 彼はスマホの画面を見つめて瞳の色を変え、再び彼女に見るよう促した。

「今度は何よ……うわっ。何じゃこりゃ!」

 翼は目に飛び込んできたものに顔をしかめ、体ごと離れた。

「あんたの十八番、不正アクセス……。DMが女の子だらけじゃない! どんだけナンパしてんの!?」

「ね。分かった? 男にはそういう部類のクズもいるの。で……これを見た翼ちゃんはどうする?」

 挑戦的な目で見下ろすアヤトに、翼は燃えはしないものの目に力を入れた。腕を組み、気持ちは臨戦態勢だ。

「こらしめに行くか……。歳下、まして未成年の心を弄ぶ男に制裁を加えてやりたい」

「分かった。もうちょい調べたら大学に潜入しようか」

 ”俺は基本的に君についていくだけだし”と、アヤトは目を細めた。




 黒のオーバーサイズのコクーンセーター、キャメルのロングスカート。髪も久しぶりにセットした。

 翼が女子大生をイメージして考えたファッションである。普段着はパンツスタイルが多いので、スカートは仕事以来に履いた。

 可愛くおめかしして出かけるような相手がいないので、スカートを持っていない。久しぶりに街へ出て買ってきたばかりのものだ。

「若返りの魔法って本当に便利ね。若さにこだわったことはないけど、ちょっと嬉しいな」

「悪魔が本気出せばこんなの朝飯前さ。大学潜入ならそのままの君でも大丈夫だと思ったんだけど」

 今日の彼はもちろんいつものスーツではない。白いTシャツにくすみカラーのシャツ、細身の黒いパンツ。

「20代前後の学生が多いじゃない。私アラサーなんだけど」

「一概にそうとは言えないね。留年してるのだっているし」

 話が逸れてしまったが、二人は例の大学に潜入しに来た。

 今回、アヤトは別行動だ。珍しく彼に作戦があるらしく”彼氏を見つけたら連絡してねー”と言い残し、人ごみに消えた。

 翼は一人で歩き、大振りのトートバッグの持ち手を握りしめた。

 夕方の大学はサークル活動にいそしんだり先生の元へ訪れたりと、先日行った高校とあまり風景が変わらない。行き交う学生たちに紛れ、翼は画像の学生を探し始めた。

 正直、こうして潜入して対象を探し出すのは骨が折れる。人数が多ければ多いほど。しかも今回は今まで潜入した中で一番人の多い場所だ。

(人が集まってるところにいるかしら……)

