千円を返したいのですが。(セナ)

あなたがいつ読んでくれるかわからないから、この挨拶をします。おはこんばんちくわ。お久しぶりです。セナです。

2019年の11月ごろ、あなたから千円を借りたものです。月吠えの店番のあとに、パスモのチャージ金がほぼないことに気づかず、持ち金もなかったので、帰れなかった夜でした。

改札まで見送ってくれたあなたは、わたしがJR新宿駅の改札で、ピッ、しても、通れなくて、トンボ帰りしてくるのを見て、笑いながら千円貸してくれたんでした。

あの時は、ありがとうございました。こんなご時世ですが、お元気にしてますでしょーか。

「寒いね」と思わず言える、だれかがいればうれしい季節に、2週続けて来てくれて、どちらも閉店までいてくれて、しかも、閉店作業のトイレ掃除までしてもらって、とっても助かりました。

私が2週ともコートを中に忘れて店を出ちゃうから、ずぼらですね、みたいなこと言いやがりましたね。根に持ってます。

で、本題の、千円なんですが。

それからパッタリ来なくなったあなたとは、たくさんお話ししたほうではないし、あなたの吸っていたタバコの銘柄も、私はもう忘れちゃったんですが、(ビールを飲んでいたんだっけ、ウイスキーを飲んでいたんだっけ?)あなたが経済的にギリギリで生きてるって話していたことは覚えてます。

だから、あの時の千円、お返ししたいんですが。

同い年で、あの時私はまだ22歳だったけれど、あなたは23歳でした。姓なのか、名なのか、それとも仮名なのかもわからないけど、冬がすぎて春が芽吹き息吹くような名前、3文字を、覚えています。

でもあなたには、冬がよく似合う気がするな。
冬にしか、会ったことないからかな。

フーテンだったけど、シェイクスピアについて勉強していて、英文学や音楽についてとても詳しかったですね。

 ”Yesterday” と ”Inglourious Basterds”、おすすめされたから、映画、どっちも見たんですけれど、その話も、もう、忘れてしまいそうです。

千円を返したいから、お店番しながら待っていたんですけれど、1年以上経っても、ぐんっと高い身長に、帽子をかぶった、ひげが似合う(そしてとても同い年には見えない)人は、来てくれません。

頭くるくるパーの私が、あなたを忘れないうちに、千円を返せることを願ってます。あなたはもう、ここを忘れちゃってるのかもしれませんが。

体に気をつけて、元気だったらまたゴールデン街に来てください。次はおごらせてちょ。アデュ。

   *

これはフィクションであり、わたしのなかの他者の、ウワゴトである。
同時に、これはわたしの記憶であり、実在であり、現実でもあるのだ。
なんちゃって。


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Inspired by  国木田独歩「忘れ得ぬ人々」

(セナ)

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