脚本「狂人達の円舞曲」
死刑囚の辞書に「普通」などない。ただ円舞曲を踊るだけ。
高校時代に執筆した声劇用の脚本です。ご使用の際は聞きに行きたいのでご一報下さると嬉しいです。(強制ではありません)
登場人物
恵 橋垣恵。死刑囚。
妹以外の家族全員を殺したと自白している。
来津 来津輝人。死刑囚。
百人殺しの指名手配犯。麻薬中毒者で常にニヤニヤしてる。
伊了 伊了学。死刑囚。
変態闇医者。人の苦しみや絶望の表情が大好き。
緋華 萬洲緋華。死刑囚。
無差別殺人鬼の少女。虐待の影響でIQがかなり低い。
人見 人見錦。二重人格の死刑囚。
片や温厚な世話焼きだが、片や狂暴な暴力団の頭領。
看守 犯罪者を憎む看守。
栄子 橋垣栄子。恵の妹。
記憶を喪失している。難病持ち。
栄子 (回想)姉さん、私…『普通』になりたい
恵 (N)あの子がそう言う度に、私はいつも考えた。
『普通』って何なんだろうって――。
監獄へ恵が看守に連れられる。
看守 法改正により、精神疾患を持っていようが、未成年だろうが、
一定数の殺人を犯した者は例外なく死刑となった。
そして罪人ごときに税を使わないように、
判決が下された一週間以内に刑が執行される事となった。
恵 ……。
看守 私としては理解に苦しむ。この国の処刑法は絞首刑だが、
人殺しなどもっと苦しんで死ぬべきだろう。
特に、貴様のような成人した健常者はな!!
看守が監獄の中へ恵を突き飛ばす。
恵 っ…!
看守 此処が貴様の牢だ。
お前の死刑は三日後、こいつらと同時に執行される。
短い余生だ、精々仲良く過ごす事だな!!
恵 ……。
看守が退場する。
来津 くひ、くひひひひ…!
恵 !
来津 よぉ嬢ちゃん、あんたぁ何やらかしたんだぁ?
殺人かぁ?密売かぁ?それともテロ行為かぁ!?(高笑い)
恵 …貴方に、関係ありませんよね?
伊了 冷たいなぁ、僕らはこれから一生を共に終える仲じゃないか。
人見 ちょっと、怖がらせるのはやめなさい。
緋華 いっしょーをともにおえる?それってしあわせ?
恵 ……貴方達は…?
来津 おいおい、俺を知らねぇたぁ世間知らずにも程があるぜぇ?
伊了 本当だよ。来津君はともかく、僕は知ってるでしょ?
恵 来津…!?貴方まさか、指名手配犯の…!!
来津 おうよぉ、俺様はかつて百人もの人を殺した麻薬常習犯、
来津輝人様だぁ!(高笑い)
恵 っ…!!(怯え始める)
伊了 (うっとり)うわぁいいねぇその顔、たまんないや…。
恵 わっ…あれ、貴方何処かで…?
伊了 そりゃあね、僕は世界的にも有名な天才医学者なんだから。
恵 やっぱり、伊了学先生!?
伊了 フルネームで呼ばないでよ恥ずかしい。
恵 どうして先生がここに…!?
来津 くひひ、知らねぇのかぁ嬢ちゃん?
そいつぁ闇医者だったんだよぉ。
恵 ……え?
伊了 何時の頃からだったかなぁ。
人の怯える顔や悲しむ顔を見るのが好きになってきたんだ。
だからわざと病気をほっといたり、オペを失敗させたりして
人が苦しんだり悲しんだりするのを楽しんでたんだ。
恵 先生が、そんな人だったなんて…。
伊了 (興奮気味に)ちょ、待ってよその顔反則だってぇ…。
緋華 おぺ?それってうれしい?
恵 え、子供…?何でこんな所に…貴女は?
緋華 ヒハナ。ヒ色のおハナでヒハナ。
ヒ色って、すごくキレーなアカ色なの!
恵 緋華ちゃん…どうして、こんな所に?
緋華 わかんない。おハナをいっぱいさかせたら、
ここにつれてこられちゃった。
恵 お花…?
来津 くひひ、本っ当にこいつぁなんにも覚えねぇなぁ。
伊了 だからね緋華ちゃん、そのお花は「血」っていうんだよ?
恵 血…!?何で、何でそれを花だなんてっ…!
人見 しょうがないよ。この子は虐待されてたんだから
恵 え…?
伊了 ちょっとあの子の脳のデータを見させてもらったけど、
ありゃダメだね。
親に相当な力で何回も叩かれたせいか、脳細胞がほとんど死んでた。
来津 つまりそいつぁ、何も分からねぇし何も覚えられねぇ訳だぁ。
緋華 うん。おとーさんもおかーさんも、
まいにちいっぱいヒハナをたたいた。
でもこのまえね、ヒハナのあたまにキレーなアカいお花がさいたの!
おとーさんもおかーさんも、きっとそれがみたかったのね!
恵 (震えた声で)違う…。
緋華 でもイタイのはイヤだから、とがったギン色のキレーなナイフで
おかーさんをさしてみたの!
そしたら、ヒハナのあたまでさいたのより
ずっとおっきくてキレーなおハナがいーっぱいさいたの!
来津 尖ったナイフなんざ家にあるかよぉ、包丁だろうがぁ?
伊了 来津君、言っても無駄だって。
緋華 そしたらおかーさんね、おメメがまっシロになってたおれちゃった。
きっとうれしすぎてキゼツしちゃったのね。
恵 っ……(怯えて言葉が出ない)
伊了 それで、緋華ちゃんはそのお花をもっと咲かせたくなって
来津 お父さんや近所の人もみぃーんな殺しちまったら、
怖ぁいお巡りさんが来てここに連れて来られたんだよなぁ?」
来津と伊了がバカにしたように笑い出す。
人見 いいかげんにしなさい!どうせ死ぬからって好き放題言って!
これ以上この子を怖がらせたら、承知しないから!!
来津 (ニヤニヤ)うぉ~、おっかねぇおっかねぇ。
伊了 (ニヤニヤ)この人を怒らせたら、それこそ死んじゃうよ
人見 全くもう…。大丈夫?ごめんね、怖い思いさせちゃって…。
恵 あ、いえ…あの…(涙が出て来る)
人見 大丈夫。大丈夫だから…。
恵 うっ…ぐすっ…(人見に泣きつく)
人見に抱き締められ、恵がわんわん泣き出す。
伊了 (真剣に)…そろそろ、ヤバいかな?