 SNSを見たところ、美紅の彼氏はよく人と連れ立って行動しているようだった。

 彼は周りに同級生がたくさんいるのに、なぜ彼女に高校生を選んだのだろう。……正確には彼女の一人か。

「あっ、いたいた」

「へっ!?」

 聞きなれない声は他の人に向けたものだろう────と無視して歩き続けていたら、不意に腕をつかまれた。

「もうっ探したんだよ。サークル始まってるから来て来て」

「へぇっ!? 人違いだって!」

「リクトの言ってた特徴と一致してるから君しかいないよ、マネージャー候補さん」

 その名前に翼は目を見開いた。ただの同名の違う人かもしれないけど……と迷いながらも賭けることにした。

『彼氏、なんていうの?』

『陸人です。陸の人と書いて陸人』

「ちょ……ちょっと……人違いですよぉ~……困るな~……」

「マネージャーが辞めたばかりだから助かるよ~」

 翼に声をかけた男子学生は人の話を聞かないタイプらしい。というか声が耳に入って来ないようだ。

 彼はフットサルサークルの部長だと名乗り、三年生の陸人とは長い付き合いだと話した。聞けば出身高校が同じで、高校時代はサッカーに励んでいたらしい。

「おーう。連れてきたぜ~」

 たどり着いたのは、グランドの周りに集まる部活棟のような建物。

 部長はある部屋の引き戸を勢い良く開けた。翼が彼の背中越しに部屋の中をのぞくと、十人程度の男子学生が軽装で準備体操をしたりスマホをいじっていた。

 その中には目当ての学生────陸人もいた。翼と彼の目が合うと、彼は部長に向かって苦笑いした。

「部長……そのコじゃない」

「え? お前、身長高めの可愛いコって言ってたじゃん。約束の場所でスマホ持ってうろうろしてたからてっきりこのコかと」

「また話聞かずにここまで連れて来ちゃったんだろ。ごめんな、ウチの部長早とちりなんだよ」

「あ、いえ……」

 実際に目の前にした彼は背が高く、優しい笑みを浮かべている。着ている服も髪型も、今時の大学生という感じだ。

 やっと話の通じる相手の登場に翼はつい、安堵した表情を浮かべてしまった。


「あーその高校知ってる。中学からの同級生がいっぱいいたんだよな」

「そうなんだ……」

 なんだろうこの状況。

 翼は陸人に連れられ、大学構内のカフェに来ていた。

 向かい合って座る二人の前にはそれぞれ、カフェラテが入ったペーパーカップが置かれている。

 翼は陸人に出身高校を聞かれ、この前潜入した高校名を適当に答えておいた。彼はその後も質問を続け、翼のことを甘く見つめていた。

「あのー……サークルに戻らなくて大丈夫なの?」

「いいんだ。たまには可愛い女の子と過ごして補充したい」

「そんなこと言って、彼女いるじゃ────いそうなのになー……」

「えーいないよ? 絶賛募集中だし」

 こ、こいつ……。翼ははりつけた笑みを崩さないように耐えた。頬の筋肉が引きつってくる。

 彼女が何人もいながら、こうもあっさりと嘘を吐き出すのか。先程の気遣いにもしかしたら根はいい人かもしれないと、少しでも見直そうとした自分を殴りたい。

 もう彼に会うことはないだろうし、何回もここに通うのはリスクがある。この一回の訪問で全て決めてしまいたい。翼は背筋を伸ばした。

「同じ大学の人のSNSを見るのが趣味なんだけど、あなたのも知ってるの」

「そうなんだ。嬉しいなぁ。君のも教えてよ。今度は大学の外で会わない?」

 伊佐見の時とは違ってなぜか怪しまれなかった。むしろ認知されていることに喜んでいるようだ。

 自分大好き、誰よりもイケてる、周りに知られていて当たり前。そして女の子をつまみ食いする。実際に会ってみた陸人はやはりと言うか、無責任で何も考えてない女好き大学生だった。

「あなたには女の子のツレがたくさんいるでしょう」

「ん。よく知ってるね」

 彼女のストレートな物言いに臆するどころか笑みを絶やさない陸人は、カフェラテのカップを傾けた。

「それがどうかした? 俺は君とこんな話をするためにここに連れてきたんじゃないんだけどな」

「警告しに来たの。今すぐその浮気癖を正しなさい」

「おっと、怖い顔……。自分は女の子の味方だって言いたいの?」

「私は純粋な恋だったら男女関係なく応援するわ」

 もうおどおどした話し方はしない。翼はいつもの口調に戻っていき、この男にどうにか痛い目に遭わせられないだろうか……と頭の隅で考え始めた。

────わざわざ自分が罰を与えようなんて思わなくていいのよ。罪は巡り巡って本人の元に返ってくるの。せいぜい心の中で悪態をつくだけにしておきなさい。

 腹が立った相手の愚痴を垂れた時、祖母に言われた言葉だ。次会った時はただじゃおかない、あのムカつく顔に一発お見舞いしてやりたいと拳を握っていたらそう諭された。

 無意識に眉根を寄せていたらしい。陸人が翼の額を人差し指でつついた。

「そんな怖い顔してないで俺とデートしない? 気分転換すればどうでもよくなるよ」

 額をつついた後、流れるような手つきで翼の髪にふれた。わずかに爪が頬にふれ、背筋が震える。

 翼は陸人の手を振り払い勢いよく立ち上がった。

「誰がデートなんかするか。そろそろ自分の愚かさを知った方がいいわよ」

「君、変わってるね。俺の誘いを断った女の子なんて初めてだよ」

「あらそう。今までどれだけのコに声をかけてきたのやら……」

「そんなの覚えてるわけ────」

「「「り~く~と~……」」」

「うわあぁ!?」

 陸人が怯えた表情で椅子から転げ落ちた。翼の背中越しに恐ろしいものでも見つけたのか。

 彼女が振り向くとカフェの入口には、女子大生たちが肩を怒らせて仁王立ちしていた。ざっと二十人以上はいるだろうか。彼女たちは皆一様に眉をつり上げていた。

 翼とは違う本物の女子大生だ。その後ろでは同居人がにこやかに、スマホを握った手を振っていた。

(うわっ。超楽しそう……)

 今から始まるであろう修羅場を想像しているのか、アヤトはニヤニヤと笑みを浮かべていた。同時に翼に向かって手招きをしている。

 ちらっと陸人のことを見ると、彼は床で怯えて青ざめていた。翼のことは眼中にないようだ。

 改めて目の前の彼女たちに目を向けると、今にも飛び掛かってきそうな勢いがある。拳を握ったり歯を食いしばったり。

 これは巻き込まれる前に逃げた方がいい。周りにいた客は、自分の飲み物を持って店内の隅に避難していた。中には興味津々でスマホを構えている学生もいる。まるでアヤトの仲間だ。



