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「かしわ」の誤解。

「次郎物語」
それは母の本棚にあった、わりと大きな本だった。小学四年の時に暇を持て余した私は、シンプルなタイトルに惹かれてその本を開いてみた。

知らない単語を母に訊ねると、忙しいにも関わらず、母はその都度答えてくれる。今考えるとありがたいことだと思う。
あそこであしらわれていたら、きっとあの本を読み終えることはできなかっただろうから。

ふとそんなことを思い出し、久しぶりに読みたくなってググったら、青空文庫にあることがわかった。
おおこれはありがたい、と読み始めたのが数日前のこと。

見れば文章も現代に則したものに変わっている。これなら今時の子供でも一人で読めそうだ。そのまましばらく読んである部分に差し掛かった時、私は違和感を覚えた。

もしかして、使われている単語が変わっている?
現代文になってるのはかまわないが、内容というか、使われている単語までも現代向けに置き換えられてるのかもしれない。

なぜそれに気づいたのかというと、作品中に「鶏のスープは飽きた」と言う病気の母のため、主人公の次郎がお小遣いをはたいて牛肉を買ってくる部分。ここは確か「鶏」じゃなくて「かしわ」と書いてあった気がするのだ。

私は当時、「かしわ」を「柏餅の葉」だと思っていた(笑
「病人に食べさせるくらいだから、柏の葉って薬草みたいな効果があるの?」と母に聞いたら最初きょとんとされ、次の瞬間に大笑いされた。

母は下村湖人の同郷、佐賀の出身だ。私はそこではじめて「かしわ=鶏肉」だと教えてもらった。だからあの場面は、個人的にすごく印象に残っているのだ。

誤解のないよう先に書いておく。私は青空文庫化するボランティアさんを責めるような意図は微塵もない。これは推測だが、ボランティアさんの手元にあった書籍には「鶏」と表記されていたんだろう。

ただ、もしも原文から改訂を重ねるうち、どこかで単語がかしわから鶏へと変更されたのだとしたら残念な気がする。こんなふうになんでも標準化してしまうと、読み手が知識を増やす機会を奪ってしまうこともあるから。

まあ、もしかしたら私の耄碌という名の記憶違いかもしれない。だとしたら面目ない。先に謝っておく。ごめんなさい。

それにしてもあの本は、まだ実家にあるかしら。
もしもまだ残っていたら、次に帰省した時に確認してみようと思う。

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