来津 (真剣に)嬢ちゃん、悪い事ぁ言わねぇ、そいつから離れな。
恵 え…?(突然髪を掴まれる)痛っ!!
人見 (人が変わったように)ギャーギャー喧しいんじゃ小娘。
ちぃとは静かに出来んのか?あぁ?
恵 痛いっ…何?何が…。
来津 くひひ、それ見ろぉ、言わんこっちゃねぇ。
伊了 そんなに泣きついたりするから覚醒しちゃったじゃない、
人見錦さんのもう一つの人格がさぁ…!
恵 …人見、錦!?
人見 「さん」をつけろやこんガキャア!!(恵を殴る)
恵 っ!!
緋華 おねーちゃん!
伊了 …どうする?僕としてはこの状況、最高だから見てたいんだけど…。
来津 看守が来ても面倒臭ぇ。止めるっきゃねぇだろぉ。
伊了 (残念そうに)だよねぇ…。
恵 嘘でしょ…こんな、こんな優しい人が…暴力団の頭領、人見錦……!?
人見 「さん」をつけろ言うたやろが、なめとんかクソガキ!!
(また殴ろうとする)
恵 っ!!(身を守る)
伊了 (人見の拳を受け止める)はいはい、そこまでですよお頭。
人見 なんやおどれ、邪魔するんか?
来津 くひひ、落ち着けよぉオカシラぁ、
あんたぁそれでも一団の頭領かぁ?
たかが小娘に手ぇ出すなんざ、落ちたもんだなぁ?
人見 あぁ!?喧嘩売っとんのか――
突然人見が片膝をついて頭を抱える。
恵 え、何…?
来津 こいつぁなぁ、重度の二重人格ってぇやつさぁ。
恵 え…!?
伊了 さっき君に優しくしてた方は、その自覚があるみたいなんだけどね。
こっちは見た限り無さそうだ。
まぁ元々、あっちの人格が受けるストレスから
この狂暴な人格が出て来るみたいだけど」
恵 スト、レス…
緋華 おっきいおねーちゃん、だいじょーぶ?
人見 …大丈夫。ごめんね、私まで怖がらせちゃって…。
恵 ……。
伊了 さてと、お嬢さんも立てる――(恵に手を伸ばすが、弾かれる)
恵 …触らないで下さい。一人で、大丈夫ですから…。
伊了 ……そう。
暫く沈黙が続く
緋華 ねぇ、おねーちゃんはおなまえなんてゆーの?
恵 …私?
来津 そう言やぁ嬢ちゃん、俺達にゃ色々聞いといて
そっちは名乗りもしねぇのかよぉ?
伊了 名前だけじゃなくて、どうしてここに来たのかも気になるね。
恵 …私は――
看守 (遮る)囚人番号318番!
恵 !
看守 橋垣恵は、お前だな?
恵 …はい。
看守 お前と話がしたいという奴がいる、さっさと来い!
恵 っ……。
恵が看守に連れて行かれる。
緋華 おねーちゃん、いっちゃった…。
人見 恵ちゃん、って言ってたね…。あれ、伊了さんどうしたの?
伊了 …橋垣?橋垣…。
来津 くひひ、何でぇ、てめぇの患者かぁ?
伊了 …患者?そうか、あの子は…!
面会所へ連れられ、恵が栄子を見て駆け寄る。
恵 栄子!?栄子、無事だったのね!?
栄子 (少し怯え)あ、あの…貴女が私のお姉さん…なんですよね?
恵 え?
栄子 …ごめんなさい。何も…、何も憶えてないんです…。
恵 …そう。
少し間。
栄子 …あの。
恵 ん?
栄子 どうして、私だけを生かしたんですか?
恵 ……。
栄子 どうして、家族は皆殺して…私だけ殺さなかったんですか!?
恵 (暫く黙りこんで)…貴女は、何も悪くなかったから。
栄子 え?
恵 ごめんね、貴女の人生を滅茶苦茶にして。
栄子 ……。
看守 時間だ。
看守が恵を連れて、監獄へ戻ろうとする
栄子 待って…待って下さい!
本当に、貴女が私の家族を殺したんですか…!?
恵 ……。
栄子 貴女が人を殺すようには思えない…!どうして私達の家族をっ…、
私達の間に何があったんですか!?
看守 妹さん、お気持ちは分かります。ですが――
恵 (遮る)栄子、人間なんて、そんなものだよ。
栄子 ……。
恵と看守が面会室を去る。
場面は再び監獄。恵が看守に連れられて戻って来る。
看守 さっさと戻れ!
恵 ……(何も言わずに牢に入る)
看守 家族は選べないものだな。こんな最低な姉じゃなければ、
妹さんも幸せだったろうに!
そのまま看守が退場する。
緋華 おねーちゃん、おかえりなさい!
恵 …ただいま。
伊了 …栄子ちゃんが来たの?
恵 …!憶えてて、下さったんですね…。
伊了 そりゃあ、彼女の病気は前例が無かったからね。
人見 妹さん、病気なの?
来津 くひひ、こんな奴に診られちまうたぁ、妹さんも気の毒だなぁ?
伊了 失礼だなぁ、これでも僕は医者だよ?
異例の病気にかかった患者は、全力で治療させてもらったさ。
…まぁ彼女の場合は途中で居なくなっちゃって、
探してる間に逮捕されちゃったんだけど。
恵 …!!
緋華 いなくなっちゃったの?どーして?
来津 こいつが闇医者だって事に気付いて、逃げたんだろぉ?
伊了 んー…そうかなぁ?
人見 恵ちゃん、妹さんはどんな病気だったの?
恵 …栄子は……。
伊了 脳の一部に異常があって、
時折周りの物が認識出来ずに攻撃的になる。
僕も何度か、発症時に居合わせて酷い目に遭ったよ。
恵 ……ごめんなさい。
伊了 何で恵ちゃんが謝るの。医者なんてそんなもんだよ。
まぁだから僕は、人の苦しむ顔や悲しむ顔が
好きになっちゃったんだけどね★
人見 攻撃的に…私の二重人格と似たようなもの?