「早く来いって」

「あ……うん」

「それとも何。彼にほだされちゃった?」

「絶対ない」

 後ろで陸人が集団リンチに遭っている中、翼はアヤトに手を引かれてカフェを出た。

 いつもより強引なアヤトに不覚にも胸が高鳴る。握り合った手から鼓動がバレやしないかと気が気でない。

 ごまかすように振り返り、鬼女たちの様子を盗み見る。彼女たちは陸人のことを囲って睨み付け、壁を作り上げていた。彼はその中で縮みこまっている。

「よくあんだけ集めれたわね……」

「全員に真実のDMを送ったからさ。皆半信半疑だったけど通話したら一発だったよ」

「通話ねぇ……あれは果たしてただの通話だったのかしら……」

 走りながら頬に手を当てると、アヤトが鼻で笑う気配がした。

『やぁ、こんばんは』

『えっ嘘。普通にイケメンなんだけど!』

『ありがと、よく言われる。それでさっきのDMのことなんだけどね、ちょっと俺の目をみてもらえないかな』

『目?』

『君は明日、陸人のいる大学に行きたくなる。たくさんの仲間と彼を懲らしめたくなる』

 昨晩、アヤトは熱心にスマホに向かって話していた。相手は陸人の裏垢と連絡を取っている女子たち。

 大抵の女子がアヤトのDMを信じられず、アヤトのアカウントをブロックしようとした。しかし、彼は引き留めて通話で説明させてくれと頼んだ。

『明日の夕方、彼に会いにいかなきゃ……。陸人は絶対に許さない……』

 ……と、ビデオ通話で催眠をかけていた(ように翼には見えた)。

 そのおかげでほぼ全員がこの大学に集まったようだ。

 陸人がものすごい痛い目に遭って恋人を作りたくないどころか、女を見たくならないくらいのトラウマを植え付けられてほしい。

「翼ちゃんが口説かれたのがいい起爆剤になったのかもしれないね」

「そういえば誰よこの女、って言ってたコいたな……」

「あっはは。襲われなくてよかったね」

「ほんとだよ。……ガチで怒った女の子ほど怖いものはない……」

 翼は鬼女たちの形相を思い出し、身震いした。

 大学の敷地外に出ると、つないでいた手がどちらからともなくゆるめられた。翼が彼の手からすり抜けようとしたら、彼に強く握られた。

「……何」

 また心臓が激しく鼓動を打ちたがる。

 口説きまがいの態度は何度かとられたことがあるが、ふれられたのは初めてだった。

 翼も翼でこういったスキンシップは久しぶりなので耐性がない。変に意識してしまう。

 中途半端な表情でにらみつけると、アヤトは手を軽く持ち上げてほほえんだ。

「せっかく翼ちゃんと手ぇつないだのにもったいないじゃん」

「あ……あんたは手くらいさわらせてくれる女がいるでしょうに……」

「さわらせてくれる、ねぇ……。翼ちゃん、言い方エッチ」

「はぁ!? えっ……えっ……!?」

「反応しすぎだって~。ま、今日はこうして街まで出てきたことだし、駅前でデートして帰るか」

 顔を真っ赤にして口をわななかせている翼の手を引き、アヤトは帰り道とは反対の方角へ歩き始めた。

「翼ちゃんは何食べたい? 俺めっちゃお腹空いてきた」

「え、帰らないの? 今日のお昼の残りを晩御飯に回そうと思ってたのに」

「そういうのは明日の朝にラップかけてチンだよ。たまにはどっかで食べようよ。あと新しい服を買ってあげる」

「今ある服で十分だけど……」

「そういうのナシ。今日の格好似合ってるのに私服少ないじゃん。もっと可愛い服着てるとこ見たいな」

「意味分かんない……」

 意味分かんない、なんてデタラメだ。異性に褒められて、過敏に反応している自分をごまかしているだけだ。

 それでもアヤトには心中がバレているだろう。この悪魔に隠し事はできない。

 翼はありったけの”ツン”を前面に押し出すと、口を尖らせた。せめて表だけはこなれてる風を装いたい。

「ま、まぁ……あんたがそれだけ言うんなら、ワンピースくらいは買っていいかも……」

「似合うの選んであげるよ。ま、とりあえず晩ご飯だな」

 未だ離してくれない手をやんわりと握り返す。アヤトは満足そうに目を細めると、翼を隣に引き寄せた。


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