見出し画像

最初のデートに向かない街(いかり)

いきなりですけども、わたしの持論を聞いてください。「初めてのデートにゴールデン街を選ぶな」。以下、理由を述べます。

「月に吠える」で店番を始める3年前のある日。そのころ好きだった人と初めて2人で会うため、伊勢丹向かいの交番前で落ち合い、新宿三丁目で食事をしました。ぎこちなさとうれしさの入り混じる時間は流れ、そろそろお店を移しましょうかという段になって、思い出したのです。たしかここはゴールデン街の近くだ、と。

新宿近辺はずっと行動圏内だったわりに、ゴールデン街とは縁がなく、正確な位置も知らないまま何年も過ごしていました。「暗くて狭くて、普段会わないような人たちがいる、楽しいところなんだろうなぁ」という漠然とした憧れがありながらも、一見さんを受け入れてくれるお店があるのかどうかもわからず、わたしの中ではもはや「想像上のユートピア」のような街でした。

しかし、この人ならきっとお店のひとつやふたつ知っていることだろうと踏んで、「ゴールデン街に連れて行ってくれませんか」とお願いしてみたのでした。一瞬気乗りしない表情を浮かべたのが気になりましたが、結局は申し出を受け入れてくれて、念願の「ユートピア」に足を踏み入れることになります。ワーイ!

ゴールデン街の看板をくぐり抜け、人ひとり分の幅しかない階段を上ったところにあるお店は、思っていた通り、薄暗くて、奥の席まで行くのも一苦労の狭さ。「うぉ〜想像してたやつぅ〜〜〜」とテンションが上がりましたが、初めて来る場所&初めてデートする相手だったので、努めて冷静に振る舞いました。実際にどう映っていたのかはわかりません。

内心ソワソワしっぱなしのわたしの隣に、纏う空気が自分たちとはあきらかに異なり、挙動の一つひとつや声色なんかがやけに艶っぽい男女があらわれました。聞けば、「縄師とM女」とのことで、界隈では名のしれたお二人だとのちに知ることになります。「想像してたやつを超えてくるやつぅ〜〜〜」とますます湧き上がりました。

このように、お店のこと、隣にいたお客さんのことは思い出せるのに、肝心であるはずの、好きだった人との会話はほとんど思い出せないのです。そう、お客さんやお店のお兄さん・お姉さんとソーシャル&フィジカルに距離の近いこの街では、知らない人たちとの交流こそが楽しく、同行した人とだけ話すにはもったいないことが多いのです。それは裏返すと、仲が深まる前の2人には向かないということ。

その夜のことはよい思い出になりましたが、その後もその人とはなんかこう「期待していた感じ」にはならず、まさかそれが原因だなんてことはありえないのですが、それでも「もしあの時ゴールデン街に行きたいと言い出さなかったら?」と考えなくもない…こともないですね。つまり、その時の選択を後悔していません。だって、あの日の体験が、まわりまわって月吠えで働くことにつながり、おかげでいくつもの楽しい夜を過ごすことになるわけですから。というのは半分つよがり、半分本気!

以上が、「初めてのデートにゴールデン街を選ぶな」という持論に至ったひとつのきっかけです。その代わりと言ってはなんですが、もしデートがうまくいかなかったときには、ぜひ帰りにゴールデン街に立ち寄ってみてください。弱さを受け入れる土壌のあるこの街でなら、きっとあなたをなぐさめてくれるお店が見つかるはずです。(いかり)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?