伊了 あれは人格なんて呼べるレベルじゃないよ。
会話出来るだけ、人見さんのがまだまし。
緋華 いじょー…こーげき…。うーん、わかんない…。
恵 …分からなくていいよ。
緋華 えー!?ひどい!
来津 くひひ、分からねぇ方が幸せだっつってんだよぉ。
伊了 …で、恵ちゃん?君はどうしてこんな所へ来たのかな?
恵 ……。
人見 やめてあげなよ、言いたくない事だってあるじゃない。
来津 何言ってんだぁ、俺達ゃちゃんと嬢ちゃんに話したんだぜぇ?
なのにこいつぁ――
恵 (遮る)栄子以外の家族を、殺しました。
間
恵 だって皆、酷いんだもの。
栄子ばっかり除け者にして、邪魔者扱いして…
「あんな子産むんじゃなかった」とかまで言われて…!
栄子だって、好きであんな風に生まれてきた訳じゃないのにっ…!!
伊了 …だから、殺した?
恵 だって、あまりにも可哀想だもの。
あのまま帰って来ても、きっと栄子に居場所なんか無い。
…だからさっき、栄子から記憶が無くなったって聞いて、
ちょっと安心しちゃいました。
人見 恵ちゃん…。
恵 もう寝ましょう。
あんまり遅くまで起きてたら、またあの看守に怒鳴られちゃう。
来津 くひひ、そいつぁ願い下げだなぁ。
緋華 おやすみなさーい。
深夜。恵がふと目を覚ますと、人見が寝ないまま座っている。
恵 …あれ、人見さん?
人見 あぁ?
恵 !
人見 何や小娘、人の顔見るなり。
恵 あ、ご、ごめんなさいっ…!
人見 (溜息)喧しい。黙ってはよ寝ろ。
恵 ……?えっと…暴力団のお頭さん、ですよね…?
人見 何やおどれ、俺がアホみたいに暴れたから、
頭んなったと思っとんのか?
恵 い、いえ…すいません…。
人見 はん、人殺しのクセしおって、腑抜けたやっちゃ。
恵 ……。
人見 お前の思うとる事、当てたろか?
恵 えっ…。
人見 優しい方の人見さんやったら良かったのに、やろ?
恵 …!!
人見 気付いとらんと思ったか?
残念やったな、俺はこいつの為に生まれたんや。
自分抑えつけて、人のええようにこき使われるこいつの為にな!
恵 人見さんの、為に…?
人見 こいつぁ生まれた時から、人のええ奴でな。
いっつも自分の事より、他人の事を優先しよんねや。
自分の欲望とか、そんなんは全部心ん中に抑えつけてな。
恵 …確かに、優しい方の人見さんは…そんな感じがします。
人見 せやから、そこに付け込む奴もぎょうさんおった。
金絡みもありゃあ、「腹立つ事あったから殴らせろ」
なんざ言うてきた奴もおった。
俺はそんな奴らをぶっ殺してきた。
家族であれ、親友であれ、俺の部下であれ……。
裁判の時かて、俺が出て滅茶苦茶にしたろうって思っとった。
けど、こいつが必死に止めよった。
恵 ……。
人見 そん時あいつはこう言うた。
「これ以上、私の人生を壊さないで」って。
恵 …!
人見 何やその顔、笑うとこやろが?
こいつの為に生まれたってのに、俺はこいつの邪魔でしかなかった。
ははっ、何ちゅうコントや。
恵 それは……。
人見 こいつは俺が憎うて憎うてしゃあないやろ。
俺の所為でこれから死ぬんやからな。
恵 …私にはあの人見さんが、
貴方の事をそんなに嫌ってるようには見えませんでした。
人見 はぁ?何や、慰めのつもりか?
恵 だって貴方が居なかったら、人見さんはどうなってました?
人見 んな事知るかいな。他人の良いように使われて、
ボロ雑巾みたいに捨てられとったんとちゃうか?
恵 でも、そうはならなかった。
人見 ……。
恵 確かに、やり方は良くなかったと思います。
でも貴方が居たお陰で、周りの人も人見さんの優しさを
利用しようとか、考えなくなったんじゃないですか?
人見 …まぁ、そういう奴は減ったな。
恵 なら、邪魔だなんて思ってませんよ。
逆に感謝してるんじゃないですか?
人見 おどれに何が分かんねん。
恵 分かりますよ、あっちの人見さんが凄く優しい人って事ぐらい。
人見 ……。
恵 …あの?
人見 (クソデカ溜息)
恵 ひっ!?
人見 アホらし。もう寝るわ。お前もはよ寝ろ。
恵 あ、はい……。おやすみなさい……。
恵が眠りに落ちる。
人見 (ボソッと)……こいつ、ほんまに人殺しかいな。
翌朝
看守 起床時間だ、起きろ!!
緋華 ん~…おはよぉ…
来津 (欠伸しながら)ったく、どうせ死ぬんだから
自由に寝させて欲しいもんだぜぇ。
看守 ふん、死ねば永遠に寝ていられるぞ。
伊了 はは、違いないや。
人見 恵ちゃん、起きて。
恵 んん……?
看守 囚人番号318番、また妹さんがお見えだ。
恵 栄子が…?
伊了 あのー看守さん、一応僕その妹さんの主治医だったんだけど、
彼女の病状どうなってんの?
看守 教えたところで、もうすぐ死ぬお前に何が出来る?
伊了 だから、元主治医として気になるんだってば。
他の看守さんは教えてくれたんだから、あんたも教えてよ。
看守 ふん、貴様も馬鹿な奴だな。
大人しく医者として過ごしていれば良かったものを。
伊了 っ…!!(怒)
看守 何だその反抗的な目は?反論出来るなら言ってみろ。
医者の皮を被った大罪人が!
伊了 (怒りを抑えてる)……。
恵 先生…?
緋華 はんこーてきってなーに?たいざいにんってなーに?
看守 っ…お前達のような、人殺し共の事だ!ほら、さっさと来い!
恵 あっ……。
恵が看守に連れられて牢屋を出る。
人見 …事実とは言え、酷い言い草だね。
来津 くひひ、まぁどんな理由があったにせよ、
殺す理由にゃならねぇからなぁ
伊了 ……。
緋華 せんせー、だいじょーぶ?
