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帯広コルトになりたい(コエヌマ)

 大好きなお笑い芸人がいる。「コラアゲンはいごうまん」という50代のピン芸人だ。彼の芸風は「ノンフィクション漫談」で、一般的にあまり知られていない場所に潜入し、そこで体験したことを話すというスタイル。ネタは「SMの女王様」「ヤクザ」「新興宗教」「インド」など、ヤバそうなものが多いのだが、ただ過激なだけで終わらせず、人情あふれる物語に昇華させるのが特徴だ。

 間違いなく面白いのだが、はっきりいってあまり売れていない。いくつかの理由として、ひとつのネタに数十分~1時間はかかり、コンプライアンス的にもアウトな内容が多いため、地上波にはほぼ呼ばれないのだ。

 テレビだけでなく、彼のネタはそもそも時代に合っていない。コンテンツ大量消費時代と言われ、世のなかには短い動画や文章があふれて、量産され続けている。人々はそれらを、噛まずに飲み込むように消費し続ける。コラアゲンのような芸人が、現代のメディアで活躍するのは困難なのである。そのため彼は全国をドサ回りし、小劇場のほかスナックや居酒屋、会議室、個人宅などで、数十人の客を前にネタを披露することで、口に糊しているのだ。

 コンテンツ大量消費時代は、僕ら書き手たちにも大きな影響をもたらしている。ネットニュースを見ると、「松本人志がM-1新王者を絶賛」「えなこ、看護師コスプレでファンを魅了」など、取材ナシで書かれたいわゆる「コタツ記事」があふれている。

 ネット全盛の現代、質や意義よりもPV(ページビュー)やバズ、つまり「いかに読まれるか?」「拡散されるか?」がコンテンツづくりで重要視され、その方針に乗っ取った記事がスピード感を持って量産されていく。

 僕はルポルタージュを書くことを生業にしている。1名から3名程度に取材をし、3000~5000文字程度にまとめることが多い。取材・執筆に時間も労力もかかるし、原稿料も高いわけではないので、はっきり言って割に合わない。あらゆる面で、コラアゲンのネタに近い分野といえるだろう。ルポルタージュも、おそらくは時代にそぐわない分野なのだが、それでも僕は書き続けようと決めている。

 コラアゲンのネタに、「後期高齢者しかいないソープランド」というものがある。北海道帯広にあるソープ「帯広コルト」には、菅井きんのような嬢しかいないという噂があり、コラアゲンが潜入してきたのだ。さて、その噂通り、登場したのは「ひとみさん」というお婆さん。その後どうなったかは割愛するが、最後にコラアゲンに向けて、ひとみさんが何とも優しく温かい言葉をかける。それを聞いて、コラアゲンは誓うのだ。

テレビにバンバン出ている人気者たちを歌舞伎町の風俗とするのなら、僕は誰にも知られていなくても、そこにしかないものを語り切れる、芸人における帯広コルトになりたい!

 僕は定期的にこのネタを見返している。そして、そのたびに共感を強めている。

 コラアゲンという芸人やそのネタを、多くの人は知らないし、見ようとしないかもしれない。けれど、根強いファンは一定数いるし、何かのきっかけでネタを見て好きになる人も増えていくはずだ。「バズる」とは真逆の、ゆっくりとした広がりかもしれないが、コンテンツ大量消費時代だからこそ、彼の存在やネタはより輝きを放つと思う。

 書き手だって同じだ。分野が時代にそぐわないものであっても、信念を持って丁寧に取材・執筆を続けていけば、じわじわと評判が広まって、長きにわたって愛されるようになるのではないか。そして、そういった人や作品は少なくない。僕も、歌舞伎町にあこがれる気持ちが少しはあるけれど、やっぱり帯広コルトを目指そう。


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