ジャッジしない生き方
こんにちは、こんばんは、月のうさぎです。
初夏だというのに、雨が降ったり思った以上にひんやりした日が続いており、体調管理が難しく感じますね。ご自愛くださいませ。
ところで、なぜこのテーマを書いているかといいますと、そののジャッジに苦しんでいる方がたくさんいるんじゃないのかなと感じることがありました。
実際、看護師をしていると、ケアがあっているかを判断したり、評価したりします。これも、数値で評価できることもありますが、印象だったり、見た目の主観的なものがほとんどです。ただ、この評価が正しかったのかはケアされた側にしかわからないのかなと思います。
普段から、やっている評価も主観だなって思うし、それって必要なのかなって思います。
たとえば、「私の、こういうところが自己中だよね」と友人が言ったとします。それって誰が言ったの?言った人がいたら、その人の主観だし、だれも言わなかったら、あなたが自分に評価をしているんじゃないのかなって思います。しかも、その評価は必要なんでしょうか?
私は必要ないかなって思います。なぜかというと、自分が悪いって言っているように聞こえます。私は、世の中には、良い、悪いはないと思います。ただ、良く感じる、悪く感じるはあると思います。ただ、法律のもとで決められていることはあります。
先日、「ミステリーと言う勿れ」というドラマで「なぜ人を殺しちゃいけないのか、、、」って場面があったのですが、そこに深いメッセージを感じました。よかったら、見てみてくださいね。
ここまでの話で、何をお伝えしたいかといいますと、自分にジャッジをして本当の想いに蓋をしていませんか?私は、子供のころから親の教えもあり、世間体を大事に生きてきたと思います。世間の流れに乗れていないと、自分は大丈夫なのかな、他人からどう思われているかばかり気にしていました。
でも、友人には「あなたの思うように生きていいんだよ」って励ましたり、思ったりしていました。ただ、自分自身には厳しくしていたなって思います。
今、まったく世間体を気にしないって言われると、そんなこともなく世間体を気にして、いい悪いを決めているときはいっぱいあります。でも、少しずつ緩めることをしています。そうし始めて、「私は自分に優しくなかったな、私はこんなに素晴らしいのにな」って反省しました。
もし、自分のジャッジで苦しんでいる大切な友人がいたらどうします?そんな時にどんな声掛けをします?
自分に制限があるなって感じた時、自分を責めてしまっているとき、友人に声をかけるように声をかけてあげてくださいね。きっと優しい気持ちになれると思いますよ。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
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