伊了 …大丈夫だよ。
人見 …そう言えば妹さん、今日はどうしたんだろうねぇ。
来津 そりゃあ人殺したぁ言え、今はもうあの嬢ちゃんしか
家族は居ねぇんだ。気持ちは分からなくもねぇよぉ。
人見 そっか…
場面は面会室へ。
恵 栄子、今日はどうしたの?
栄子 …すいません。まだ何も思い出せてなくて…。
恵 (苦笑)思い出さなくていいよ。
栄子 だって、本当に貴女が人を殺すようには思えなくて…!
恵 …やっぱり私、腑抜けてる?
栄子 え?
恵 今ね、同じ牢屋に凄く優しい人が居るんだ。
栄子 な、何の話ですか…?
恵 でもその人、すっごく怖い暴力団の頭領だった。
栄子 え……!?
恵 だから、ね?人間なんてそんなもの。
栄子 姉、さん…。
恵 ちょっとは思い出せてるじゃない。
あんたはいつも、私の事「姉さん」って呼んでたんだよ?
栄子 あ……。
看守 時間だ。
恵 じゃあ、私行かなきゃ。
栄子 待って…待って!姉さん!!
深夜。恵が寝ないで座っている。
伊了 …恵ちゃん、寝ないの?
恵 あ、先生…。
伊了 …栄子ちゃんの事?
恵 ……。
伊了 …まぁ、心配だよね。
恵 (苦笑)あはは…。
二人共暫く黙り込む
恵 …あの。
伊了 ん?
恵 先生はもしかして…、医者になるのが嫌だったんですか?
伊了 (図星)え、ど、どうしたの?藪から棒に。
恵 いえ、今朝の事が気になって…。
伊了 (暫く黙り込み、溜息)
…確かに、医者になりたかったって言えば、嘘になるかな。
恵 なら、どうして…。
伊了 僕は物心ついた時から、そりゃあ優秀な頭脳を持ってたらしいよ。
学校のテストだってオール100点!
恵 す、凄い…。
伊了 そんな僕の将来の夢は……大工さん!
恵 へぇ~!
伊了 (きょとん)…あれ、驚かないの?
恵 (きょとん)え、何でですか?
間
伊了 (堰を切ったように)あっはははははははは!!
恵 え、な、何で笑うんですか!?
伊了 (笑いながら)ごめんごめん、そんな反応されたの初めてだからさ。
恵 ど、どういう事ですか?
伊了 友達や学校の先生に言ったら、
みぃーんな口を揃えてこう言ったんだ。
「そんな頭脳があるのに」って。
恵 え、か、関係無くないですか?大工も立派な職業ですよ?
伊了 ぶふっ……あははははははは!!
恵 だから何で笑うんですか!
伊了 (笑いながら)ごめんごめん、怒らないでよ。
そんな事言ってくれる子、誰も居なかったからさぁ。
恵 え…!?
伊了 大工になる為にさ、めちゃくちゃ体力つけようと頑張ったんだよ?
みぃーんな「宝の持ち腐れだ」ってバカにしたけどね。
親も周りに言われて恥ずかしくなったのかな。
「医者にならなきゃ許さない」って言われちゃった。
恵 そんな…!
伊了 最初はそんなの聞かなかったよ、
僕の人生は僕が決める事だと思ってたから。
そしたらとうとう親父に殴られちゃって、
「言う事聞かないなら出て行け」って言われちゃってさ。
恵 酷い…。
伊了 流石に追い出されたら行く当てが無いよ。
親族も友達も皆「親が正しい」って言うんだもん。
隠れてバイトした事もあったけど、
すぐにバレて辞めさせられた挙句に貯めた金も取られちゃって…。
恵 ……。
伊了 結局、僕は医者になるしかなかった。まぁ楽しい訳無いよね。
嫌でも人の内臓や死に顔を見なきゃいけないんだから。
だから僕、必死に慣れようと思って、
この仕事の愉しみを見つけたんだ。
恵 愉しみ、って…!
伊了 そう、苦しんだり悲しんだりする人の顔を見る事!
いやぁー自分でもビックリしたよ!
嫌な事を楽しいって思えるのが、こんなに簡単だったなんてさ!
恵 っ……。
伊了 あー待って待ってそんな顔しないで発情しちゃう。
…恵ちゃんの言いたい事分かるよ?
僕だって、誰彼構わず見殺しにした訳じゃないから。
栄子ちゃんがいい例だろう?
恵 え…?
伊了 患者の中にね、居たのさ。親と友達が何人かね。
当然、僕はそいつらに適切な処置をしなかった。
それでみぃーんなお陀仏さ。
恵 …!!
伊了 今朝の看守の言葉にはムカついたけど、
僕はこれでもスッキリしてるんだよ?
僕の夢を嘲笑って踏みにじった奴らに、復讐が出来たんだからさ!
どうせ地獄に堕ちるんだから、道連れにしてやらなきゃ
フェアじゃないじゃん?あははは!
恵 ……。
伊了 ?恵ちゃん?
恵 (泣いている)どうして…?
伊了 (ぽかん)…恵ちゃん?
恵 先生はただ、夢を持って頑張ってた。それだけだったのに…!
伊了 え…?
恵 先生が人を殺さないで生きる道は、ちゃんとあったはずなのにっ…!!
伊了 …僕のために、泣いてくれてるの?
恵 だってあんまりです!これじゃあまるで、
先生が夢を見る事自体が罪だったようなものじゃないですか!!
伊了 っ……。
恵 …私は、先生の事を尊敬しています。例え犯罪者でも。
伊了 …え?
恵 先生は栄子の事を、しっかり診て下さってましたから。
伊了 (少し焦って)い、いやいや、僕闇医者だよ?人殺しなんだよ?
尊敬してるって、恵ちゃん大丈夫?
恵 ……。
伊了 昨日も言ったじゃん、栄子ちゃんを診たのは異例の病気だったから!
闇医者が他人を労わったりする訳無いだろ!?
恵 先生。
伊了 な、何で怒った顔してんの?僕が犯罪者だから?闇医者だから?
あはは、やっぱりそうだよね?
(段々早口に)人間なんて嘘吐きで胡麻ばっかりスッて
本当はそんな事思ってもないクセにどうせ本当はイカれてるだの
狂ってるだの僕を見下して
恵 先生!
