悪役令嬢の最後の願いに、元婚約者は時計を巻き戻したいと切に願う。【短編小説】
「最後に、夢を見させて下さいませんか」
エリカ・ハーレット侯爵令嬢は、元婚約者のキイス・ルガウ公爵令息から目を伏せた。
美しい二人を隠す学園の木立が、一陣の風に揺れる。
キイスの視線がエリカの体を這う。
「……だが……」
続いた沈黙に、エリカは不安そうに体を掻き抱いた。制服に隠れるふくよかな胸が強調される。
ゴクリとキイスの喉が鳴った。
顔を上げたエリカの目から涙が零れる。
「お願いします」
キイスは僅かに目を反らし首をふる。
「君は辺境伯に嫁ぐ身だ」
エリカは辺境伯の後妻になる。
辺境伯に強く望まれ、エリカとキイスの婚約は破棄された。
──表向きは。
エリカはキイスから見限られたのだ。
キイスの婚約者の席には、エリカに嫌がらせを受けていたミレー・バルマ男爵令嬢が座る予定だ。
だから、エリカが願いを叶えて貰える余地など、本来はない。
「もう生きている意味を見いだせませんの」
キイスが瞳を揺らした。
辺境伯の希望という形で話を進めたのは、キイスなりの温情もあった。
ただ、エリカが辺境伯の婚約を素直に受け入れたことは、キイスを更に失望させた。
身分が高く見目がよければ誰でもいい。ミレーの言う通りだった。
だからエリカの言葉に、心が弾んだ。
「生きていく希望が欲しいのです」
絞り出すような声に、キイスの視線が豊満な胸に向く。
いずれあわよくば、とは思っていた。
だから辺境伯を選んだ。
「だが……」
令嬢には清らかさが求められる。
エリカが強い眼差しをキイスに向けた。
「辺境伯様から別荘の使用許可も得ております」
あの辺境伯ならばあり得る話だった。
「そこまでの覚悟があるなら」
キイスは、緩みそうになる表情を引き締めて、頷いた。
エリカが花開くように笑った。
*
「な、何故、辺境伯が?」
別荘では、辺境伯が妖艶な笑みでキイスを迎えた。
戸惑うキイスを、洗練された仕草でエスコートする。
「君が受けてくれるなんて、夢のようだよ」
後ろを歩くエリカが大きく頷いた。
「夢のようですわ!」
エリカは腐女子だった。
期待に満ちた瞳は、キラキラと輝いている。
エリカはキイスの顔にだけは満足していた。
だが、今回の言いがかりによる不当な婚約破棄に、長年の不満が爆発した。
妄想を実現させたくなった。
エリカも辺境伯の噂は知っていた。二人の協定はあっさり結ばれた。
怯えるキイスは、辺境伯の鍛えられた腕から抜け出せない。
「忘れられない夜にするからね」
エリカの願いは、辺境伯の願いと同じだ。
完
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