伊了 っ!(我に返る)あれ、僕…。
恵 先生は、優しい人です。
だからもう、自分に嘘を吐かないで下さい…!
伊了 僕、は……。
少し間
伊了 …ごめん。
恵 え?
伊了 栄子ちゃん、治してあげられなくて…。
恵 先生…。
伊了 あ、あれ?何言ってんだろ僕。
闇医者のクセに…馬鹿みたい。はは、あははっ!
(暫く空笑いした後、啜り泣きに変わる)
恵 ……。
翌朝
看守 おい、起きろ!!
人見 あぁ…!?まだそんな時間ちゃうやろが…!
来津 くひひ、やれやれ、死刑囚も楽じゃねぇなぁ。
緋華 ん~、ねむいよぉ~…。
看守 囚人番号318番!
恵 …私?また栄子が来たんですか?
看守 違う。その妹さんが突然姿を眩ました。
恵 え…!?
看守 部屋は窓が開けられた状態だった。
五階だったから逃げたとも考えにくい。誘拐の線が濃厚だろう。
伊了 …病院から居なくなった時と、同じだね。
恵 栄子を探して!すぐに見つけて!お願いだから……!!
看守 うるさい!頼まれなくても既に捜査中だ!
…まぁ、明日までに見つかればいいな。
恵 っ…栄子……。
来津 ……。
緋華 おねーちゃんのいもーとさん、どこいっちゃったの?
人見 チッ、めんどい事になりそうやなぁ…。
伊了 そうだね…。大丈夫?恵ちゃん。
恵 栄子…。
伊了 …あー、ヤバい。
来津 ん?
伊了 僕、ちょっとトイレ…。
人見 おいコラァ!?ただでさえくっせぇトイレに、
まぁた変なニオイ増やす気とちゃうやろなぁ!
いてこましたるぞワレェ!!
伊了 だぁーしまった今はお頭だった!
普通に!普通にトイレですってば!
来津 …くひひ、笑えねぇ冗談だなぁ。
緋華 ねーおねーちゃん、だいじょーぶ?
恵 ……。
深夜。恵が眠れないで座っている。
来津 嬢ちゃん、寝れねぇのか?
恵 来津さん…。
来津 妹さん、見つかりゃいいなぁ。
恵 ……。
来津 くひひ、嬢ちゃん見てたら、姉貴の事思い出すぜぇ。
恵 来津さんの、お姉さん…?
来津 聞きてぇかぁ?俺ぁ筋金入りのシスコンだぜぇ?
恵 …どんな人、なんですか?
来津 んーとよぉ、まず美人だろぉ?そんでもってかなり優しくてぇ?
頭脳明晰でリーダーシップもある人なんだぁ。
恵 良いお姉さん、なんですね…。
来津 それに比べて俺ぁ酷ぇツラで、
頭も無きゃそんなカリスマ性も無くてよぉ。
親によく言われたもんだぜぇ、
「何でお前があいつの弟なんだ」ってよぉ。
恵 え!?ひ、酷い…。
来津 おう、だから俺ぁあいつらが大っ嫌いだった。
けど姉貴は、そんな俺にも優しくしてくれたんだぁ。
「貴方は私の自慢の弟よ」ってよぉ…。
恵 ……。
来津 だから俺ぁ姉貴の為なら何でもやった。姉貴の事しか考えなかった。
親の言葉に従うなんざ真っ平だったが、
姉貴の言う事なら何でも聞いた。
恵 …!ま、まさか、百人殺しも…!?
来津 (慌てて)馬っ鹿、姉貴がんな事言うかぁ!
…ま、姉貴の為って言やそうだけどなぁ。
恵 来津さん…。
来津 いつの事だったか、姉貴がある集団にレイプされかけた。
恵 え…!?
来津 途中でサツが駆け込んで来たから無事だったものの、
そいつらを捕まえるまではいかなくってなぁ。
…けどある日俺ぁ聞いちまったんだぁ。
そいつらがまた、姉貴を狙う作戦を練ってたのをよぉ。
ムカついてムカついて、ブチギレちまってなぁ。
気付きゃあその裏路地は血の海だった。俺の最初の殺人さぁ。
恵 そんな…。
来津 けど俺ぁ気付いた、これじゃあ姉貴に迷惑かけちまうってなぁ。
だから俺は家に帰らねぇまま名を変え顔を変え、ヤクもキメて
今の来津輝人様の出来上がりって訳だぁ。
恵 …でも、どうして関係無い人達まで…。
来津 あぁ、そいつ等半グレの集団でよぉ。
俺ぁ姉貴を襲った奴さえ消せりゃ良かったんだが、
どっから探り当てたのかお礼参りしに来た連中が
わんさか出たんだぁ。
…で、そいつ等残らずぶっ殺したら、
気付きゃ百人殺しの指名手配犯よぉ!
恵 …じゃあ、来津さんはずっと…狂ってるフリを?
来津 くひひ、フリって何だよぉ?元からイカれてんだろうがぁ?
今まで親からも世間からも散々煙たがられてきたんだぁ、
ようやくこの世ともおサラバよぉ。
恵 …貴方の、お姉さんは?
来津 ?
恵 来津さんのお姉さんも、貴方を煙たがってたんですか?
来津 …嬢ちゃん、俺ぁ人殺しだぜ?
流石の姉貴も、そんな奴ぁ見捨てるだろ。
恵 貴方がそんなに大好きになる程、お姉さんに愛されていたのにですか?
来津 っ…。
恵 無かった事にしないで下さい。
お姉さんもきっと、貴方が居なくて悲しんでる…。
来津さんは、お姉さんの傍に居てあげるべきです!
来津 わぁったわぁった、落ち着けよ嬢ちゃん。
忘れちゃいねーか?俺達ゃ明日にゃ死ぬんだぜ?
恵 あ…ご、ごめんなさい…。
来津 (溜息)…くひひ、人を愛するって、難しいなぁ…。
恵 ……。
来津 …なぁ、嬢ちゃん。
恵 ?はい。
来津 最初に会った時から気になってたんだが、
あんたの家族を殺したのは――
栄子 (遮る)姉さん。
恵 え、栄子…!?
来津 …!?
栄子 …姉さん、姉さん…。
恵 栄子、どうして此処に…心配したんだよ!?
全員が目を覚ます。
伊了 …あれ、栄子ちゃん?
緋華 こんにちは、ヒハナです!
人見 何で此処に…看守は何してるの?
恵 看守…そうだ!看守さんを呼ぶから、ちょっと待ってて――
来津 (遮る)離れろ嬢ちゃん!!(恵を突き飛ばす)
恵 きゃっ!!
来津 ぐっ…!
恵 痛…来津さん?何、で…!?
(来津が栄子に刺されているのを見てしまう)
来津 …あ、がっ……。
緋華 あ!おハナだ!!
人見 っ!緋華ちゃん、見ちゃダメ!
緋華 えー、なんで?
恵 え、栄子…?何を…。
栄子 姉さん、姉さん姉さん姉さん姉さんねえさんねえさん
ねえさんネエサンネエサンネエサン
伊了 まずいっ…!檻から離れろ!刺されるぞ!!
来津 うっ……。
人見 来津さん、しっかりして!
緋華 ねぇおねーちゃん、みえないよー。
伊了 おい百人殺し!この程度で死にゃしないだろ!?
自分で、動けっ…!!(来津を引きずる)
来津 ……。
人見 とりあえず、檻に入っては来られないはず…。
緋華 ねー、なんでみせてくれないのー?
栄子 ウゥゥゥウウウ…ウウウウウ!!!
正気を失った栄子が檻を破壊し始める。
人見 嘘、でしょ…檻が……。
伊了 忘れてたよ…あれが発症したら、
身体能力が異常に上昇するんだ…!!
恵 栄子、やめて!やめなさい!!
人見 恵ちゃん!
伊了 離れろって!殺されたいのか!?
恵 栄子、私よ!姉さんよ!分かるでしょ!?
栄子 ……姉、さん?
恵 そう、姉さん!会いに来てくれたんだよね?私嬉しいよ。
でも、警察の人達が心配してるから…!
栄子 ねえ…さん……。
恵 病院にも、ちゃんと連れて行ってもらえると思うから!
私はもう、傍に居てあげられないけどっ…(栄子に刺される)
伊了 っ……!!
人見 恵ちゃん!!
緋華 おねーちゃん?どーしたのー?
恵 ……栄、子……。
栄子 ねーさん、ねーさんネーサンネーサンネーサン
ネエエエサアアアアアアアアアア!!!!
人見 恵ちゃん!恵ちゃんしっかりして!!
伊了 おい、誰か!看守、何してんだ!!
緋華 うー、うるさーい…。
恵 栄子…栄、子……。
周囲の騒めきの中、恵の意識が途切れる。
目を覚ますと、そこは病室の天井。
恵 あれ……此処、病院…?
緋華 あ、おねーちゃんおはよー!
恵 …お、はよ…。あれ?緋華ちゃん?
緋華 うん、ヒハナだよ!
恵 何で、緋華ちゃんまで…!ど、何処か怪我したの!?大丈夫!?
来津 落ち着け嬢ちゃん、そいつぁ釈放されたんだぁ。
恵 く、来津さん!?無事だったんですね!
来津 無事じゃねーよ超痛ぇ…。
くひひ、死刑執行までに死ぬ事すら許されねぇたぁなぁ…。
恵 …ごめんなさい。
緋華 いたいのいたいの、とんでいけー!
来津 (溜息)…こいつぁいいよなぁ、バカでよぉ。
恵 …あの、どうして緋華ちゃんが釈放に…?
看守 萬洲緋華の釈放を希望する署名が受理された。
恵 !
看守 親から虐待を受けていた事は勿論、
殺された近隣住民も全員それを黙認していたらしい。
同情した者達の署名を受けて、死刑判決は取り下げられた。
保護観察は必須と判断されたがな。
恵 …じゃあ、貴方は緋華ちゃんについて此処まで…?
看守 それもあるが…橋垣恵、
お前の無罪が証明された。
恵 え…?
看守 昨夜の事件で看守全員が橋垣栄子を取り押さえたところ、
奴の記憶が戻った。
恵 …!!
看守 妹を庇っていたとはな。最低な姉と罵った事は取り消そう。
だが貴様にも虚偽罪がある。それは改めて償ってもらうぞ!
恵 …栄子、栄子は…どうなるんですか!?
看守 …お前が被ろうとしていた刑が、執行される。
恵 っ!待って、待って!あの子は病気なんです!
本当は、本当は優しい子なんです!!だから、殺さないで――
看守 (遮る)病気なら人殺しが許されるのか!!
恵 っ…!
看守 その病気の所為で、あそこに居た看守達が何人も殺されたんだぞ!
加害者側の弁明はいつもそうだ。本当は優しいから、
本当は良い子だから、本当はそんな事しないから!
お前達の言う「本当」とは何だ!?
人を殺したという「事実」から、目を背ける為の方便か!!
恵 あ…あ……。
看守 (咳払い)…失礼、此処は病院だったな。
少しこの場を離れるが、脱走なんて考えない方がいいぞ。
病院とは言え、此処は警察の管轄下だからな。
看守が病室を出る。
恵 あ、あぁ……。
緋華 おねーちゃん、なんでないてるの?どこかいたいの?
来津 …やっぱりなぁ。おかしいと思ったぜぇ。
恵 栄子…栄子が…殺されちゃう……。
来津 そう焦らなくたってよぉ、ありゃもう長かねぇだろぉ。
恵 っ…!
来津 医者じゃねぇ俺でも分かる。
あんな馬鹿力、何のペナルティも無しに出せるかってのぉ。
どうせ病気で苦しむぐれぇなら、サクッと逝っちまった方が
妹さんにとっても幸せなんじゃねぇかぁ?
恵 ……。
緋華 おじさん!おねーちゃんをイジメちゃダメ!
来津 イジメてねーよ、大人の話にガキがつっかかんな。
緋華 ガキじゃないもん、ヒハナだもん!
来津 わぁったわぁったよ、うるせぇなぁ。
恵 …私
来津 ん?
恵 分かってたんです…あの子がもう、長くない事くらい…。
でも、だからこそ、精一杯生きて欲しくて…!
来津 …そいつぁエゴってもんだぜ。
恵 分かってますよそんな事!…でも、あんな病気だからこそ…
生まれてきて良かったって、あの子には思って欲しかった…!
来津 …!
恵 栄子だって、なりたくてなった訳じゃないのに、
好きであんな風に生まれた訳じゃないのにっ…
それじゃああの子は、何の為に生まれて来たんですか!!
来津 ……。
緋華 おねーちゃん、いたいの?だいじょーぶ?
恵 …私、私はっ……。
来津 (長い溜息)……しゃーねぇーなぁ…。
恵 …え?
来津 痛み止めは、っと…こいつかぁ。
恵 来津さん…?
来津 (薬を飲む)……よし、嬢ちゃんも飲んどけぇ。
恵 あ、はい…。(薬を飲む)…あの、何を?
来津 ん?此処を出て、妹さんを迎えに行くんだよぉ。
恵 で、でも、どうやって…此処、警察病院ですよ?
見張りだって沢山居るだろうし…。
来津 (ニヤリ)壁にもかぁ?
恵 …は?
来津 どーするよチビ、一緒に来るかぁ?
緋華 チビじゃないもん、ヒハナだもん!
来津 おーし、じゃああんたぁ留守番だなぁ。
緋華 ヤだ!おるすばんヤだ!いっしょにいく!
恵 え、壁って?あの…?
来津 (窓を開ける)んー…見たところ此処は五階だなぁ。
恵 え、ご、五階!?あ、あの…(来津に担がれる)うひゃっ!?
来津 くひゃはは!てめぇらしっかりつかまっとけぇ!
なぁに、嬢ちゃんの妹さんが飛び降りて無事だったんだぁ。
俺様がやっても問題ねぇよぉ!
恵 あります!問題大アリです!は、放してぇ!!
騒ぎを聞きつけて看守が戻って来る。
看守 貴様、一体何をしている!?
来津 ぃよう看守様ぁ!悪ぃが此処の嬢ちゃん達はいただいてくぜぇ!!
看守 (銃を構える)そこを動くな!傷口を増やす事になるぞ!
来津 やれるもんならやってみなぁ?
嬢ちゃん達に当たったら、無罪なのに死んじまうかもなぁ!
看守 くっ……!
来津 くひひ、んじゃ、あーばよっ。
恵 え、嘘でしょ!?ちょっと!!
恵と緋華を担いだ来津が、窓から飛び降りる。
恵の悲鳴と、来津と緋華の楽しそうな笑い声が遠ざかっていく。
看守 っ…!警備隊を集めろ!脱走だ!!
場面は牢獄。伊了と人見が座って呆然としている。
人見 …随分、静かになっちゃったね。
伊了 本当だよ。あんなごたごたがあったから、
僕等の死刑は延期にしてもらえたけど…何か複雑だよ。
人見 恵ちゃんに来津さん、大丈夫かしら…。
緋華ちゃんも、ちゃんと更生出来ればいいんだけど…。
伊了 僕等が心配したって意味無いってば。
あーぁ、それにしても、ちょっとだけ栄子ちゃんが羨ましいよ。
人見 え…何言ってるの?
病気でああなってるの、先生も知ってるでしょ?
伊了 だって、もし栄子ちゃん側だったらさ?
恵ちゃんは勿論、来津君や人見さんの良い顔が見れむぐっ!?
(突然口を押さえられる)
人見 おどれええ度胸しとるやないかワレ、
死刑なる前にぶっ殺したろか!?あぁ!?
伊了 お、お頭…最近よく出て来るね?
来津 よぉセンセ、楽しそうだなぁ。
伊了 えっ…来津君!?
人見 何やワレ、生きとったんか。
恵 せ、先生ぇ…。
伊了 恵ちゃんまで…って!!
人見 おどれ等、えらい血ぃ出とるやないか!!
来津 いやぁー、痛み止め飲んどきゃ何とかなるかと思ったんだがなぁ。
この通りバックリ傷開いちまったぁ。
伊了 無茶したねぇ…。恵ちゃんは大丈夫?
恵 (やつれてる)私は、大丈夫です…。この血も来津さんのだから……。
緋華 おねーちゃん、まだこのメカクシとっちゃダメ?
恵 ダメ。絶対ダメ。
来津 んな訳で、ほい。
伊了 え?何?針と糸?
来津 あんた医者だろぉ?鍵開けっから縫ってくれよぉ。
人見 鍵?どないしたんやそれ。
来津 くひひ、此処の看守達はおねんねの時間だぁ。
人見 ほーん?優秀なやっちゃ。脱獄するんやったら、俺んとこ来るか?
来津 悪ぃがお断りしとくぜぇ。俺様ぁ一匹狼気取っててぇからよ。
伊了 (溜息)しょうがないなぁ…。
場所が場所だから、出来栄えは期待しないでよ?
来津 おう。嬢ちゃんもやっとくかぁ?
恵 …いいです。
緋華 なにするのー?ヒハナもやるー!
恵 やらなくていい。やらなくていいから。
人見 …妹は奥の牢に運ばれとったで。
恵 !
伊了 ちょっとだけあの子の顔が見えたけど、もうあれは持たないね。
明日まで生きてたら良い方じゃないかな。
来津 いで、いででっ!おい、もっと優しくしろよぉ!
伊了 麻酔持って来なかった君が悪いよー。
恵 栄子…。
伊了 よし、終わり。さ、行こう。
来津 ってぇ…クソ医者がよぉ。
伊了 うるさいよヤク中。
人見 喧しい。ほれ、こっちや。
緋華 ねー、もうこれとっていいー?
恵 もうちょっとだけ待って。
栄子の牢獄へ着く。
恵 っ!栄子、栄子!
栄子 ……姉、さん?
恵 うん、姉さんだよ!一人にしてごめんね?
栄子 ごめんなさい…私…
恵 え?
栄子 私、ずっと姉さんに迷惑かけてた…。
何度も姉さんを傷付けて、私の所為で死刑判決まで受けてっ…!
恵 違う、違うよ!貴女は何も悪くない!貴女の所為じゃない!!
栄子 いいの…。こんな私でも、姉さんが傍に居てくれたから…
生きてていいんだって思えたから…。
恵 …!
栄子 姉さん、私の姉さんになってくれて…ありがとう。大好き――
恵 ……栄子?
もう栄子は動かない。
恵 栄子…栄子…!っ…私も……妹になってくれてありがとう…
生まれてきてくれて、ありがとう……大好きだよ…!!
暫く啜り泣き、恵は立ち上がって来津達の所へ戻る。
伊了 おかえり、恵ちゃん。
恵 …先生、栄子が……。
伊了 …そう。
来津 …で、妹さん何だってぇ?
恵 …私の妹で、良かったって…。
来津 くひひ、そうかい。
緋華 じゃあヒハナも、おねーちゃんのいもーとになる!
恵 …ありがとう、緋華ちゃん。
人見 んな事出来るんか?
伊了 …まぁ色々手続きはありそうだけど、いけるんじゃない?
看守 動くな!!
振り向くと、看守を筆頭に他の警備隊が銃を向けている。
看守 死刑囚は大人しく牢に戻れ!後の二人は、現行犯逮捕だ!
来津 おーおー、おっかねぇ。
人見 何や、公僕共の銃はえらい安っぽいなぁ。
伊了 丁度良かった。えーっと、17時49分かな?
死刑囚の橋垣栄子が、息を引き取ったよ
看守 何…?
伊了 あ、僕等がやったんじゃないからね?
他の医師からも確認取れると思うけど、病死だよ。
看守 っ…貴様等には関係の無い事だ。早く牢に戻れ!
来津 それなんだけどよぉ、俺ら嬢ちゃんを待ってる間
ちぃと話し合ってたんだぁ。
看守 は…?
来津 殺りてぇ奴ぁ全員殺った。
もう自分の人生に悔いなんざ無ぇと思ってたぁ。
人見 せやけどなぁ、まだ守りたいもんがある。
死んだらそんなん出来へんからな。
伊了 やりたくても出来なかった事もある。
殺した奴の邪魔さえ無けりゃ、出来た筈だった事がね。
看守 貴様等、一体何の話を…?
緋華 ねーねー、そのオモチャかっこいい!ヒハナもそれであそびたい!
看守 っ!?おい、触るな!これはオモチャじゃない!
緋華 みんなであそぼ!ヒハナ、たのしいのだいすき!
恵 病気なら、人殺しが許されるのか。そう言いましたよね?
看守 !
恵 …なら、そうしないと幸せになれなかった人は、
殺してもいいんですか?
看守 はぁ…!?
来津 くひ、くひゃははは!
嬢ちゃんもとんだイカレになっちまったもんだなぁ!
来津が閃光弾を投げつける
看守 しまっ――
閃光弾が爆発する。
緋華 わぁ!まぶしい!
恵 っ!
看守 くっ…!(目が慣れる)…居ない!探せ!相手は死刑囚だ!
最悪撃ち殺しても構わん!!
看守達がバタバタと監獄内を探し回る。
場面は外。
伊了 …はい、縫合完了。
恵 いったぁ…。
伊了 文句なら、麻酔も一緒に持って来なかった
来津君に言って欲しいなぁ。
来津 おいおい、まぁだその話すんのかよぉ?
緋華 ねー、まだー?
人見 はいはい、もう見てもいいよ。
緋華 あ、おねーちゃんとおじさんのふく、クロくなってるー!
恵 (ボソッと)良かった…服に染みた血は認識されないんだ…。
人見 ……何か、大変な事になっちゃったけど…私達これからどうするの?
来津 …まぁ、暫くはバラバラに行動した方が良さそうだなぁ?
緋華 えー!?ヤだー!
伊了 じゃあ、整形手術も一緒にやる?病院まで案内しようか?
人見 (溜息)もう、此処までくればどうにでもなれだね。
緋華 せーけー?それっておいしい?
伊了 あ、緋華ちゃんはしなくていいよ。もう死刑囚じゃないんだし。
恵 あの、私は…?
伊了 ん?どっちでもいいよ。
恵ちゃんには良いモノ沢山見せてもらったし、サービスしちゃう★
来津 おいおい、俺等は有料かよぉ?
伊了 当たり前だろ?医者だって商売なんだから。
来津 くひひ、とんでもねぇクソ医者だなぁ。
人見 何でもいいよ。とりあえず、戸籍も新しいのを作る必要あるかなぁ?
今の名前はもう名乗れないし。
恵 …え、人見さん、今お頭なんですか?
人見 何言ってるの。人格がどうであれ、暴力団の頭領はこの私だよ?
伊了 …わお。
来津 くひひ、分かっちゃいたが、
こっちのオカシラも相当なイカレだったってぇ訳だぁ。
人見 そんな態度でいいの?あんた達の分の戸籍、作ってやらないよ?
伊了 お頭、お世話になります!
来津 良い薬のルート、知ってるぜオカシラぁ!
人見 全くもう…で、恵ちゃんはどうするの?
恵 え……。
緋華 ヒハナ、おねーちゃんといっしょがいい!
おねーちゃんのいもーとになる!
恵 ……。
人見 緋華ちゃんはこう言ってるけど?
恵 …そう、ですね。でも、私は一回戻ります。
伊了 あれ、いいの?死刑にならないとは言え、多分実刑判決だよ?
恵 でも、栄子の遺骨を回収したいし…釈放された頃には、
きっと緋華ちゃんも引き取ってあげられると思うから。
人見 …そう。
来津 んじゃ、嬢ちゃん達たぁここでお別れだなぁ。
くひひ、精々楽しく生きろよぉ!
伊了 具合が悪くなったら、いつでもうちにおいで。
人見 釈放後の事は、私が面倒見てあげるからね。
恵 …ありがとうございました。
緋華 バイバーイ!
来津、伊了、人見が去る。
緋華 おねーちゃん、どこいくの?
恵 うーんそうだなぁ…。戻る前に、一旦お姉ちゃんの家に来る?
ホットケーキ焼いてあげるよ。
緋華 ほっとけーき?ってなに?
恵 丸くてあったかくて、甘ーいお菓子。
緋華 おかし!?ヒハナおかしだーいすき!
恵 あとね、ジャムもあるよ。
ホットケーキの上に乗せて、お花畑みたいに出来るよ!
緋華 おハナばたけ?やったー!ヒハナおハナばたけもだーいすき!
恵と緋華が笑い合いながら、手を繋いで歩いていく。
恵 (N)きっと、この世に「普通」なんて無い。
だから彼等は、今日も笑いながら踊り続けるんだろう。
そして私もいつか、いや、きっともう既に、
彼等と同じ円舞曲(ワルツ)の舞台に立っているんだ。
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